【史料・解説】プロイセン一般ラント法の嬰児殺規定(三成美保)
三成美保『ジェンダーの法史学』2005年より引用、一部加筆修正。詳細は同書を参照のこと。
(1)解説
およそ2万条からなるプロイセン一般ラント法(1794年)では、法典の最終章にあたる第2編第20章「犯罪と刑罰」(全17節全1577条)に刑事法規定がおかれている。そこでは国家に対する犯罪につづけて個人に対する犯罪が定められており、後者に属する第11節「身体侵害」(691~991条)に殺人罪・嬰児殺罪・堕胎罪が含まれる。全301条におよぶ「身体侵害」のうち、嬰児殺の関連条文は100条以上にわたる。それは、驚くほど詳細で、後見的な内容をもっていた[資料5-⑲→下記史料を参照] 。
プロイセン一般ラント法には、前代からの人口政策に加えて、新たな性差論がはっきりと前面にあらわれている。
①嬰児殺は、「新生児の殺害」と定義されて、斬首刑相当となり、一般殺人と同等におかれることになった。ただし、子が嫡出子であるか、婚外子であるかによる区別はない。斬首刑の規定は当時の実務を反映しており、実務を先取りするかたちで刑が軽減されているわけではない。
②結婚約束があって「未婚の母」となった「無垢な」女性に「妻」や「主婦」としての「権利と名誉」を保障するいわゆる「未婚の母の特権」は、「嬰児殺をできるだけ避けるため」と明記されている。この条文は、のち多くの議論をよぶことになった。
③相手男性には、妊娠への留意、妊娠報告を強いる義務を定め、義務懈怠の場合には、軽懲役刑を科すとした。
④女性本人には妊娠・出産の届け出を強制し、秘密妊娠・秘密分娩を禁じた。
⑤産婆に国家試験を課し、免許医の下におく一方で、各地の当局に未婚の母が無事に出産できるよう配慮する旨、義務づけた。
以上のように、男性の責任を問う条文を設けたり、国家主導で出産しやすい環境をととのえるなど、1770~80年代の嬰児殺論で出されたいくつかの提案が、条文に反映されている。しかし同時に、嬰児殺への後見的規定は、産婆の試験制導入など、かつて女性の領域であった妊娠・出産への公的な・男性によるコントロールの強化を意味するものであった。
(2)史料:プロイセン一般ラント法における嬰児殺規定
(三成美保『ジェンダーの法史学』2005年より引用、【資料5-⑱】プロイセン一般ラント法(1794年)嬰児殺関連条項(887~991条抜粋)
712条 分娩時に困難あるいは異常事態が発生したときには、産婆は免許医をよんでくることができるかぎりは彼をよびにやらせなければならない。
887条 新生児の殺害をここでは嬰児殺(Kindermordes)という名でよぶ。
888条 嬰児殺をできるだけ避けるために、法律は、無垢な未婚女性が結婚の約束をして妊娠した場合には、彼女には妻としての権利と名誉があるものとみなし、結婚がありえない場合でも主婦としての権利と名誉があるものとみなす。
889条 いかなる場合にも、婚姻外で妊娠した女性は妊娠させた相手から、Tit.Ⅰ、1044条、1028条で定めた損害賠償を得ることができる。
891条 妊娠が明らかになるとすぐ、胎児には後見人が任命されなければならない。かれは、胎児の権利を守り、子の扶養・養育について配慮しなければならない。
893条 とくに、各地の当局はかような[婚外]子の世話をひきうける責務を負う。
894条 公的な産院がないところでは、各地で未婚の妊婦を援助すべき任務をおう産婆が、彼女たちのもとに報告された分娩間近な妊婦を異論なくひきうけ、必要な配慮をしなければならない。
895条 各地の当局は、この世話をする任にあたる産婆たちに十分な部屋のある住居を与え、彼女たちに分娩・世話料を支払うために必要な前金を与えるよう配慮しなければならない
914条 同衾が婚姻外であることを知っている男性はいずれも、この行為が相手女性にひきおこしうる結果に注意しなければならない。
915条 男性は、相手女性の発見その他により妊娠していることを予想できる場合には、当該女性が法律の規定を遵守するよう強いなければならない。
916条 彼がこの義務を怠った場合には、相手女性が刑に処せられたすべてのケースで、2カ月以上4カ月以下の軽懲役刑に処せられる。
933条 婚外性交渉をした女性が妊娠にはじめて気づいてから14日以降も両親、後見人、雇用主、産婆あるいは当局への妊娠の発見報告をひきのばす場合には、妊娠隠匿の責めをおい、そのことから生じるすべての不利益に責任をおうことになる。
944条 分娩時に産婆に助産をたのまなかったり、またその他の名誉ある女性がひとりもそこによばれなかった場合には、分娩は隠匿されたとみなされる。
965条 分娩中もしくは分娩直後に故意に自己の新生児を殺害した母親は剣による死刑に処せられる。