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福祉国家としてのノルウェー
掲載:2023-09-15 執筆:菅野淑子
政治体制とジェンダー:北欧の福祉国家
福祉国家レジームの種類と北欧
福祉国家とは、治安維持等に主眼をおく夜警国家とは異なり、社会保障制度を整備することにより国民生活の安定をはかる国家である。代表的な例として北欧諸国があげられることも多いが、そうではなく、北欧諸国も福祉国家の一角を占めるにすぎないと考えるのが今日的である。現代においては、福祉国家の多様性を認め、支出、給付対象の範囲、給付の寛大さ等につき、福祉国家をそれらの大小によって比較してはならないのであり、社会的保護を推進する目標へのアプローチの仕方において、異なるタイプの福祉国家が存在すると考えられている。
デンマーク出身の研究者、イエスタ・エスピン-アンデルセン❶は、福祉国家の類型を決定する「福祉国家レジーム」(福祉が生産され、それが国家、市場、家族に分配されるあり方の違い)を3通りに分類した。アメリカ、カナダ、オーストラリア等の「自由主義レジーム」、北欧諸国の「社会民主主義レジーム」❷、ドイツ、フランス等、ヨーロッパ諸国の「保守主義レジーム」である。これらは、今日に至るまで、比較福祉国家研究の分野において前提的類型であるとされてきたが、さまざまな批判も受けてきた。
第一に、彼の提案した3類型のバリエーションでは、特定の国や一群の国には適用できないという批判である。研究者たちは、3類型に加え、「萌芽的(rudimentary)」福祉国家レジームや、「東アジア」福祉モデル、「ポスト共産主義保守的コーポラティスト(post-communist conservative corporatist)」モデルといった新しい類型を考案している。
第二に、エスピン-アンデルセンが論じた「脱商品化」❸に関する批判である。彼の分析には、女性の生活に特に中心的な環境となっている「家族」が抜け落ちており、男性の生活パターンに基づいて構成されているというのである。
社会民主主義レジームと家族の役割
後者について、さらに詳しく述べていこう。福祉国家研究においては、ケアが誰によって行われているかに注目することが、福祉国家のタイプを判断する重要な要素のひとつとなる。主な提供者として、公的機関、家族、労働市場が想定されるが、北欧諸国のように社会民主主義レジームに分類される福祉国家においては、相対的に国家の役割が大きく、家族や労働市場の果たす役割は小さい。しかしながら、いくら国家が中心的役割を担っているといっても、公的機関がケアについての全てのニーズに応えることは不可能であることから、家族や親しい関係にある他人によって提供されるケアは、なくてはならない前提といえよう。
このように、家族によるケア提供が事実上は必須のものであること、及び、従来から家族におけるケア提供の役割に大きな貢献をしてきたのは女性であることから、福祉国家レジームを定義づけた際に家族の存在が欠落していたとすれば、福祉国家における女性が果たしてきた役割を考慮に入れないことに繋がる可能性がある、と考えるのがこの第二の批判である。
すでに、福祉国家の形成過程において、家族が果たす役割を無視できないことは明らかであるが、これを可能な限り抑制する方法を選択したのが北欧諸国である。いいかえれば、社会民主主義レジームでは、市場からの解放と伝統的家族からの解放を目指している。家族の介護能力が限界に達した時に介入するのではなく、あらかじめ家族が抱え込むコストを社会が負担するのである。根底には、家族への依存を最大化するのではなく、個人の自律を最大化するという考え方がある。その結果として、福祉は子どもたちを直接にその給付対象とし、子どもたちや高齢者、要介護の人々のケアに直接責任を負うことになる。
働く権利の重視
家族という単位における主要なケア責任を担ってきた女性の多くは、こうした福祉国家において、家事よりも働くことを選択することができるようになる。社会民主主義レジームに分類される福祉国家の最も顕著な特質は、福祉と労働の融合である。働く権利を重視することは、所得を維持する権利でもある。ほとんどの人が働くことができれば、公的な支援を必要とする人が減少し、こうした福祉の体制を維持するコストも抑制されることになるのである。
注
❶1947年デンマーク生まれ。現在はスペインのポンペウ・ファブラ大学教授。福祉国家研究、比較政治経済学に多くの業績がある。
❷北欧諸国があてはまるとされる社会主義民主主義レジームとは、最も高い水準での平等を推し進めるような福祉国家を実現しようとするものであり、
❸脱商品化とは、労働するかどうかに関係なく一定水準の生活を維持することがどれくらいできるのかという程度のことである。
【参考文献】
1 岡沢憲芙・宮本太郎監訳・G.エスピン-アンデルセン著「福祉資本主義の三つの世界 比較福祉国家の理論と動態」(ミネルヴァ書房、2001年)
2 渡辺千壽子監訳・マジェラー・キルキー著「雇用労働とケアのはざまで 20カ国母子ひとり親政策の国際比較」(ミネルヴァ書房、2005年)
参考文献
エスピン・アンデルセンの著作

イエスタ エスピン‐アンデルセン (編集), Gosta Esping‐Andersen (原名), 埋橋 孝文 (翻訳)

イエスタ・エスピン=アンデルセン (著), 大沢 真理 (翻訳)

イエスタ エスピン‐アンデルセン (著), 京極 髙宣 (監修, 読み手), 林 昌宏 (翻訳)

ゲスタ エスピン‐アンデルセン (著), Gosta Esping‐Andersen (原名), 渡辺 雅男 (翻訳), 渡辺 景子 (翻訳)

G. エスピン‐アンデルセン (著), Gosta Esping‐Andersen (原名), 渡辺 雅男 (翻訳), 渡辺 景子 (翻訳)

イエスタ エスピン‐アンデルセン (著), Gosta Esping‐Andersen (原名), 岡沢 憲芙 (翻訳), 宮本 太郎 (翻訳)
その他の参考文献

グレゴリー・J. カザ (著), Gregory J. Kasza (原名), 堀江 孝司 (翻訳)
参考記事
内閣府男女共同参画局「北欧諸国における立法過程や予算策定過程等への男女共同参画視点の導入状況等に関する調査(報告書)」平成23年11月(PDF)