欧米における性暴力と性犯罪の歴史ーレイプはどう罰せられたか?

掲載:2024-03-09   執筆:三成美保

本記事は、『<ひと>から問うジェンダーの世界史』第1巻「身体・セクシュアリティ・暴力」(大阪大学出版会、2024年)の関連記事です。

第5章 性暴力と性売買 2)性暴力の歴史
①欧米における性暴力と性犯罪の歴史ーレイプはどう罰せられたか?(三成美保)
(内容)◆性暴力と性犯罪 ◆神話と絵画の中のレイプ表象 ◆ゲルマン部族法典における性暴力規定 ◆神聖ローマ帝国 ◆近代刑法の「強姦罪」 ◆戦争・紛争と性暴力 

西洋絵画におけるレイプ表象

ギリシア神話やローマ神話を題材にして、ルネサンス期やバロック期には、多くのレイプ場面が描かれた。そもそもギリシア神話には、男性神や英雄男性が女神や女性をレイプし、女性がその子を産むというパターンの話が多い。紀元前5世紀のアッティカでは、レイプ場面を描いた壺絵(私的に利用される)が多く残されている。

ボッティチェリ「プリマヴェーラ」

サンドロ・ボッティチェリ「プリマヴェーラ(春)」(1482年頃)
(出典)https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Botticelli-primavera.jpg

サビニの女たちの略奪

【解説】「サビニの女たちの略奪(レイプ)」とは、ローマ建国神話の一つである。ローマ建国では、ローマは、紀元前8世紀にロムルスとレムスという双子の兄弟によって建国されたとされる。ロムルスは、伝説上の王政ローマの初代王である。建国期のローマには女性が少なく、ロムルスは、近隣に住む勇敢なサビニ人に婚姻をもちかけたが拒否された。そのため、ロムルスは、祭りの開催を口実にサビニ人を一家もろとも招き、多くの未婚女性も参加した。

祭りの最中、ロムルスが合図すると、ローマ人の若者が未婚のサビニ女性を捕らえようと襲いかかった(プッサン画「サビニの女たちの略奪」は、ロムルスが略奪の合図を下した場面を描いている)。大量の未婚女性が略奪され、美しい女性は有力者に献上された。被害女性の数は、527人とも685人とも言われる。こうして、ローマに拉致されたサビニ人女性たちはローマ人の妻になるよう強要され(強制結婚)、ローマ人の子を産むこととなった(強制妊娠・強制出産)。ローマは、サビニ人女性を誘拐婚(略奪婚=レイプ)によって確保し、国を維持発展させるための次世代を得ることに成功したのである。後にサビニは女性たちを奪回するためにローマと戦争を起こすが、既に子を産んでいたサビニ人女性たちは子供と引き離されることを拒み、戦争の中止を訴えたとされる(ダヴィッド「サビニの女たちの仲裁」)。

ニコラ・プッサン「サビニの女たちの略奪」(1633-34年、メトロポリタン美術館蔵)
なお、プッサンはもう一枚同じテーマで絵を描いている。
(出典)https://commons.wikimedia.org/wiki/File:The_Rape_of_the_Sabine_Women.jpg

イメージの歴史 (ちくま学芸文庫) 文庫 – 2012/3/1
若桑 みどり (著)

若桑みどりは、『イメージの歴史』(原著2000年)の中で、次のように指摘している。

「この史話[サビニの女たちの略奪=執筆者柱]は、国家的繁栄や公共の人口政策のための集団的強姦が公的に祝聖されるという重大な影響を後世に及ぼした。」(181頁)

プッサン「サビニの女たちの略奪」(1637-38年:ルーブル博物館蔵)
プッサンの2枚目の絵である。
(出典)https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Poussin_RapeSabineLouvre.jpg
ダヴィッド「サビニの女たちの仲裁」(1799年)
ロムルスの妻でサビニ王ティトゥス・タティウスの娘であるヘルシリアが、夫と父の間に割って入り、彼女の赤ん坊をそこに置いた場面を描いている。力強いロームルスは半ば後ずさっているタティウスに槍を向けているが、躊躇している。他の兵士たちは既に剣を鞘に収めている。
(出典)https://commons.wikimedia.org/wiki/File:The_Intervention_of_the_Sabine_Women.jpg

日本刑法における性犯罪規定の変化(1907~2023年)

1907年刑法

第22章 わいせつ、姦淫及び重婚の罪
第176条 13歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上7年以下の懲役に処する。13歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。
第177条 暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、3年(旧規定:2年)以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。

【解説】

(1)1907年制定の刑法性犯罪規定(2017年改正まで有効)は、①「強姦罪」被害者を女性限定にしていること、②「姦淫」(解釈上は「性交」=女性性器への男性性器の挿入)に限定していること、③暴行・脅迫要件を課していること、④刑が短い、⑤性交同意年齢が13歳以上であること、⑥夫婦間強姦の規定がないこと、が特徴であった。ちなみに強盗罪の規定は以下の通りである。

<比較>第236条  暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。

(2)ジャニーズ事務所に関する性加害事件が起きたときには、被害者が13歳以上の「男子」であった場合にはそもそも強姦罪は成立せず、加害者が相当の暴力・脅迫を行っていない場合には強制わいせつ罪も成立しない状況であった。したがって、民事裁判で加害者は責任を認めたものの、刑事裁判としては立件されなかった。

2017年改正刑法

第22章 わいせつ、強制性交等及び重婚の罪
第176条(改正なし) 13歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上7年以下の懲役に処する。13歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。
第177条(改正) 13歳以上のに対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。
第179条(新設) 18歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じてわいせつな行為をした者は、第176条の例による。
2 18歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて性交等をした者は、第177条の例による。

【解説】

(1)1907年刑法は、110年ぶりに改正された。①「強姦罪」は「強制性交等罪」に改められた。②強制性交等罪の被害者には男性も含まれるようになった(性中立化)。③「姦淫」(解釈上は「性交」)から、「性交等」(性交、肛門性交又は口腔性交)に犯罪となる行為の範囲が広がった。④刑が3年から5年に長くなった(重罪化)。

(2)しかし、⑤暴行・脅迫要件を課していること、⑥性交同意年齢が13歳以上であること、⑦夫婦間強姦の規定がないこと、は変わらなかった。

(3)新たに「監護者わいせつ及び監護者性交等罪」が新設された。この場合の「監護者」とは、「監督し、保護する者」を指し、基本的には「親」を想定している。すなわち、児童虐待としての性暴力を犯罪とするものである。一方、教師や生徒などの上下関係には適用されない。

2023年改正刑法

第二十二章 わいせつ、不同意性交等及び重婚の罪
(公然わいせつ)
第百七十四条 公然とわいせつな行為をした者は、六月以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
(わいせつ物頒布等)
第百七十五条 わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、二年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。
2 有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。
(不同意わいせつ)
第百七十六条 次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、六月以上十年以下の拘禁刑に処する。
一 暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと。
二 心身の障害を生じさせること又はそれがあること。
三 アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
四 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。
五 同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。
六 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。
七 虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。
八 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。
2 行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、わいせつな行為をした者も、前項と同様とする。
3 十六歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第一項と同様とする。
(不同意性交等)
第百七十七条 前条第一項各号に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、性交、肛門性交、口腔性交又は膣若しくは肛門に身体の一部(陰茎を除く。)若しくは物を挿入する行為であってわいせつなもの(以下この条及び第百七十九条第二項において「性交等」という。)をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、五年以上の有期拘禁刑に処する。
2 行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、性交等をした者も、前項と同様とする。
3 十六歳未満の者に対し、性交等をした者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第一項と同様とする。
第百七十八条 削除
(監護者わいせつ及び監護者性交等)
第百七十九条 十八歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じてわいせつな行為をした者は、第百七十六条第一項の例による。
2 十八歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて性交等をした者は、第百七十七条第一項の例による。
(未遂罪)
第百八十条 第百七十六条、第百七十七条及び前条の罪の未遂は、罰する。
(不同意わいせつ等致死傷)
第百八十一条 第百七十六条若しくは第百七十九条第一項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって人を死傷させた者は、無期又は三年以上の懲役に処する。
2 第百七十七条若しくは第百七十九条第二項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって人を死傷させた者は、無期又は六年以上の懲役に処する。
(十六歳未満の者に対する面会要求等)
第百八十二条 わいせつの目的で、十六歳未満の者に対し、次の各号に掲げるいずれかの行為をした者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)は、一年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
一 威迫し、偽計を用い又は誘惑して面会を要求すること。
二 拒まれたにもかかわらず、反復して面会を要求すること。
三 金銭その他の利益を供与し、又はその申込み若しくは約束をして面会を要求すること。
2 前項の罪を犯し、よってわいせつの目的で当該十六歳未満の者と面会をした者は、二年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。
3 十六歳未満の者に対し、次の各号に掲げるいずれかの行為(第二号に掲げる行為については、当該行為をさせることがわいせつなものであるものに限る。)を要求した者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)は、一年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
一 性交、肛門性交又は口腔性交をする姿態をとってその映像を送信すること。
二 前号に掲げるもののほか、膣又は肛門に身体の一部(陰茎を除く。)又は物を挿入し又は挿入される姿態、性的な部位(性器若しくは肛門若しくはこれらの周辺部、臀部又は胸部をいう。以下この号において同じ。)を触り又は触られる姿態、性的な部位を露出した姿態その他の姿態をとってその映像を送信すること。
(淫行勧誘)
第百八十三条 営利の目的で、淫行の常習のない女子を勧誘して姦淫させた者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
(重婚)
第百八十四条 配偶者のある者が重ねて婚姻をしたときは、二年以下の懲役に処する。その相手方となって婚姻をした者も、同様とする。

【解説】

(1)2023年改正で、ようやく日本の性犯罪規定は、国際水準に追いついたと言える。①暴行・脅迫要件は要件の一つになった(必須ではない)。②性交同意年齢が16歳以上となった。③夫婦間強姦の規定が加わった。なにより、④被害者がフリーズして抵抗できないことや、上下関係においてNOと言えない状況でも性犯罪が成立するとしたことが画期的である。

(2)セクシュアルハラスメントとは明記していないが、事実上、セクシュアルハラスメントについて刑事責任を問うことができる可能性が広がった。

(3)「面会要求等罪」が新設された。

参考文献