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【セクシュアリティ】旧約聖書にみる同性愛禁忌(ソドムの町)と近親姦(ロトの娘たち)(三成美保)

【セクシュアリティ】旧約聖書にみる同性愛禁忌(ソドムの町)と近親姦(ロトの娘たち)

三成美保(掲載:2014.07.15)

●ロトとソドムの町(創世記19章)

紀元前1300年頃のカナン Ungefähre Ausdehnung des als Kanaan/Kinaḫḫu bezeichneten Landes um 1300 v. Chr.

(1)ロトがソドムの町にやってきたいきさつ
ロトは、アブラハム(改名前はアブラム)の甥であったが、旅の途中で、家畜の水場や草場をめぐってアブラハムとロトとの間に争いが起こる。ロト一族は緑豊かな大地を選び、アブラハム一族は赤い土と起伏の激しい山地を選んだ(創世記13章)。その結果、ロト一族は滅び、アブラハム一族はやがてカナン(パレスチナ)で「選民」として救済される。
ロト一族が移り住んだのが、ヨルダン低地の町ソドムである。ソドムは繁栄していたが、「ソドムの人々はよこしまな者で、主に対しては非常な罪人であった」(創世記13章13)。

「そこで主は仰せられた。『ソドムとゴモラの叫びは非常に大きく、また彼らの罪はきわめて重い。・・・』」(創世記18章20)

ソドムの滅亡(シチリアのモザイク:12世紀)Die Zerstörung von Sodom (Sizilianisches Mosaik aus dem 12. Jahrhundert)

(2)ソドムとゴモラの「罪」
神はふたりの使いを送って、ソドムの状況を確認しようとする。ロトは二人を歓待するが、ソドムの人々はロトの家を取り囲んで二人を差し出すよう要求した。

「彼らが床につかないうちに、町の者たち、ソドムの人々が、若い者から年寄りまで、すべての人が、町の隅々から来て、その家を取り囲んだ。そしてロトに向かって叫んで言った。『今夜おまえのところにやってきた男たちはどこにいるのか。ここに連れ出せ。彼らをよく知りたいのだ。』」(創世記19章4-5)

ソドムの人々に対して、ロトは次のように言った。

「『兄弟たちよ。どうか悪いことはしないでください。お願いですから。私にはまだ男を知らないふたりの娘があります。娘たちをみなの前に連れてきますから、あなたがたの好きなようにしてください。ただ、あの人たちには何もしないでください。あの人たちは私の屋根の下に身を寄せたのですから。』」(創世記19章7-8)

●「ソドムの罪」の解釈をめぐって

このソドムとゴモラのエピソードは、同性愛禁忌の根拠とされる。創世記19章5節の「知る」は「性的な意味」と解され、ソドムの人々が神の使いに同性愛行為を要求したために滅ぼされたというわけである。しかし、じつは「ソドムの罪」をめぐる解釈は一様ではない。

「ソドムの罪」の解釈には大きく3通りがある。一つは伝統的注解で「もてなしのルール違反」とするもの、もう一つは「神に対する重大な侵犯」として人間との不法な関係を求めて天使が神に背いたとするもの(ユダの手紙6-7)である。最後が、いわゆる同性愛禁忌の根拠としての解釈である。

ソドムのエピソードを同性愛禁忌の根拠として解釈する傾向は、紀元前2世紀に登場した。それは、同性愛を許容する古代ギリシア文化に対する批判であった。この解釈は、初期の教父たちによって発展させられ、13世紀には紋切り型の言説となる(タン2013:338-339)。

なお、同性愛禁忌について不明瞭なソドムのエピソードに比し、レビ記は明確にこう定める。
「あなたは女と寝るように、男と寝てはならない。これは忌みきらうべきことである。動物と寝て、動物によって身を汚してはならない。女も動物の前に立って、これと臥してはならない。これは道ならぬことである。」(レビ記18章22-23)

●ロト姉妹の決断ー近親姦

神の言葉にしたがって、ロトと妻子はソドムの町から逃げる。町には「硫黄の火」が降り注ぎ、町と低地全体、住民と植物のすべてが滅んでしまう(創世記19章24-25)。ロトの妻は禁令を犯して町を振り返ったため、「塩の柱」とされた(創世記19章26)。ロトは二人の娘とともに山の洞窟に住むようになる。

「そうこうするうちに、姉は妹に言った。『この地には、この世のならわしのように、私たちのところに来る男の人などいません。さあ、お父さんに酒を飲ませ、いっしょに寝て、お父さんによって子孫を残しましょう。』」(創世記19章31)

ロトは姉妹が順に自分と「寝たのも、起きたのも知らなかった。こうして、ロトのふたりの娘は、父によってみごもった。姉は男の子を産んで、その子をモアブと名づけた。彼は今日のモアブ人の先祖である。妹もまた、男の子を産んで、その子をベン・アミと名づけた。彼は今日のアモン人の先祖である。」(創世記19章33,35-38)

●近親姦に対する評価

ロトとその娘たちによる近親姦は、もとは、東ヨルダン地方にいたイスラエルの同族であるモアブ人とアンモン(アモン)人の民族的純血性を証するものとされた(関根1973:209-210)。

「律法(トーラー)」の一つであるレビ記18章6-23では、次の通り近親相姦が禁止されている(叙述には重複がある)。①肉親の女、②母、③父の妻、④姉妹、⑤息子の娘、娘の娘、⑤異母姉妹、⑥父の姉妹、⑦父の兄弟の妻、⑧息子の妻(嫁)、⑨兄弟の妻、⑩女とその娘、その女の息子の娘、その娘の娘(以上は肉親)、⑪存命中の妻の姉妹。ほかにも、⑫「月のさわりで汚れている女」、⑬隣人の妻、⑭男、⑮動物との同衾が禁じられている。

山形(2001)は、次のように述べて、ロトの娘たちの近親姦物語に、イスラエルの家父長制社会とは異質な原理を読み取ろうとする。
「それ[イスラエルの家父長制社会とは異質な物語要素=三成]は、女性が、自らの意思において一族の血統の存続のために、女性としての存在のすべてをかける点に強烈に表現されている。この物語要素をどこまでも追跡してゆくと、古代オリエント世界に分布する近親婚や兄妹婚の神話にまでさかのぼるようにおもわれる。そこでは、近親婚はタブーではなく、神々の神聖な血統の断絶と拡散を防止するための、唯一の原理でさえあったのだ。ロトの娘の物語には、このようなオリエント神話の痕跡が、色濃く投影されてはいないか。もしもそうだとすると、ロト一族は、余りにも不当に貶められていることになる。理由はひとつしかない。アブラハムの『父の家』の正統性である。それを引き立てるための挿話として、使用された結果である。」(山形2001:35)

なお、客人2人を守るために、ソドムの町の男たちに処女の娘2人を差しだそうとするロトの行為は、じつに家父長制的な決定である。その行為を神が評価してロト一家を守るという構図もきわめて父権主義的であるということができよう。

【参考文献】

ルイ=ジョルジュ・タン編(金城克哉監修・齊藤笑美子・山本規雄訳)『<同性愛嫌悪(ホモフォビア>を知る事典』明石書店、2013年
山形孝夫『図説聖書物語旧約篇』河出書房新社、2001年
加藤隆『旧約聖書(100分de名著)』NHK出版、2014年
関根正雄訳『旧約聖書創世記』岩波文庫、1956年
『聖書新改訳』日本聖書刊行会、1973年

【関連項目】

○古代オリエントの近親婚・兄妹婚
→【女神】古代オリエントの女神たち
→【女性】古代エジプトの女王たち

○セクシュアリティ
*【セクシュアリティ】古代ギリシアの同性愛(栗原麻子)
*【総論6】男性性(マスキュリニティ)の歴史(三成美保)
*【概説】キリスト教とセクシュアリティ(三成美保)
*【セクシュアリティ】近世ドイツのセクシュアリティー風俗犯罪(三成美保)

○同性婚
*【同性婚】国際的・国内的動向(三成美保)
*【特集3-0】最新動向(LGBT/LGBTIの権利保障)

●アルテミジア・ジェンティレスキ「ロトと娘たち」(1636–1637年頃)

→女性画家アルテミジアについては【女性】アルテミジア・ジェンティレスキの絵画(三成美保)

 

●アルテミジア・ジェンティレスキ「沐浴するバテシバ」(1645-50年)

 

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