家父長制とジェンダー

(執筆:三成美保/参考『読み替える(世界史篇)』2014年)

「家父長制」概念 

「家父長制」という概念は、17世紀以降に欧米で成立した。分析概念としては、主に二つに分けられる。(1)特定の支配形態や家族形態を示すものとしての「家父長制」(patriarchalism)、(2)権力の所在が男性(家父長)にあることを示す「家父長制/父権制」(patriarchy) ❶である。戦後日本の社会科学は「いえ」制度の分析概念として(1)を用い、1970年代以降のジェンダー論は(2)を用いる。概念の混乱が生じたのはこのためである。(1)は、17世紀にフィルマー(1588頃-1653)により、王権神授説を正当化するための政治学用語として導入された❷。20世紀初頭、ウェーバー(1864-1920)は、(1)の家父長制を「伝統的支配」の純粋型とした❸。(2)は、19世紀に主に文化人類学の親族理論で用いられた。patriarchyの対義語がmatriarchy(母権制)である。今日、母系制(財産や地位を母系で継承する)は各地で確認されているが、J.J.バッハオーフェン『母権制』(1861)が想定したような原始母権制❹は実証されていない。

◆ジェンダー研究と「家父長制」概念の再検討

フェミニズムの第2の波の登場とともに、「家父長制」(patriarchy)は1970~80年代半ばにおけるジェンダー論の中心テーマとなる。嚆矢となったのは、K.ミレット『性の政治学』(1970)とS.ファイアスト-ン『性の弁証法』(1970)である。ミレットは、家父長制を普遍的・非歴史的な「性支配」(「あらゆる領域で生じている、男による女の支配一般」)を表す概念として再定義した。ファイアストーンは、エンゲルス『家族、私有財産、国家の起源』を援用し、再生産(生殖)が社会編成の土台であるとした。彼女は、家父長制は生物学的性(生殖関係)の不平等に由来するとみなし、女性が生殖コントロール権を握ることと家族の消滅が必要と説いたのである。

◆「家父長制」からジェンダーへ 

1980年代半ば以降、「知が構築される」と考えるポスト構造主義の影響を受け、ジェンダー論でも「家父長制」概念の根本的見直しがはじまった。それは、①家父長制概念の「歴史化」(歴史的・個別的考察の開始)、②家父長制概念の「複合化」(家父長制規定要因の拡大・多様化・流動化)、③構造から「文化への転向」(バレット)である。①は、家父長制のあり方もそこで抑圧される女性の経験も時代と文化によって異なるという認識にもとづく。②は、ジェンダー・人種・セクシュアリティ・階級などの差異化要因を重層的・連関的に分析しようとするアプローチの登場を意味する。③は、家父長制や資本主義を所与の社会構造ととらえ、それによって文化や意識が規定されるという考え方を相対化するものである。「肉体的差異に意味を付与する知としてのジェンダー概念、さらに社会編成原則としてのジェンダー概念」(スコット1988)、「すべての社会関係はジェンダー化されている」(アッカー1990)といった考え方は、その後のジェンダー理論に大きな影響を与えた。

◆今後の課題 

「家父長制」の歴史構築性に目を向けるならば、比較史はじつに豊かになる。そのさい、家父長制の多様性を詳らかにしなければならない。権力や資源の配分、意思決定過程への参与、財産継承ルール、身分制や階級・階層との関係、女性に委ねられた権限などは、時代と文化に応じて異なる。家父長制概念の精緻化をふまえたジェンダー秩序の歴史的考察が求められる。(三成)

◆参考

家父の書