「人種」概念の形成とジェンダー

掲載:2024/03/09 執筆:竹沢泰子

本記事は、『<ひと>から問うジェンダーの世界史』第1巻「身体・セクシュアリティ・暴力」(大阪大学出版会、2024年)の関連記事です。

第1章 6)「ひと」の分類・差異化・権利保障
①「人種」概念の形成とジェンダー(竹沢泰子)
(内容)◆「人種」概念とは何か ◆日本にも存在する人種差別 ◆異人種混淆への恐怖と人種概念 ◆人種とジェンダーのインターセクショナリティ ◆日本社会における少数派集団とジェンダーをめぐる課題

人種差別撤廃条約(あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約:1965年)

【条約】1965年の第20回国連総会において採択され、1969年に発効した。日本は1995年にこれに加入した。
→全文は次を参照(外務省) https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/conv_j.html

条約(外務省和訳)

第1条

1 この条約において、「人種差別」とは、人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう。

2 この条約は、締約国が市民と市民でない者との間に設ける区別、排除、制限又は優先については、適用しない。

3 この条約のいかなる規定も、国籍、市民権又は帰化に関する締約国の法規に何ら影響を及ぼすものと解してはならない。ただし、これらに関する法規は、いかなる特定の民族に対しても差別を設けていないことを条件とする。

4 人権及び基本的自由の平等な享有又は行使を確保するため、保護を必要としている特定の人種若しくは種族の集団又は個人の適切な進歩を確保することのみを目的として、必要に応じてとられる特別措置は、人種差別とみなさない。ただし、この特別措置は、その結果として、異なる人種の集団に対して別個の権利を維持することとなってはならず、また、その目的が達成された後は継続してはならない。

(以下略)

ヨハン・フリードリヒ・ブルーメンバッハ(1752-1840年)

ブルーメンバッハ(ドイツ)は、近代的な動物学、人類学の創始者の一人である。

Johann Friedrich Blumenbach(Ludwig Emil Grimm画:1823年)
(出典)https://commons.wikimedia.org/wiki/File:JohannFriedrichBlumenbachLudwigEmilGrimm1823.jpg
"De Generis Humanis varietate Nativa" (ヒトの自然的変種)(1775年)における5タイプの分類
左から並ぶ頭蓋骨はそれぞれの人種を示すと想定される。
ツングース系(モンゴロイド=黄色人種)、カリブ系(ネイティブ・アメリカン=赤色人種)、コーカサス系(白色人種)、マレー系(茶色人種)、エチオピア系(黒色人種)の5種に人種を分類した。
(出典)https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Blumenbach%27s_five_races.JPG

日本の法律

アイヌ施策推進法(正式名称:アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律)平成三十一年法律第十六号(2019年)

【解説】アイヌ施策推進法は、アイヌ民族をはじめて「先住民族」と明記したが、課題もある。例えば、次のような指摘がある。「1984年に北海道ウタリ協会(現在の北海道アイヌ協会)が『アイヌ民族に関する法律(案)』を総会で可決しました。この『法律案』は、前文で『この法律は、日本国に固有の文化を持ったアイヌ民族が存在することを認め、日本国憲法のもとに民族の誇りが尊重され、民族の権利が保障されることを目的とする』としています。アイヌの方々の考え方も多様ですが、この『法律案』の内容こそが本来、アイヌ民族が長年求めてきたものだと言えると思います」(北海道立北方民族博物館:野口泰弥学芸員)。ここで言う「民族の権利」とは、「先住権」を指す。
(引用の出典)朝日新聞(2023年6月19日)https://www.asahi.com/articles/ASR6J3S0LR69UPQJ00C.html

第一章 総則
(目的)
第一条 この法律は、日本列島北部周辺、とりわけ北海道の先住民族であるアイヌの人々の誇りの源泉であるアイヌの伝統及びアイヌ文化(以下「アイヌの伝統等」という。)が置かれている状況並びに近年における先住民族をめぐる国際情勢に鑑み、アイヌ施策の推進に関し、基本理念、国等の責務、政府による基本方針の策定、民族共生象徴空間構成施設の管理に関する措置、市町村(特別区を含む。以下同じ。)によるアイヌ施策推進地域計画の作成及びその内閣総理大臣による認定、当該認定を受けたアイヌ施策推進地域計画に基づく事業に対する特別の措置、アイヌ政策推進本部の設置等について定めることにより、アイヌの人々が民族としての誇りを持って生活することができ、及びその誇りが尊重される社会の実現を図り、もって全ての国民が相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資することを目的とする。
(定義)
第二条 この法律において「アイヌ文化」とは、アイヌ語並びにアイヌにおいて継承されてきた生活様式、音楽、舞踊、工芸その他の文化的所産及びこれらから発展した文化的所産をいう。
2 この法律において「アイヌ施策」とは、アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発(以下「アイヌ文化の振興等」という。)並びにアイヌの人々が民族としての誇りを持って生活するためのアイヌ文化の振興等に資する環境の整備に関する施策をいう。
3 この法律において「民族共生象徴空間構成施設」とは、民族共生象徴空間(アイヌ文化の振興等の拠点として国土交通省令・文部科学省令で定める場所に整備される国有財産法(昭和二十三年法律第七十三号)第三条第二項に規定する行政財産をいう。)を構成する施設(その敷地を含む。)であって、国土交通省令・文部科学省令で定めるものをいう。
(基本理念)
第三条 アイヌ施策の推進は、アイヌの人々の民族としての誇りが尊重されるよう、アイヌの人々の誇りの源泉であるアイヌの伝統等並びに我が国を含む国際社会において重要な課題である多様な民族の共生及び多様な文化の発展についての国民の理解を深めることを旨として、行われなければならない。
2 アイヌ施策の推進は、アイヌの人々が民族としての誇りを持って生活することができるよう、アイヌの人々の自発的意思の尊重に配慮しつつ、行われなければならない。
3 アイヌ施策の推進は、国、地方公共団体その他の関係する者の相互の密接な連携を図りつつ、アイヌの人々が北海道のみならず全国において生活していることを踏まえて全国的な視点に立って行われなければならない。
第四条 何人も、アイヌの人々に対して、アイヌであることを理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない。
(国及び地方公共団体の責務)
第五条 国及び地方公共団体は、前二条に定める基本理念にのっとり、アイヌ施策を策定し、及び実施する責務を有する。
2 国及び地方公共団体は、アイヌ文化を継承する者の育成について適切な措置を講ずるよう努めなければならない。
3 国及び地方公共団体は、教育活動、広報活動その他の活動を通じて、アイヌに関し、国民の理解を深めるよう努めなければならない。
4 国は、アイヌ文化の振興等に資する調査研究を推進するよう努めるとともに、地方公共団体が実施するアイヌ施策を推進するために必要な助言その他の措置を講ずるよう努めなければならない。
(国民の努力)
第六条 国民は、アイヌの人々が民族としての誇りを持って生活することができ、及びその誇りが尊重される社会の実現に寄与するよう努めるものとする。

(以下略)

ヘイトスピーチ解消法(正式名称:本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)平成二十八年法律第六十八号(2016年)

我が国においては、近年、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、適法に居住するその出身者又はその子孫を、我が国の地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動が行われ、その出身者又はその子孫が多大な苦痛を強いられるとともに、当該地域社会に深刻な亀裂を生じさせている。
もとより、このような不当な差別的言動はあってはならず、こうした事態をこのまま看過することは、国際社会において我が国の占める地位に照らしても、ふさわしいものではない。
ここに、このような不当な差別的言動は許されないことを宣言するとともに、更なる人権教育と人権啓発などを通じて、国民に周知を図り、その理解と協力を得つつ、不当な差別的言動の解消に向けた取組を推進すべく、この法律を制定する。

第一章 総則
(目的)
第一条 この法律は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消が喫緊の課題であることに鑑み、その解消に向けた取組について、基本理念を定め、及び国等の責務を明らかにするとともに、基本的施策を定め、これを推進することを目的とする。
(定義)
第二条 この法律において「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは、専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下この条において「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう。
(基本理念)
第三条 国民は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消の必要性に対する理解を深めるとともに、本邦外出身者に対する不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努めなければならない。
(国及び地方公共団体の責務)
第四条 国は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組に関する施策を実施するとともに、地方公共団体が実施する本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組に関する施策を推進するために必要な助言その他の措置を講ずる責務を有する。
2 地方公共団体は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、当該地域の実情に応じた施策を講ずるよう努めるものとする。

(以下略)

参考文献

アメリカの人種主義―カテゴリー/アイデンティティの形成と転換― 単行本 – 2023/3/14
竹沢 泰子 (著)
インターセクショナリティ 単行本 – 2021/12/1
パトリシア・ヒル・コリンズ (著), スルマ・ビルゲ (著), 小原 理乃 (翻訳), 下地 ローレンス 吉孝 (翻訳, 監修)