【年表】ヘレニズム時代(前334~前30)

更新:2016-03-20 掲載:2016-02-14 作成:三成美保

【高校世界史教科書】
ヘレニズム時代とは、アレクサンドロス大王(在位:前336-前323)の遠征(前334-前324)からプトレマイオス朝(前304-前30)の滅亡(前30)までの約300年間をさす。ギリシア文明とオリエント文明が融合して、ヘレニズム文明が生まれた。

前342~前271 エピクロス(サモス島出身の哲学者)

※アテネで活躍した。エピクロス派の始祖。エピクロス派は肉体的ではなく持続する精神的な快楽を追求しようとした学派で、ローマ帝国時代に衰退した。

前338 マケドニア王フィリッポス2世(在位:前359〜前336)がアテネ・テーベの連合軍をカイロネイアの戦いで破り、全ギリシアを手中におさめた。

前337 マケドニア王フィリッポス2世は、スパルタを除くギリシアの全ポリスとコリントス(ヘラス)同盟を結んだ。マケドニアはこの同盟を利用し、ギリシア世界を支配した。

前336 フィリッポス2世の死により、20歳のアレクサンドロス(大王・在位:前336〜前323)がマケドニア王位につく。

前335~前263 ゼノン(キプロス出身の哲学者)
※アテネで活躍した。ストア派の始祖。ストア派は世界市民主義を主張し、禁欲による幸福追求を求め、理性に従って生きることを基本理念とした。のちのローマ5賢帝のひとり、マルクス=アウレリウス=アントニヌスもストア派の哲学者であった。

前334~前324 アレクサンドロス大王による東方遠征(ギリシア・エジプトからインダス川西岸までの大帝国を建国)
※アレクサンドロスは、自らの名前を冠したアレクサンドリアという街を各地に建設し、ギリシア文化と西アジア文化の融合をはかった。

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アレクサンドロスの東方遠征 出典:https://de.wikipedia.org/wiki/Diadochen

前333 地中海東岸でイッソスの戦いが起こり、アケメネス朝ペルシアのダレイオス3世に勝利する。

前331 アルベラ(ガウガメラ)の戦いが起こり、ダレイオス3世は敗走後に暗殺され、アケメネス朝ペルシアは滅亡した。

前323 アレクサンドロス大王がアラビア遠征の途上で急死→後継者(ディアドコイ)の武将たちが争った。

前312 セレウコス朝シリア(前312〜前63)の成立。
※武将セレウコスによって建国されたシリアの王国。当初西アジアの大部分を支配した。前300 ころ、都がセレウキアからアンティオキアに遷都された。前3世紀に領土内からパルティア、バクトリアが独立したため衰退し、ローマに滅ぼされた(前63)。

前310頃~前230頃 アリスタルコス(サモス島出身の天文学者)
※太陽中心説を唱えた。

前306 アンティゴノス朝マケドニア(前306〜前168)の成立。
※武将アンティゴノスが建国。ギリシア地域を支配下に置いた。最終的にローマに滅ぼされる。

前304 プトレマイオス朝エジプト(前304〜前30)の成立。
※武将プトレマイオスが建国したギリシア系の王朝。都はアレクサンドリア。ヘレニズム世界 の中心となった。アクティウムの海戦(前30)でオクタヴィアヌス率いるローマに破れたクレオパトラが自殺し、滅亡した。

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アレキサンドリアの都市図(前3~前2世紀) 出典:https://fr.wikipedia.org/wiki/Mouse%C3%AEon_d’Alexandrie

前301 イプソスの戦いが起こり帝国の分裂が始まる。

前301年イプソスの戦い後のディアドコイの国家:アンティゴノス(マケドニア=緑)、プトレマイオス(エジプト=紫)、セレウコス(シリア=黄色)、リュシマコス(トラキア=オレンジ) 出典:https://de.wikipedia.org/wiki/Diadochen

前300頃 エウクレイデス(ユークリッド)
※ギリシアで活躍した数学者。ムセイオンに学び、平面幾何学を大成した。『幾何学原本』を著した。

前287頃~前212 アルキメデス(シチリア島シラクサ出身の数学者)
※ムセイオンに学び、梃子の原理やアルキメデスの原理を発見。ポエニ戦争中にローマ兵に殺害される。

前275頃~前194 エラトステネス(北アフリカの植民市キレネ出身の天文学者)
※ムセイオンの館長を務め、地球の周囲を計測した。

前255頃 バクトリア(前255頃〜前139)がセレウコス朝シリアから独立。
※ギリシア系住民が独立した国家。バクトリアのギリシア文化は西北インドに伝わり、クシャーナ朝時代にガンダーラ美術が生まれるきっかけをつくった。最終的にスキタイ系のトハラ人に滅ぼされた。ガンダーラ美術はその後大乗仏教とともに中国や日本にも伝わった。

前248 パルティア(前248〜後226)がセレウコス朝シリアから独立。
※イラン系の住民がカスピ海東南の地域におこした国。建国者はアルサケス。前2世紀以降に強大となり、セレウコス朝滅亡後にメソポタミアをめぐりローマと争った。中国の漢と同時期で、「絹の道」をつないだ。最終的にササン朝ペルシアに滅ぼされた。

A map centered on the Mediterranean and Middle East showing the extent of the Roman Republic (Purple), Selucid Empire (Blue), and Parthia (Yellow) around 200 BC.

前200年頃のセレウコス朝シリア(青)とパルティア(黄)、共和政ローマ(赤) 出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Parthian_Empire

【解説】

○ヘレニズム
「ギリシア風」の意味。
○ヘレニズム文化
世界市民主義(コスモポリタニズム)と個人主義という特徴をあわせもつ。世界市民主義(コスモポリタニズム)は、ギリシアのポリス社会が衰退した結果、従来のポリス中心主義から、世界の人々を自分の同胞ととらえる思想としておこった。また、同時に、個人の幸福追求を求める個人主義も重要な思想であった。
○言語
ヘレニズム世界では共通語としてアッティカ方言をもとにした「コイネー」という共通語が使われた。
○ムセイオン
プトレマイオス朝エジプトのアレクサンドリアにつくられたムセイオンという研究機関を中心に数学・物理学・天文学などの自然科学が発達し、のちにイスラム科学に受け継がれた。
○ミトラ教
ヘレニズム時代の代表的な宗教で密議宗教の一つ。ミトラ教は、古い神格である太陽神ミトラ(ミトラス/ミスラ)を崇拝する。イランでおこり、ヘレニズム時代の民衆に信奉され、その後ローマ帝政期にも流行した。ローマ帝国治下では、前1世紀より後5世紀にかけて発展し、大きな勢力を持ったとされる。原則として女人禁制で、下層民や下級兵士を主な信者とした。
○ヘレニズム時代の代表的な作品
「ミロのヴィーナス」、「瀕死のガリア人」、「サモトラケのニケ」、「ラオコーン」

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