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補論:メソポタミア古代文明―法典にたどる家父長制家族像
掲載 2018-06-16 執筆 富永智津子
★メソポタミアの三大法典
ハンムラビ法典、中期アッシリア法典、ヒッタイト法典は、メソポタミアの古代社会のジェンダーを分析するための貴重な資料である。ハンムラビが統治したバビロニア帝国には、さまざまな文化的起源を持つ人々がおり、その版図はユーフラテス川からチグリス川流域に広がる現在のイラク南部一帯に広がっていた。ハンムラビはこの多様な人びとに適用されていた慣習法を修正・編集して成文化し、それによって王の権威の一本化を図った。これが前1750年頃に石柱に刻印されたハンムラビ法である。一方、ヒッタイト法は前15世紀~11世紀にさかのぼる小アジア(現在のトルコ西部)に興ったヒッタイト帝国の法典であり、中期アッシリア法典は現在のイラク北部を拠点としたアッシリア帝国最古の成文法である。
★法典の連続性と共通点
ハンムラビ法典は中期アッシリア法典に多大な影響を与えたとされている。したがって、両者の内容はかなり似ている。ヒッタイト法典がこれら二つの法典からどの程度影響を受けたかは不明のようである。
これら三つの法典には共通点がある。結婚と女性の行為に関する規定が多いことである。ハンムラビ法282の条文のうち73がこうした問題に関するものであり、中期アッシリア法112の条文のうち59が同様の問題をあつかっている。ヒッタイト法は200の条文のうち26だけが婚姻と女性に関する規定であるが、他の法よりも女性に対する規制が厳しいのが特徴とされている。
★法典の読み方
法典は、当時の権力者が指導し管理しようとしている理想的な社会的状況を反映しており、書かれている規定が必ずしも文字通り実行されていたわけではない。たとえば、ハムラビ法の「目には目を、歯には歯を」に象徴される「同害復讐」の中には、手術に失敗した医者は手を切断されるというような実施不可能な規定がある。さらに、残存する多数の商取引や法手続きは、既存の慣習法の中で行われており、ハンムラビ法が引用されているのはほんのわずかだったこともその証拠となっている。むしろ、この「同害復讐」は「代替」の概念によって相殺されていたという点が、資料として重要である。たとえば、男たちが処罰を受ける際には、家族の女性や子供を自分の代わりに差し出すことができるというように、罪を誰かに代替させることができたのである。誰が誰に代替させることができたかを分析することによって、当時の階級間やジェンダー間の権力関係を知ることができるのである。また、法典が何を当然視していたかを読み解くことによって、法典は当時の社会構造や価値観を知る手掛かりにもなっている。
★法典にたどる家父長制家族像~「ハンムラビ法典」から
128条:妻を娶っても、誓約書を作らない時は、その女は妻ではない。
129条:妻が他の男と寝ている時捕まったなら、縛り上げて水中に投げ込む。もし妻の主人が妻を許すか、国王がその男を許すなら許す。
133条:夫が捕虜にとなっている間、食べ物が確保してあるなら、妻が出かける時は体を守って、他人の家に入らない。もし自分の体を守らず、他人の家に入るなら、確認後、女を水の中に投げ込む。
134条:夫が捕虜の間家に食べ物がないなら、妻が他人の家に入っても罪にはならない。
135条:夫が捕虜の間食べ物がない時は、妻は公然と他人の家に入り、子供を産んでよい。もし夫がその町へ帰ってきたなら、女は夫のところへ、子供は父の所へ行く。
136条:町を捨てて逃げた人の妻が(やむを得ず)他人の家に入っていた時、あとでその人が戻って来て妻を取り押さえたとしても、夫が町を捨てて逃げたのだから、妻は夫のもとへ戻らない。
138条:子を産まなかった妻を捨てるのであれば、結納料と同程度の金額を与え、且つ家からの持参金を返して分かれる。
141条:妻が家を出たいと決めて、公然と醜態を曝し、家を散らかし、夫を侮辱した時は、まず確認をとる。その後夫が離縁を言い渡すなら、旅費、慰謝料を渡さない。離縁しないなら、第二の妻を娶り、妻は奴隷のごとく夫の家に留めてよい。
145条:ナディトゥを娶ったが、子を儲けられないので、公然と妾を持ちたいと決めた時は、妾を持ち家に入れることができるが、その妾の地位は決してナディトゥに勝ることはない。
参考文献
ゲルダ・ラーナー『男性支配の起源と歴史』(奥田暁子訳)三一書房、1996年;飯島紀著『ハンムラビ法典―「目には目を歯には歯を」を含む282条の世界最古の法典』国際語学社、2002年