【12-1】②アフリカの民族運動(教科書書き換え) 

2015.03.15掲載 執筆:富永智津子

●教科書キーワード

○人名 ンクルマ(エンクルマ)1909-72
○事項 パン=アフリカニズム、パン=アフリカ会議

該当箇所:山川『詳説世界史B』355頁、東京書籍『世界史B』347、380頁

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ンクルマ(ガーナ共和国初代大統領)

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ケニヤッタ(ケニア共和国初代大統領)

アフリカで、権利の拡大を目指したそれまでの陳情・請願運動が、独立を目標とした民族運動へと展開するのは第二次世界大戦後のことになる。その背景には、アフリカ人自身の民族意識の高揚、第二次世界大戦後のアジア諸国の独立、アメリカやカリブ海域のアフリカ系知識人による全世界の黒人の解放を目指したパン=アフリカニズムの思想と運動の影響があった。1945年にイギリスで開催された第5回パンアフリカ会議には、その後の民族運動の指導者として頭角を現すことになるアフリカ人留学生(ンクルマケニヤッタ)が初めて参加している。

民族運動のあり方は多様であったが、共通していたのは、暴動、植民地当局による弾圧、指導者の投獄、そして民族運動諸派の対立と抗争である。とりわけ、白人入植者が広大な土地や鉱山の利権を独占していたアルジェリアやケニアでは、激しいゲリラ闘争が繰り広げられた。

男性知識人が政党を結成して独立闘争を展開した一方、女性たちは新たに導入された税金の不払い運動や労働組合への参加、あるいは「タンザニア女性連合」や「アベオクタ女性同盟」(ナイジェリア)といった組織をとおして、草の根の民族運動を支えるとともに、女子教育にも力を注ぎ、家父長制からの解放もめざした。

●考えてみよう

  • ① アメリカやカリブ海域でパン=アフリカニズムの思想が生まれた歴史的背景について考えてみよう。
    • ヒント 奴隷貿易、三角貿易、南北戦争
  • ② 民族運動と家父長制との関連について考えてみよう。
    • ヒント 性別分業、教育、慣習法
      →参考『ジェンダーから見た世界史』12-1「アジア・アフリカの社会変動と女性の地位」
      →参考『ジェンダーから見た世界史』12-6「植民地化に対するアフリカの抵抗運動」

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