【現代アフリカ史7】「女の知恵」―男社会への挑戦

掲載:2015.09.24 執筆:富永智津子

母系から父系へ、換金作物の導入、近代化政策などによる地位の周縁化に対し、女性はどのような対抗手段を講じてきたのか。再び、小馬徹による農牧民キプシギスの事例を紹介しよう(小馬、1996)。

小馬によれば、キプシギスの女性の戦略には2本の軸があるという。ひとつは、女性同士による家畜の貸借ネットワーク、もう一つは自助組合である。前者は、植民地下で行われた牛牧キャンプの廃絶を契機とした「女の知恵」、後者は、伝統的な性別分業を梃子にした独立後の「女の知恵」である。もう少し説明を加えよう。

牛牧キャンプは、かつて女性が立ち入ることができない男性領域だった。それが植民地政府の政策によって廃絶されたことにより、各世帯が牛を囲い込むようになる。その結果、女性も牧畜に参入できるようになり、夫に隠れて家畜貸借のネットワークを構築し、自分の財産を保全・増殖しはじめたというわけである。一方で、女性たちは、そうした財産を元手に自助組合活動を展開し、蓄えた資金で学校や教会の事業を援助し、伝統的な「老人支配」を徐々に突き崩し、若者(男性)が村落の意思決定機関に登場する回路をつくっているという。小馬は、こうした戦略は、夫の権力に従う振りをしながら、それを逆手にとることによって夫を操る、というキプシギスの女性が伝統的に受け継できた「女の知恵」が深くかかわっていると考察している。

ここからは、女性たちの生業活動には、自分たちの状況を改善するだけでなく、年齢にもとづく男性間の階層化を突き崩すような、より広い見通しに立った政治性が含まれていることが見て取れる。

ちなみに、文化人類学者の佐藤俊によれば、父系氏族制と年齢体系によって社会が維持されている牧畜民レンディーレ(主にラクダと小型家畜を飼育している。エチオピアとの国境近くのケニアに住む。人口約2万人)の場合、女性は家畜であるラクダの法的管理者になることができず、圧倒的に男性優位の原理が現在も維持されている。佐藤は、これが、半砂漠という過酷な環境のなかで、家畜維持しつつ家族の再生産を確保するために、レンディーレが作り上げた解決策なのだという。農耕も可能な湿潤な環境で暮らすキプシギスとの違いでもある。
先に紹介した「女性婚」も、その起源はともかく、最近の展開からすると、父系社会の抑圧や制約から女性自身を解放するための「女の知恵」の文脈に位置づけることができるだろう。

最近の事例では、内戦に際して、男性の権力闘争に介入し、政府軍と反政府軍との和解に持ち込んだリベリア女性たちの団結が思い出される。ナイジェリアの北部で猛威を振るっているイスラーム過激派の「ボコ・ハラム」に対抗して立ち上がった女性たちもいる。いずれも、宗教の垣根を越えた女性の団結が、男性間の抗争のブレーキ役を果たしている事例である。それを可能にしたのは、政治の領域から排除されている女性たちが、性別分業を逆手にとって展開したさまざまな戦略である。その中には、リベリア女性が行った夫とのセックス拒否運動も含まれていた。ここには、ジェンダー平等の掛け声の下、女性にも軍人や兵士への門戸を開放したアメリカのフェミニストとの戦略の違いが際立っている。

以下では、「売春」「レヴィレート」「レズビアン」との関連で、女性の「自立」を促したいくつかの事例を見てゆくことにしよう。

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【現代アフリカ史8】「セックスワーク」(売春)という職業の登場

【現代アフリカ史6】女性の味方―「女性婚」