人身取引(人身売買)とは?

更新:2015-11-21 掲載:2014.05.30  執筆:三成美保

◆人身取引

人身取引(トラフィッキングtrafficking)は、国際組織犯罪の1つであり、重大な人権侵害である。売春及び売春目的の人身売買が人間の尊厳に反するという認識は、20世紀前半の国際社会ですでに共有されていた。一連の関連条約(1904,10,21,33年)を統合したものが、人身売買禁止条約(1949年・日本批准58年)である。本条約は、廃止主義(性業者を処罰するが、単純売春は不処罰とする)の立場をとるが、人身売買が売春目的に限定されている点で限界があった。今日、人身売買は売春目的以外にも、臓器摘出や強制労働など多様化している。このため、人身取引防止議定書(2000年)が、国際組織犯罪防止条約(2000年)に関する3つの議定書の1つとして採択された。

(資料)平成21年12月犯罪対策閣僚会議「人身取引対策行動計画2009」⇒*https://www.kantei.go.jp/jp/singi/hanzai/kettei/091222/keikaku_hon.pdf
(資料)「人身取引とは」(政府広報オンライン)http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201111/3.html

◆日本政府の取り組み

○平成16年「人身取引対策に関する関係省庁連絡会議」を設置/「人身取引対策行動計画」https://www.kantei.go.jp/jp/singi/hanzai/kettei/091222/keikaku_hon.pdf

○2005~2006年 人身売買罪の新設・関連法令の改正

刑法が改正されて人身売買罪等が新設されたほか、出入国管理及び難民認定法も改正。
人身取引などの被害者が、資格外活動・ 売春関係の退去強制事由から除外されるとともに上陸特別許可・在留特別許可の対象とされ、また、人身取引の加害者が上陸拒否事由・退去強制事由に追加されるなどの取組が進んだ。

○平成21年「人身取引対策行動計画2009」

○平成26年12月「人身取引対策行動計画2014」[PDF]/「人身取引対策に関する関係省庁連絡会議」に代わり、新たに関係閣僚から成る「人身取引対策推進会議」を随時開催することを決定。

人身取引被害者保護の流れ

人身取引被害者保護の流れ

出典:政府広報オンライン http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201111/3.html

◆人身取引件数

刑法に人身売買罪が新設されたのが2005年(平成17年)。この年をピークに、人身取引の検挙件数は減少した。しかし、この数年、ふたたび被害者数が急増している。

グラフ:人身取引事犯の検挙状況等

グラフ:人身取引事犯の検挙状況等

(出典)政府広報オンライン http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201111/3.html
≪平成26年≫
「我が国が平成26年中に保護した被害者は25人(前年比+8人)であり、うち18歳未満の児童は7人であった。被害者の国籍については、「日本人」が最も多く12人(同+2人)となっているほか、「フィリピン人」が10人(同+9人)、「タイ人」が1人(同-5人)、「中国人」が1人(同+1人)、「ルワンダ人」が1人(同+1人)となっている。なお、18歳未満の児童7人は、全て日本人であった。」(平成27年5月「人身取引対策に関する取組について」(官邸)http://www.kantei.go.jp/jp/singi/jinsintorihiki/pdf/honbun1.pdf )
 https://i0.wp.com/hakusyo1.moj.go.jp/jp/60/nfm/images/full/h7-2-2-1-13.jpg?resize=673%2C918

(出典)犯罪白書(H25) http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/60/nfm/images/full/h7-2-2-1-13.jpg

警察庁生活環境課(平成19年2◆人身売買罪の新設

2004年、米国務省が発表した「人身売買報告書」では、日本は「強制労働や性的搾取のために売買される女性や子どもの目的地」となっており、法律も政策もないと指摘された。政府はすぐさま「人身取引対策行動計画」を策定し、2005年、刑法に人身売買罪(226条の2)が新設された。それまで増加傾向にあった人身取引事犯の検挙率は2005年を境に急減している。しかし、手口がより巧妙化したとの懸念を法務省も捨てていない。

◆関連法の改正

人身売買罪新設に伴い、関連法も多く改正された。刑事訴訟法改正により、被害者証言ではビデオリンクによる尋問が可能となった。出入国管理法改正では、人身取引などにより他人の支配下におかれた者は退去強制の対象から除外されることになった。組織犯罪処罰法も改正され、人身売買、人の密輸などに関わる犯罪が追加された。旅券法の罰則が強化され、風適法も厳格化された。これら一連の改正は、上記の人身売買防止議定書、密入国防止議定書の批准に向けてとられた措置の一つである。

○入国管理局「人身取引撲滅への取り組み」⇒*http://www.immi-moj.go.jp/zinsin/index.html

 

児童ポルノ事件の送致件数、送致人員、被害児童数の推移

政府公報オンライン http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201111/3.html(資料提供・警察庁)

 

資料

(1)あるタイ人女性の手記から(吉田2004:30ff.)

「…ブローカーが日本に行く手筈を整えてくれました。日本のボスは、成田から、あるアパートに私を連れていきました。…ボスは、私をまた別の人間に売るので遠くに連れていくのだ、と言いました。別のアパートに着くと、そこには日本人の男性とタイ人の女性がいました。…日本人男性は、「オレはお前をタイのボスから買ったんだ。オレに350万円の借金を返すんだぞ」と言いました。私は驚いてしまいました。勝手に人を売り買いしておいて、借金を返せと言うのです。…1ヶ月働いたとしても、3、4万円も貯められません。…泊りで3万円、ショートで2万円ですが、代金は全てボスが取り上げます。つまり、食費さえないという状態です。…日本の男性は、私たちを買ってサービスを受けさせるのを当然だと思っています。…ママさんも冷酷です。ボスと同じです。生理のときも熱があるときも、客をとらせるのです。客をとらなかったら罰金です。借金以外にアパート代や食事代、衣装代が差し引かれます。…」

(2)人身取引防止議定書[国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を補足する人(特に女性及び児童)の取引を防止し、抑止し及び処罰するための議定書](2000年)

  • 平成12年11月15日 ニューヨークで採択
  • 平成14年12月9日 ニューヨークで署名
  • 平成15年12月25日 効力発生
  • 平成17年6月8日 国会承認

→日本:2002年署名・2005年国会承認(未批准)

第2条(目的) この議定書は、次のことを目的とする。
(a)女性及び児童に特別の考慮を払いつつ、人身取引を防止し、及びこれと戦うこと。
(b)人身取引の被害者の人権を十分に尊重しつつ、これらの者を保護し、及び援助すること。…

第3条(用語) この議定書の適用上、
(a)「人身取引」(trafficking in persons)とは、搾取の目的で、暴力その他の形態の強制力による脅迫若しくはその行使、誘拐、詐欺、欺もう、権力の濫用若しくはぜい弱な立場に乗ずること又は他の者を支配下に置く者の同意を得る目的で行われる金銭若しくは利益の授受の手段を用いて、人を獲得し、輸送し、引き渡し、蔵匿し、又は収受することをいう。搾取には、少なくとも、他の者を売春させて搾取することその他の形態の性的搾取、強制的な労働若しくは役務の提供、奴隷化若しくはこれに類する行為、隷属又は臓器の摘出を含める。…

全文PDF(外務省仮訳)

3)人身取引事例

【事例①】平成26年5月
ビジネスホテルからの男女のグループの宿泊客が頻繁に出入りしているとの相談を端緒として兵庫県警が捜査したところ、ビジネスホテルを転々としながら、出会い系サイトを利用して売春営業を行っていたグループが、援助交際等をしている日本人女性を誘い込み、覚せい剤や睡眠薬で薬漬けにして、その代金等支払い名下に売春を強要していたものであることが判明。平成26年5月、被害女性2人(うち1人は児童)を保護するとともに、グループの男女4人を売春防止法・児童福祉法違反で逮捕。被害女性2人は、携帯電話や財布を取り上げられてグループの監視下に置かれ、売春で得た報酬の全額を搾取されていた。
【事例②】平成26年10月
マッサージ店のタイ人経営者が、タイ人女性を入国させ、在留期間経過後も、千葉県内のマッサージ店で稼働させていることが警視庁の捜査で判明。平成26年10月、警視庁及び千葉県警が合同捜査本部を設置して捜査を進めた結果、ブローカー等4人を不法就労助長罪で逮捕。マッサージ店で稼働していた女性1人は、取調べにおいて、次のとおり人身取引被害者であることを申告した。女性は、タイ国内で、知り合いに「日本のマッサージ店で働かないか」と勧誘され、知り合いとともに来日し、短期滞在の在留資格で日本に入国後、タイ人女性が経営するマッサージ店に連れて行かれ、店舗に住み込みで働くこととなった。稼動後、しばらくするとタイ人経営者女性から入国時には一切説明のなかった借金80万円があると告げられ、パスポートも取り上げられそうになりこれを拒否したものの、客への性的マッサージを強要されたほか、給料は借金分を差し引かれ、1か月3万円程度しか受け取れなかった。また、帰国の要望も拒否され、店舗からの外出についても「警察に捕まってもいいのか」と脅されるなど、行動を制限されていた。本事案では、このタイ人女性を人身取引被害者と認定し、在留特別許可を与えた上、同年12月、IOM(国際移住機関)の自主的帰国・社会復帰支援の下、タイへの帰国を実現した。
事例①・②の出典⇒平成27年5月「人身取引対策に関する取組について」(官邸)http://www.kantei.go.jp/jp/singi/jinsintorihiki/pdf/honbun1.pdf

(4)刑法人身売買罪

(所在国外移送目的略取及び誘拐)
第二百二十六条  所在国外に移送する目的で、人を略取し、又は誘拐した者は、二年以上の有期懲役に処する。
(人身売買)
第二百二十六条の二  人を買い受けた者は、三月以上五年以下の懲役に処する。
 未成年者を買い受けた者は、三月以上七年以下の懲役に処する。
 営利、わいせつ、結婚又は生命若しくは身体に対する加害の目的で、人を買い受けた者は、一年以上十年以下の懲役に処する。
 人を売り渡した者も、前項と同様とする。
 所在国外に移送する目的で、人を売買した者は、二年以上の有期懲役に処する。
(被略取者等所在国外移送)
第二百二十六条の三  略取され、誘拐され、又は売買された者を所在国外に移送した者は、二年以上の有期懲役に処する。
(被略取者引渡し等)
第二百二十七条  第二百二十四条、第二百二十五条又は前三条の罪を犯した者を幇助する目的で、略取され、誘拐され、又は売買された者を引き渡し、収受し、輸送し、蔵匿し、又は隠避させた者は、三月以上五年以下の懲役に処する。
 第二百二十五条の二第一項の罪を犯した者を幇助する目的で、略取され又は誘拐された者を引き渡し、収受し、輸送し、蔵匿し、又は隠避させた者は、一年以上十年以下の懲役に処する。
 営利、わいせつ又は生命若しくは身体に対する加害の目的で、略取され、誘拐され、又は売買された者を引き渡し、収受し、輸送し、又は蔵匿した者は、六月以上七年以下の懲役に処する。
 第二百二十五条の二第一項の目的で、略取され又は誘拐された者を収受した者は、二年以上の有期懲役に処する。略取され又は誘拐された者を収受した者が近 親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じて、その財物を交付させ、又はこれを要求する行為をしたときも、同様とする。
(未遂罪)
第二百二十八条  第二百二十四条、第二百二十五条、第二百二十五条の二第一項、第二百二十六条から第二百二十六条の三まで並びに前条第一項から第三項まで及び第四項前段の罪の未遂は、罰する。
(解放による刑の減軽)
第二百二十八条の二  第二百二十五条の二又は第二百二十七条第二項若しくは第四項の罪を犯した者が、公訴が提起される前に、略取され又は誘拐された者を安全な場所に解放したときは、その刑を減軽する。
(身の代金目的略取等予備)
第二百二十八条の三  第二百二十五条の二第一項の罪を犯す目的で、その予備をした者は、二年以下の懲役に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
(親告罪)
第二百二十九条  第二百二十四条の罪、第二百二十五条の罪及びこれらの罪を幇助する目的で犯した第二百二十七条第一項の罪並びに同条第三項の罪並びにこれらの罪の未遂罪 は、営利又は生命若しくは身体に対する加害の目的による場合を除き、告訴がなければ公訴を提起することができない。ただし、略取され、誘拐され、又は売買 された者が犯人と婚姻をしたときは、婚姻の無効又は取消しの裁判が確定した後でなければ、告訴の効力がない。

(5)風営法の改正

(現行法)風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(昭和二十三年七月十日法律第百二十二号)

(2005年改正)三重県警からの「お知らせ」 http://www.police.pref.mie.jp/info/fueihou.pdf

(2015年改正)
国会参考資料⇒https://www.npa.go.jp/syokanhourei/kokkai/261024/06_sankou1.pdf
衆議院⇒http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g18705024.htm

関連・参考

→国立女性教育会館「人身取引(トラフィッキング)問題について知る2011」(H23年3月=H20年版の改訂)

※人身取引問題の概要がよくわかるパンフレット。人身取引事例・データ・参考資料(法令等)も充実している。

ヒューライツ大阪(「一般財団法人アジア・太平洋人権情報センター」)

※人身取引をはじめとする人権問題に取り組んでいる団体。HPは豊富な調査や資料を掲載しており、有益である。
→同HPから 主要な人権条約のリストとリンク

→中川かおり「米国の人身取引に関する立法動向」(外国の立法220、2004年)

2014年人身売買報告書(日本に関する部分)(合衆国国務省人身取引監視対策部)2014年6月20日:日本に関する箇所(日本語訳)

http://japanese.japan.usembassy.gov/j/p/tpj-20140718-01.html