産む産まないは女が決めるー日本のリブ

掲載:2024/03/09 執筆:田間泰子

本記事は、『<ひと>から問うジェンダーの世界史』第1巻「身体・セクシュアリティ・暴力」(大阪大学出版会、2024年)の関連記事です。

第2章 生殖と生命 3)リプロダクティブ・ライツ
②産む産まないは女が決めるー日本のリブ
(内容)◆「リブ」という呼称 ◆リブの特徴 ◆歴史の中のリブ ◆「産む産まないは女が決める!」 ◆女から女たちへ

補論「ミッシング・リンク?―家族計画運動とウーマン・リブ」(田間泰子)

1970年代、日本のウーマン・リブは「産む・産まない」の自己決定権を求めた。その実現に必要なことは、女性たちが自分のからだのことを知ること、そして避妊や中絶の知識・技術である。実は、それらはウーマン・リブが登場する前に、既に全国に普及していた。法律としては1948年制定の優生保護法(特に1949年と1952年の改正内容)、そして1950年代中盤から人口抑制政策として展開された家族計画運動によってである。

運動推進の中心は、厚生省の外郭団体だった財団法人人口問題研究会と、日本家族計画協会(現在は一般社団法人。設立当初は日本家族計画普及会)であった。個々の現場での参加者は、大まかには第一に家族計画運動に参画した企業や公務員等の組織(女性労働者だけでなく、男性労働者およびその妻を含む)、第二に各地の自治会婦人会や農協婦人部などの組織、第三に貧困層である。そして、それらを優生保護相談所と保健所が所管となり、保健婦や受胎調節実地指導員を通じて指導した。厚生省人口問題研究所や毎日新聞社人口問題調査会の諸調査によれば、既婚女性の避妊経験率は1940年代末に2割強であったのが、1970年代前半には8割以上にまで増加していた。ウーマン・リブは、そのような時代を背景に登場したのである。

また、そのほかにも母親運動、死別母子家庭を支援する運動、主婦連合会(主婦連)や地域婦人団体連絡協議会(地婦連)、戦前の廃娼運動の流れを含む反売買春運動、女性労働者による運動など、女性たちの様々な運動があった。主婦連のように、家族計画(産児調節)をプログラムに組みこんでいた運動もある。

これらの運動、特に「産む・産まない」の知識・技術を普及させた家族計画運動とウーマン・リブは、どのように連続/断絶しているのか。戦後史のなかで、まだ明らかになっていない。

ただ現時点で言えることは、ウーマン・リブの革新性は、結論から言えば、「女」であることの一点で繋がることで、「主婦」「売春婦」「未亡人」「未婚の母」などといった社会的分断を拒絶したこと。そして同時に、「決める」のは「私」個人であると主張したことではないか。この「女」という包括の力と、そのなかでの一人一人の決断の尊重―それが私たちの権利であることが重要だったように思われる。

とりわけ、家族計画運動は既婚女性を主なターゲットとし、産む・産まないの決定において夫婦の協力を理想として説くものであったから、そこに異性愛夫婦による家族形成という強固な枠がはめられている。その枠から出ること(たとえば子連れでのリブ合宿やコミューンでの生活)がウーマン・リブの象徴的な行為となった。

逆に、家庭や、当時の家父長制的で女性差別が甚だしい職場に留まっていると、ウーマン・リブたりえないと批判があったことは、「女」という包括力を自ら減じる行為で残念なことである。職場での労働や家庭での営みが、日々の生活の糧であり生きる場だからこそ、その場に留まり意思決定に参画し変革することは、単なる改良主義ではなく根本的に大切である。

なお、現代の私たちは、この「女」というカテゴリーもまた社会的につくられるものであって、多様なセクシュアリティに対して抑圧的となりうると知っている。今の到達点に立ち、「産む・産まない」に関わる権利がウーマン・リブの時代から現在までに、どれほど達成されたのか、彼女たちから継承した課題を確認する必要があると思う。(文責:田間泰子)

参考文献

田間泰子『母性愛という制度―子殺しと中絶のポリティクス』勁草書房、2001年
田間泰子『「近代家族」とボディ・ポリティクス』世界思想社、2006年
田間泰子「受胎調節(バースコントロール)と母体保護法」白井千晶編『産み育てと助産の歴史―近代化の200年をふり返る』医学書院、2016年

母性愛という制度―子殺しと中絶のポリティクス 単行本 – 2001
田間 泰子 (著)
勁草書房
「近代家族」とボディ・ポリティクス 単行本 – 2006
田間 泰子 (著)
世界思想社
産み育てと助産の歴史: 近代化の200年をふり返る 単行本
2016
白井 千晶 (編)
医学書院

田間泰子「受胎調節(バースコントロール)と母体保護法」を収録

欧米のウィメンズ・リベレーション

1970年、ワシントンDCで行われた欧米のウィメンズ・リベレーションのデモ
(出典)File:Leffler - WomensLib1970 WashingtonDC (cropped).jpg - Wikimedia Commons
「1982年、東京・渋谷で開かれた「産むのは女たち 産まないと決めるのも女たち ‘82優生保護法改悪反対集会」
(出典)谷合規子「子宮は誰のもの 『優生保護法改正』を追う 産む産まないという女性の自己決定権を、国家の手で、より狭めようとしている動きの、背景にあるものは何か―。」『潮』1983年1月号

「日本のウーマン・リブ」関連資料

リブニュース この道ひとすじ―リブ新宿センター資料集成 単行本 – 2009年
リブ新宿センター資料保存会 (編集)
リブ新宿センター資料集成 単行本 – 2008年
リブ新宿センター資料保存会 (編集)
戦後日本スタディーズ2 単行本(ソフトカバー) – 2009年
岩崎稔 (編集), 上野千鶴子 (編集), 北田暁大 (編集), 小森陽一 (編集), 成田龍一 (編集)

『資料日本ウーマン・リブ史』全3巻。溝口明代・佐伯洋子・三木草子編。1995年。松香堂書店。注記号および附録号を追加して2015年復刊。Women's Network Actionミニコミ図書館
https://wan.or.jp/dwan/detail/233
『からだ・私たち自身』ボストン女の健康の本集団著。『からだ・私たち自身』日本語版翻訳グループ訳。『からだ・私たち自身』日本語版編集グループ編。藤枝澪子監修。河野美代子・荻野美穂校閲。1988年。松香堂書店。2022年復刊。Women's Network Actionミニコミ図書館
https://wan.or.jp/dwan/detail/8285

関連資料(法律・関連WEBサイト)

➀優生保護法(1948年制定・施行。昭和23年法律第156号。1949年と1952年に特に重要な改正が行われている。)  https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F0000000000000103363&ID=&TYPE=

➁母体保護法(1996年制定・施行。優生保護法改正)

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=323AC0100000156

③国民優生法(1940年。昭和15年法律第107号) 

https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F0000000000000037670&ID=&TYPE=

④人口政策確立要綱(1941年閣議決定)

https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M0000000000001698426

⑤現行刑法堕胎罪(1907年制定・施行。明治40年法律第45号。212~216条)

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=140AC0000000045

⑥旧刑法堕胎罪(1880年制定、1882年施行。太政官布告第36号。330~335条)

https://dl.ndl.go.jp/pid/787960/1/104

⑦リプロダクティブ・ライツ関連サイト「国際人口開発会議カイロ行動計画」(1994年)

⑧リプロダクティブ・ライツ関連サイト「内閣府男女共同参画局『第4回世界女性会議北京行動綱領』C女性と健康」(1995年)

https://www.gender.go.jp/international/int_norm/int_4th_kodo/chapter4-C.html

⑨リプロダクティブ・ライツ関連サイト「国連人口基金UNFPA」

https://tokyo.unfpa.org/ja/icpd/

➉リプロダクティブ・ライツ関連サイト「JOICFP『世界のリプロダクティブ・セクシュアル・ヘルス/ライツをめざす道のり 1968-2021』」

https://www.joicfp.or.jp/jpn/column

参考文献

リブ私史ノート―女たちの時代から ハードカバー – 1993/1/1
秋山 洋子 (著)
フェミ私史ノート―歴史をみなおす視線 単行本 – 2016/10/1
秋山 洋子 (著)
行動する女たちが拓いた道 単行本 – 1998/12/1
行動する会記録集編集委員会 (編集)
女のからだ――フェミニズム以後 (岩波新書) 新書 – 2014/3/21
荻野 美穂 (著)
増補 女性解放という思想 (ちくま学芸文庫) 文庫 – 2021/5/12
江原 由美子 (著)