選択的夫婦別氏制度

掲載:2015.06.14 執筆:三成美保

はじめにー「選択的夫婦別氏制度」(選択的夫婦別姓)

夫婦の氏(姓)(※注)には、「同氏制」、「複合氏(結合氏)制」、「別氏制」などがある。中国・朝鮮半島・日本などの東アジア地域では、伝統的に父系の「別氏制」がとられてきた。しかし、今日では法改正が進められており、中国や台湾では、氏の選択が可能となっている。日本では、伝統的な別氏制に代えて、明治以降、夫婦同氏制がとられるようになった。1996年、国際的潮流にあわせて「選択的夫婦別氏制度」の導入が提案されたが(1996年民法改正要綱)、今日に至るまで法案は成立していない。現在、世界のなかで、夫婦同氏を強制している国は、日本だけである。日本学術会議の提言(2014年)が示すとおり、選択的夫婦別氏制度は「氏名に関する人格権を保障する制度」として位置づけられるべきであり、早急な法改正が求められる。
以下では、(1)東アジア諸国の現状、(2)日本学術会議の提言(2014年)、(3)法務省HPの記事、(4)民法改正要項(1995年)、(5)世論調査結果(2012年)、(6)日本弁護士連合会Q&A、(7)第16回法務省政策会議配布資料(2010年)を紹介する。

  • (※注)民法等の法律では,「姓」や「名字」のことを「氏」と呼んでいるため、法務省では「選択的夫婦別氏制度」という呼称を用いている。

(1)東アジア諸国の現状

中国

  • 今日では、夫婦同氏・別氏・複合氏(冠姓)を選択可能である。
  • 1950年の婚姻法(1980年改正)で、男女平等の観点から「自己の姓名を使用する権利」が認められ、夫婦双方が自己の姓名を用いることができるようになった。夫婦自らの意志で夫婦同氏や複合氏を用いることもできる。
  • 子の氏は、1980年婚姻法において両親のいずれかから選択することになり、2001年改正でより夫婦平等な文言になった。しかし、漢民族の伝統によって、ほとんどの場合父の氏が使われている。

台湾

  • 選択可能であるが、別氏が多い。
  • 1985年民法により、冠姓(複合氏)が義務づけられたが、当事者が別段の取り決めをした場合はその取り決めに従うとされていた。
  • 1998年改正で、原則として生来の氏をそのまま使用し、冠姓にすることもできると改められた。職場では以前から冠姓せず生来の氏を使用することが多かったという。
  • 子の氏は、原則的に父の氏が適用されていた(入夫の場合は逆)が、1985年改正で、母に兄弟がない場合は母の氏にすることもできるようになった。その結果、兄弟別氏もありうるようになった。しかし、これも男女平等原則の違反とされ、2008年の戸籍法改正で父氏か母氏のいずれかについて両親が取り決め、父母双方の署名を入れて役所に提出することとなった。両親が合意に至らない場合は、役所が抽選で子の氏を決定する。

韓国

  • 夫婦別氏をとる。男女を問わず、婚姻後もそれぞれの父氏を名乗る。
  • 子の氏は、原則として父の氏を名乗っていたが、2005年改正により、子は、父母が婚姻届出の時に協議した場合には母の氏に従うこともできるようになった。

(2)日本学術会議提言「男女共同参画社会の形成に向けた民法改正」平成26年(2014年)6月23日:選択的夫婦別氏制度に関する部分の引用

提言主体:日本学術会議法学委員会ジェンダー法分科会・社会学委員会複合領域ジェンダー分科会・社会学委員会ジェンダー研究分科会・史学委員会歴史学とジェンダーに関する分科会

「(4)「選択的夫婦別氏制度の導入」に関する検討と提言
選択的夫婦別氏制度に関しては、家族のあり方に関わる問題であるとして、世論に配慮する見解があるが、選択的夫婦別氏制度は、婚姻後も生来の氏を称することができるかどうかという氏の使用に関する権利の問題である。最高裁は、「氏名は、社会的にみれば、個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが、同時に、その個人からみれば、人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成するものというべきである」と明示した(最高裁1988年2月16日判決〔最高裁民事判例集42巻2号27頁〕)。

氏は単に個人の呼称というだけではなく、名と結合することによって社会的に自己を認識させるものであり、自己の人格と切り離して考えることができない。氏名には一人ひとりの思い、生き方、その生活史が込められている。これらの思いを大切にする論理が「人格権」である。こうして氏名が個人の人格の象徴であり、人格権の一内容を構成するのだから、人格にかかわることとして、何よりも本人の意思が尊重されなければならない。したがって、婚姻に際して、改姓を望んでいない者にも改姓を強制する夫婦同氏強制制度(民法第750条)は、人格権を侵害する制度である。法の論理から見ると、選択的夫婦別氏制度は氏名に関する人格権を保障する制度として位置づけることができる。

現在、夫婦別氏を実践するために、婚姻の届をしないまま事実婚で暮らすカップルがいる。こうした人たちにとっては、夫婦同氏強制制度は、婚姻の自由を侵害していることになる。人格権の論理及び婚姻の自由の保障、いずれからも選択的夫婦別氏制度の導入は必至である。以下、すでに指摘されていることではあるが、選択的夫婦別氏制度の導入の根拠を補充する。

第1に、比較法的に見ると、日本のように夫婦同氏を強制する国はない。しかし、それらの国々で家族が崩壊しているといった実例は報告されていない。

第2に、夫の氏を選択する夫婦が96.2%、妻の氏を選択する夫婦が3.8%という現実(2012年)の下では、男性やその家族は当然のように男性の氏が夫婦の氏になると思い、妻の氏を夫婦の氏にしたくても、結婚相手や家族の了解を得ることに困難を極め、結局あきらめてしまう事態もある。どちらの氏でもよいという、一見、中立的なルールが、現実には女性に不利に働く。旧姓使用が認められない職場もまだまだ存在する(※注5)。このように一方の性に不利に働くルールは、性に対して中立的ではない。他に差別的でないルールがあれば、それに変える必要がある。それが選択的夫婦別氏制度である。

  • (※注5)会社が、旧姓を使用していた女性従業員の夫が当該会社を退職したことに伴い、婚姻姓を名乗っても支障がなくなったとして婚姻姓を名乗ることを命 じたことにつき、女性の人格権を違法に侵害するものであるとして、女性の精神的苦痛に対する慰謝料を認めた判決がある〔大阪地裁2002年3月29日判 決、労働判例829号91頁〕。

第3に、歴史的にみれば、夫婦同氏は日本の伝統文化ではなく、明治民法において家制度が確立した結果生じたものである。

江戸時代、苗字は、帯刀とともに武士などの身分的特権、血統、由緒を示し、百姓町人などは幕府や大名などの領主の許しがなければ、苗字を公称できなかった。

明治政府は、こうした苗字許可権を否定し、平民に苗字を自由に公称することを認め(1870年9月19日太政官布告608号)、後に国民すべてに苗字を名乗ることを義務づけ、まだ苗字のない人には、新たに苗字を設けることを強制し、いったん決めた以上は、変更できないこととした(1875年2月13日太政官布告22号)。そこで庶民が結婚した場合、夫婦の氏はどうなるのかが問題となったところ、政府は、妻は婚姻をしても、なお所生の氏(生家の氏)を名乗るとする指令を出していた(1876年3月17日太政官指令)。

しかし、1890年に成立・公布された「旧民法」では、家制度が前面に出て、「戸主及ヒ家族ハ其家ノ氏ヲ称ス」と規定され、「家ノ氏」という観念が登場した。これは1898年に成立した「明治民法」に引き継がれ、氏は家の名称となり、「戸主及ヒ家族ハ其家ノ氏ヲ称ス」(第746条)と規定され、婚姻によって夫の家に入る妻は、夫の家の氏を称し、その結果として、夫家の氏による夫婦同氏となったのである。

1947年の民法改正で家制度が廃止されたことから、氏は個人の呼称とされたにもかかわらず、家族は同じ氏を名乗って共同生活を営んでいるという当時の慣行が尊重されて、改正民法において夫婦同氏、親子同氏が定められたにすぎない。

前述のように、民法第750条による夫婦同氏強制は、夫・妻のどちらかが生来の氏を変更する規定であり、氏の変更を望まない者に変更が強要される点で人格権を侵害するものとなる。本来、国は「個人の尊重」に直結するような基本的な権利を侵害しない義務を負うはずであるが、それを超えてまで守るべき立法目的、公的利益が存在するかどうかが問題となる。

1947年の民法改正時には、家族共同生活と氏の一致という、明治民法の下で形成された伝来的な習俗しか言及されていなかった。また氏名の人格権的把握もなされていなかった。しかし、その後、日本社会は1980年代後半以降、国際的な男女平等の潮流と女性の経済的自立の傾向から、家族観、婚姻観、男女の生き方や役割観に変化があり、社会における男女の働き方、家族形態は多様化した。国家の政策も男女共同参画社会基本法の制定、男女共同参画基本計画の策定から、個人の尊重とライフスタイルに中立な法制度の確立を課題として明記するようになった。もはや夫婦同氏制を支える立法事実は変化しており、存立の基盤を失ったといえる。

1996年に法制審議会が答申した民法改正案要綱が、立法府において18年も放置されている状況は、異常である。

2010年7月、通称使用をしたり、離婚をして夫婦別氏を実践したり、事実婚を選ぶなど夫婦別氏を実践している人たちが、立法不作為を理由に国に対して国家賠償請求訴訟を起こしたが、2014年3月28日東京高裁判決は、前述の世論調査を引用し、賛否が拮抗する傾向にあることなどを根拠に、原告の主張を斥けており、少数者の人権を守るという司法の本来の役割が果たされない状況も見られる。

しかし、婚外子の相続分差別に関する前述の最高裁大法廷決定は、相続分平等化に消極的な世論調査に一切言及せず、「子を個人として尊重し、その権利を保障すべきであるという考え」に基づいて、違憲判断を行っていることに留意すべきである。

選択的夫婦別氏制度は氏名に関する人格権を保障する制度であるから、人権の問題である。立法府は、夫婦の氏に関する歴史的経緯、夫婦同氏制度の根拠、そこから生じる具体的な不利益、現実の家族の変化、夫婦の氏に関する国際的な動向、国連の人権に関する委員会からの勧告、国の政策(男女共同参画基本計画)を踏まえて、予断にとらわれることのない議論を尽くし、人格権という個人の権利を保護するために、選択的夫婦別氏制度を導入すべきである。生来の氏を名乗り続けることに自己のアイデンティティを見出し、個人としての生き方を尊重して、対等な夫婦関係を築く思いを託す人たちの願いに、立法府は一刻も早く応えるべきであると考える。

以上の検討を踏まえて、次のように提言する。

【提言3】

現行規定では、婚姻時に夫または妻の氏を称するとしており(民法第750条)、これは夫婦同氏の法的強制を意味する。形式的には性中立的な規定であるが、実際には96.2%が夫の氏を選択しており(2012年)、男女間に著しい不均衡を生じさせている。氏は単なる呼称ではなく個人の人格権と切り離すことはできず、夫婦同氏の強制は人格権の侵害である。個人の尊厳の尊重と婚姻関係における男女平等を実現するために、選択的夫婦別氏制度を導入すべきである。」

出典:日本学術会議・提言 http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-t193-5.pdf
(ただし、読みやすくするため、適宜、赤字・青字や枠、行間を入れた)

(3)選択的夫婦別氏制度(いわゆる選択的夫婦別姓制度)について(法務省HPから引用)

「 1. 現在の民法のもとでは,結婚に際して,男性又は女性のいずれか一方が,必ず氏を改めなければなりません。そして,現実には,男性の氏を選び,女性が氏を改める例が圧倒的多数です。ところが,女性の社会進出等に伴い,改氏による社会的な不便・不利益を指摘されてきたことなどを背景に,選択的夫婦別氏制度の導 入を求める意見があります。

2.選択的夫婦別氏制度とは,夫婦が望む場合には,結婚後も夫婦がそれぞれ結婚前の氏を称することを認める制度です。なお,この制度は,一般に「選択的夫婦別姓制度」と呼ばれることがありますが,民法等の法律では,「姓」や「名字」のことを「氏」と呼んでいることから,法務省では「選択的夫婦別氏制度」と呼んでいます。

3.法務省においては,平成3年から法制審議会民法部会(身分法小委員会)において,婚姻制度等の見直し審議[PDF]を行い,平成8年2月に,法制審議会が「民法の一部を改正する法律案要綱」 を答申しました。同要綱においては,「夫婦は,婚姻の際に定めるところに従い,夫若しくは妻の氏を称し,又は各自の婚姻前の氏を称するもの」とする選択的 夫婦別氏制度の導入が提言されています。この答申を受け,法務省においては,平成8年及び平成22年にそれぞれ改正法案を準備しましたが,国民各層に様々 な意見があること等から,いずれも国会に提出するには至りませんでした(平成22年に準備した改正法案の概要等については,平成22年2月24日開催第16回法務省政策会議配布資料[PDF]をご参照ください。)

4.選択的夫婦別氏制度の導入については,これまでも政府が策定した男女共同参画基本計画に盛り込まれてきましたが,平成22年12月に閣議決定された第3次男女共同参画基本計画(新たなウィンドウが開き,内閣府男女共同参画局のホームページへリンクします。)においても,夫婦や家族の在り方の多様化や女子差別撤廃委員会の最終見解も踏まえ,選択的夫婦別氏制度の導入等の民法改正について,引き続き検討を進めることとされています。

5.平成24年に実施した「家族の法制に関する世論調査」の結果では,選択的夫婦別氏制度を導入してもかまわないと答えた者は全体の35.5%であるのに対し,現行の夫婦同氏制度を改める必要はないと答えた者は全体の36.4%です。
また,世代別では,若い世代の方が選択的夫婦別氏制度を導入してもかまわないと答えた割合が多く,例えば,20代では,選択的夫婦別氏制度を導入してもかまわないと答えた者の割合は47.1%であるのに対し,現行の夫婦同氏制度を改める必要はないと答えた者の割合は21.9%であり,60代では,選択的夫婦別氏制度を導入してもかまわないと答えた者の割合は33.9%であるのに対し,現行の夫婦同氏制度を改める必要はないと答えた者の割合は43.2%です。

6.法務省としては,選択的夫婦別氏制度の導入は,婚姻制度や家族の在り方と関係する重要な問題ですので,国民の理解のもとに進められるべきものと考えています。」以下、Q&Aは省略
(出典:法務省HP http://www.moj.go.jp/MINJI/minji36.html

(4)民法の一部を改正する法律案要綱(1996年)から「夫婦の氏」に関する項目

「第三 夫婦の氏
一  夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫若しくは妻の氏を称し、又は各自の婚姻前の氏を称するものとする。
二  夫婦が各自の婚姻前の氏を称する旨の定めをするときは、夫婦は、婚姻の際に、夫又は妻の氏を子が称する氏として定めなければならないものとする。」
(出典:法務省HP http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi_960226-1.html

(5)世論調査(2012年=平成24年)

氏 000010911

平成24年の世論調査の結果(出典:法務省HP)http://www.moj.go.jp/MINJI/minji36-05.html

出典:法務省HP http://www.moj.go.jp/MINJI/minji36-05.html

(6)日本弁護士連合会「選択的夫婦別姓・婚外子の相続分差別Q&A」(引用)

「(引用)Q3.選択的夫婦別姓ではなくても,通称使用が認められればいいのではないですか?
地方自治体職員や国家公務員も通称が使えるようになりました。しかし,戸籍名しか認められない職場・職業もあります。また,通称使用が認められる範囲は限られており,運転免許証,印鑑登録証,健康保険証,パスポートなどは通称では作れません。また,通称名では銀行口座の作成もできません。通称使用は,社会生活を営む上で,非常に煩雑かつ不便です。」

全文はこちら⇒bessei_kongaisi_FAQ pdficon_large
(出典:http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/publication/booklet/data/bessei_kongaisi_FAQ.pdf)

(7)平成22年2月24日開催第16回法務省政策会議配布資料(出典:法務省HP)

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