補論:平和構築と女性―南アフリカにおける女性解放運動

掲載 2018-06-16 執筆 富永智津子

★南アフリカにおける女性の政治運動 

南アフリカでの女性の政治活動は、移動の自由を制限する1913年のパス法の反対運動から始まった。1920年代になると、クリーニング業界や衣料・家具・パンなどの製造業界で働く女性たちが、都市部での労働組合運動に参加するようになる。その中のリーダー格の女性たちが、増長するオランダ系白人(アフリカーナー)のナショナリズムやアパルトヘイト政策への反対運動にも参加するようになるのは1930年代。そして、1940年代の南アフリカにおける経済的発展は、さらに女性労働力への需要を高め、その結果、女性たちはますます都市部へと押し出されることになる。1950年代のパス法反対運動で、女性たちが中心的役割を果たしたのも、都市部への移動の自由の制限は女性にとって死活問題だったことを示している。しかし、より大きな問題は、女性たちが一貫して男性主導の社会構造と解放運動の周縁に位置づけられていたことである。こうした状況を打開しようとして創設されたのが「南アフリカ女性連盟」であった。

★『女性憲章』(1954) 

『女性憲章』(The Women’s Charter)は、「南アフリカ女性連盟」(Federation of South African Women)の創立大会で採択された連盟の基本方針である。創立大会には、南アフリカ連邦の各地に住む23万人の女性を代表して、約150人の女性が参加した。その多くは、2~3年間小学校に通っただけの女性であったが、労働組合運動の経験を通して、さまざまな問題意識を共有するようになっていた。この大会には、白人、インド人、カラード、アフリカ人中産階級の女性も参加しており、女性憲章は、アパルトヘイトの廃絶と女性の地位向上を目指して起草されている。

憲章の冒頭では、「女性の地位は、文明度を測るものさし」であり、南アは文明化した国の中では低レヴェルにとどまっている」との認識がまず示される。次に、夫が出稼ぎに行っている間、子どもの世話から土地の管理までを行っている女性こそが過酷な状況を知っており、その原因である人種や階級格差との闘いへの決意が表明されている。続いて、働く女性の現状、女性を未成年の地位にとどめている法律に言及、男性と平等な地位と権利を獲得するための女性教育の必要性に言及した後、八項目にわたる要求を掲げている。その中には、同一労働・同一賃金、妊産婦の施設や保育所、福祉クリニックの要求など、女性の労働を保障するための要求項目が並ぶ。最後には、同様な目的を持つ世界中の組織と連帯し、恒久平和を求めるという人類共通の理念が掲げられている。

『女性憲章』の先見性

憲章の文言からは、南アフリカの女性が何を追求しようとしていたか、いかなる政治的、社会的、経済的状況の変革を目指していたかが浮かび上がってくる。ジェンダーの視点から見て、その先進性は、1年後の1955年、男性主導の「アフリカ民族会議」(ANC)や「南アフリカ・インド人評議会」(SAIC)などの反アパルトヘイト諸組織によって採択された『自由憲章』と比較すると歴然としている。

『女性憲章』(抜粋資料)

<序文>妻、母、女性労働者、主婦、アフリカ人、インド人、ヨーロッパ人、カラードを含むわれわれ南アフリカの女性は、われわれ女性を差別し、社会がすべての人に提供している利益、責任,機会を分有する生来の権利をわれわれから奪っているあらゆる法律、規制、因習、慣習の廃絶を闘争目標とすることを宣言する。

<ひとつの社会>われわれ女性は、男性から分離した社会を形成しようとしてはいない。社会はひとつであり、それは男女によって構成されている。女性として、われわれは男性の問題や不安を共有し、社会悪や進歩を阻害するものをとり除くために、男性と協力する。

(中略)

<目標>われわれは、以下の目標を宣言する。

国家のすべてのレヴェルでの無制限・無差別の選挙権と被選挙権

2.あらゆる分野の労働に関し、同一の賃金と昇進の可能性が保証さ

れた完全雇用の機会を与えられる権利

3.財産・結婚・子どもに関する男性と同等の権利、および、そのよ

うな女性の権利の平等を否定している法律や慣習の廃絶

4.すべての子どもの発育のための万人に開かれた無償の義務教育。

母親と子どもの保護のための農村と都市における妊産婦の施設

や福祉クリニックや保育所や幼稚園の設置。万人のための快適

な家、水や電気、交通手段や衛生、その他近代的な文明社会に

必要な施設

5.移動の自由を制限する法律および民主的組織への自由な参加や活動、あるいはこうした組織の仕事に参加する権利を妨害する法律の撤廃

6.労働組合の女性組織やさまざまな人民の組織を通して、民族解放運動に女性部門を設置し強化すること

7.南アフリカ、および全世界における同様な目的を持つすべての組織との連帯

(後略)

 参考文献 

モニカ・セハス「女性の眼でみるアパルトヘイト―一九五〇年代の「南アフリカ女性連盟」(FSAW)の事例」富永智津子・永原陽子(編)『新しいアフリカ史像を求めて―女性・ジェンダー・フェミニズム』御茶の水書房.2006