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補論4:1970年代以降のLGBTI―21世紀の二極化傾向
掲載 2018-06-16 執筆 三成美保
◆男性性と軍隊
男性同性愛が「男らしさ」を損なうとの考え方は、軍事国家や軍隊における男性同性愛者の排除につながった。ナチス・ドイツでは、1935年に刑法が改悪された。刑罰が強化され、構成要件が拡大され、「性交類似行為」も含まれるようになった。一方、アメリカでは、第2次大戦中に軍隊で同性愛問題が表面化し、除隊規定が設けられた(1942)。1993年、アメリカ軍は「DADT政策」(「問わず、語らず」の原則=入隊時には審査しないが、発覚すれば除隊)を採用した❶。
◆1970年代のゲイ解放運動
アメリカのストーンウォール暴動(1969)は、ゲイ解放運動のきっかけとなった。1970年代のゲイ解放運動は、反体制の性格を強く有しており、婚姻という制度も否定していた。要求の中心は、あらゆる差別の廃止であった。しかし、1980年代のHIV問題を受け、同性カップルは同居生活の法的保障を求めるようになる。「家族」でないとされて、パートナーの死に目に立ち会えなかったり、共同生活の財産を失ったりしたからである。
◆1990年代
1990年代になると同性カップルの権利を保障する動きが登場する。フランスでは1999年に同性カップルの共同生活を保障するパックス(連帯民事契約)が認められた❷。アメリカでは、1989年にニューヨーク州最高裁が同性カップルを家族と認めた。同性カップルの婚姻を認めるか否かは重要な政治的争点とされるようになり、危機感を募らせた連邦政府が成立させたのが婚姻防衛法(1996)である❸。同法は、「婚姻」は異性間に限定されるとして、異性婚主義を明確にした。2013年に婚姻防衛法は違憲とされ、2015年6月、連邦最高裁は同性婚禁止の州法(14州)を違憲無効と判示し、アメリカ全州で同性婚が容認されることとなった。
◆21世紀の国際社会における二極化傾向
LGBTIの権利保障をめぐって、21世紀の国際社会は二極化している。国連や欧米諸国を中心に性的指向の自由が人権として保障され、オランダ(2001)を皮切りに同性間の婚姻が認められつつある。現在、47ヶ国で同性間の婚姻が認められている。EU基本権憲章(2000)❹やオリンピック憲章❺もまた性的指向による差別を禁じている。他方、世界で同性間の性愛関係に刑事罰を科す国は73ヶ国にのぼる(うち13ヶ国は最高刑が死刑)。同性愛の公言禁止法の制定(2013:ロシア)、同性愛を扱った映像作品の上映禁止(2016:中国)などの動きも登場している。国際社会の二極化は深刻度を増している。(三成)
資料
❶アメリカ軍隊と同性愛者の排除
アメリカでは、第2次世界大戦中、軍隊における同性愛者の存在が問題になりはじめた。1942年には、同性愛者を軍隊から放逐する初の除隊規定が設けられ、1947年には、国防省による同性愛者制裁指令が制定された。1981年、国防総省が「同性愛は軍務と相容れない」との公式見解を発表した。1993年、アメリカ軍は「DADT政策」(「問わず、語らず」の原則=入隊時には審査しないが、発覚すれば除隊)を採用した。1994~2010年に、同性愛を理由に除隊したのは13,650人である。
【史料】1981年の国防総省公式見解
Homosexuality is incompatible with military service. The presence in the military environment of persons who engage in homosexual conduct or who, by their statements, demonstrate a propensity to engage in homosexual conduct, seriously impairs the accomplishment of the military mission. The presence of such members adversely affects the ability of the armed forces to maintain discipline, good order, and morale; to foster mutual trust and confidence among service members; to ensure the integrity of the system of rank and command; to facilitate assignment and worldwide deployment of service members who frequently must live and work in close conditions affording minimal privacy; to recruit and retain members of the armed forces; to maintain the public acceptability of military service; and to prevent breaches of security.
(出典)https://en.wikipedia.org/wiki/Sexual_orientation_in_the_United_States_military(閲覧2018-06-16)
(数値の出典)https://en.wikipedia.org/wiki/Don%27t_ask,_don%27t_tell(閲覧2018-06-16)
❷フランスのPACS(民事連帯協約)(1999)
第515条の1 民事連帯協約は, 異性であれ同性であれ, 二人の成年の自然人によって, 共同生活を組織するために締結される契約である。
第515の4 (2006年新設)
(1)民事連帯協約によって結ばれた両パートナーは, 物質的援助, 相互扶助と同様, 共同生活の義務を負う。両パートナーが別に定めなかった場合には, 物質的援助はそれらの者各々の資力に応じる。
(2)両パートナーは, 日常生活の必要のためにその一人によって締結された負債については, 第三者に対して連帯して責任を負う。ただし, この連帯責任は, 明らかに過度な支出については生じない 。
【解説】
2006年の法改正により、物質的援助は義務化されたが、双方の貞操義務は規定されなかった。また、別産制が導入された。今日、パックスの利用者はほとんどが異性カップルである。婚姻に比べて離婚が容易であるからと言われている 。2013年には、民法が改正され、婚姻が性中立化された(世界で13番目)。2013年にフランスで成立した同性婚は、およそ七千件(全婚姻の3%)と見積もられている。男性婚と女性婚の比率は三対二である。なお、フランス民法典改正 (2013)により、「第143条(新設)婚姻は、異性者又は同性者の二人の間で締結するものとする。」として同性間婚姻が認められた。
❸アメリカの婚姻防衛法(1996)
第3条(婚姻の定義)合衆国の連邦議会のいかなる法律においても、また、さまざまな行政当局・機関のいかなる規則・命令・解釈においても、「婚姻」という語は、もっぱら夫たる一人の男性と妻たる一人の女性のあいだの法的な結合を意味するのであって、「配偶者」という語は、もっぱら夫または妻である異なる性の人間を意味する。
【解説】
2013年判決はいくつかの興味深い論点を提示した 。同判決は、カリフォルニア州憲法が基本的人権として結婚する権利を同性カップルに対しても保護していることを認めたが、そのさい、1948年の異人種間の婚姻禁止法を違憲無効とする判決を先例として引用した。「基本的人権はひとたび認められたならば、歴史的にそのような権利を認められてこなかった特定の集団に属することを理由に否定することはできない」。すなわち性別を根拠に婚姻を認めないことは、人種を根拠に婚姻を認めないことに等しいと述べたのである。判決では、同性パートナーシップ等を結婚の代用にすることは「差別的」な措置とされた。婚姻を異性間に限定するには、やむにやまれぬ権益を達成する必要があることを、政府が証明するべきとの要件を課したのである。また、同性カップルによる子どもの養育を認めるべき方向性を明示した。
❹EU基本権憲章(2000年)
「第21条 1 性、人種、皮膚の色、民族的または社会的出身、遺伝的特徴、言語、宗教もしくは信念、政治的意見その他の意見、国内少数者集団の一員であること、財産、出生、障害、年齢、または性的指向等いかなる理由による差別も禁止される。」
❺オリンピック憲章(2016年)
「6. このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、 国あるいは社会のルーツ、 財産、 出自やその他の身分などの理由による、 いかなる種類の差別も受けることなく、 確実に享受されなければならない。」