【判例】1955年前借金無効判決(売春問題:最高裁)

更新:2016-07-26 執筆:三成美保

【事実】

1950年(昭和25年)12月23日 父親が男性から4万円を借りる。その代わりに、娘(16歳になっていない)が住み込みで酌婦労働(売春)をして、稼いだ金の半額を父親の借金の返済にあてるとした。

1951年(昭和26年)5月頃 娘は酌婦労働をしていたが、稼いだ金のすべては別の弁済にあてられ、父親の借金返済にあてられることはなかった。このため、娘は逃げ出した。

1955年(昭和30年) 最高裁判決(前借金を無効とする)

1956年(昭和31年) 売春防止法制定

【判決】

判決文(全文)

主文

原判決を破棄する。
被上告人の請求を棄却する。
訴訟の総費用は、全部被上告人の負担とする。

理由

上告代理人二宮卓及び柴田元一の上告理由は、それぞれ末尾添付のとおりである。上告代理人二宮卓の上告理由及び上告代理人柴田元一の上告理由第一点について。原審認定の事実によれば、上告人A1は、昭和二五年一二月二三日頃被上告人等先代Dから金四〇、〇〇〇円を期限を定めず借り受け、上告人A2は、右債務につき連帯保証をしたが、その弁済については、特にA1の娘EがD方に住み込んだ上、同人がその妻の名義で経営していた料理屋業に関して酌婦稼働をなし、よつてEのうべき報酬金の半額をこれに充てることを約した、前記Eは当時いまだ一六才にも達しない少女であつたが、同人はその後D方で約旨に基き昭和二六年五月頃まで酌婦として稼働したに拘らず、Eの得た報酬金はすべて他の費用の弁済に充当せられ、上告人A1の受領した金員についての弁済には全然充てられるにいたらなかつたというのである。そして原審は、右事実に基き、Eの酌婦としての稼働契約及び消費貸借のうち前記弁済方法に関する特約の部分は、公序良俗に反し無効であるが、その無効は、消費貸借契約自体の成否消長に影響を及ぼすものではないと判断し、上告人両名に対し前記借用金員及び遅滞による損害金の支払をなすべきことを命じたのであつて、以上のうちEが酌婦として稼働する契約の部分が公序良俗に反し無効であるとする点については、当裁判所もまた見解を同一にするものである。しかしながら前記事実関係を実質的に観察すれば、上告人A1は、その娘Eに酌婦稼業をさせる対価として、被上告人先代から消費貸借名義で前借金を受領したものであり、被上告人先代もEの酌婦としての稼働の結果を目当てとし、これあるがゆえにこそ前記金員を貸与したものということができるのである。しからば上告人A1の右金員受領とEの酌婦としての稼働とは、密接に関連して互に不可分の関係にあるものと認められるから、本件において契約の一部たる稼働契約の無効は、ひいて契約全部の無効を来すものと解するを相当とする。大審院大正七年一〇月二日(民録二五輯一九五頁)及び大正一〇年九月二九日(民録二七輯一七七四頁)の判例は、いずれも当裁判所の採用しないところである。従つて本件のいわゆる消費貸借及び上告人A2のなした連帯保証契約はともに無効であり、そして以上の契約において不法の原因が受益者すなわち上告人等についてのみ存したものということはできないから、被上告人は民法七〇八条本文により、交付した金員の返還を求めることはできないものといわなければならない。原判決は法律の解釈を誤つたものであつて破棄を免れない。そして原審の確定した事実によれば、本件はすでに判決をなすに熟するものと認められるから、民訴四〇八条一号、九六条、八九条を適用し、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

最高裁判所第二小法廷

裁判長裁判官 栗山 茂  裁判官 小谷勝重  裁判官 藤田八郎  裁判官 谷村唯一郎  裁判官 池田 克

(出典:最高裁判例集→こちら)

【資料】昭和35年版 犯罪白書―わが国における犯罪とその対策―(1960年)

売春に関する統計と解説を掲載⇒http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/1/nfm/n_1_2_1_2_2_2.html#H001050H

【資料】日本弁護士連合会決議(1973年)「売春の絶滅に関する決議」

何人もいかなる奴隷的拘束も受けず、苦役からの自由を有することは、日本国憲法の保障するところである。

しかるに今なお、前近代的な前借金制度により、売春を強要され、これと搾取的な歩合制とによって、悲惨な状態の下に呻吟させられている婦人が多数存することは誠に遺憾である。

かかる前借金契約は、いわゆる前借金無効の最高裁判所判決と売春防止法第9条によって無効であることは明らかである。

よって関係当局は、前借金契約が無効であることを銘記し、これを取締る関係法令を適切に運用して売春の絶滅を期すべきである。

右決議する。

1973年(昭和48年)8月18日 第16回 於札幌市