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【現代アフリカ史6】女性の味方―「女性婚」

【現代アフリカ史6】女性の味方―「女性婚」

掲載:2015.09.24 執筆:富永智津子

一夫多妻の他にアフリカの婚姻制度としてよく紹介されるのが「亡霊婚」「レヴィレート」「ソロレート」「女性婚」である。いずれも、アフリカの社会全般で行われているわけではなく、限られた民族の慣行と考えた方がよい。

「亡霊婚」は未婚のまま死亡した男性や女性を結婚させる慣行である。韓国、中国、日本の一部でも「冥婚」として報告されている婚姻形態である。その多くは、人形や絵馬を使用して行われるが、アフリカでは、実際に花嫁を迎え、その花嫁が死者を「夫」とし、「夫」の親族との間で子供をつくり、子どもは死者の子供として社会的に認知される点が「冥婚」とは異なる。これと同じ形態の結婚を「死後結婚」として認めているのがフランスである。女性が他の男性との間にもうけた子供は、死亡した夫のこどもとして認知されることもアフリカの「亡霊婚」と同じである。ただし、相手が婚約者である場合に限られる。「レヴィレート」は、寡婦が夫の親族の庇護の下に入る形態である。目的は生活の場を失うことになる寡婦の保護と、寡婦が若ければ代理の夫である庇護者との間で子供をつくり、死んだ夫の子供とすることにあるとされている。その逆パターンが「ソロレート」であり、アフリカでは南部アフリカのツワナ人の事例が知られている。

単純化して言えば、以上は、一夫多妻を含めすべて、女性の再生産能力を最大限に引き出し、父系社会を強化する目的で編み出された形態である。一方、「女性婚」はそれらとは異なり、女性が「婚姻」という社会制度を自分のために利用して、自分の生活圏の確保を可能にするアフリカ固有の形態である。ナイジェリア、スーダン、南部アフリカ(トランスヴァールの「雨の女王」が有名)、ケニアなどの事例が報告されており、それぞれに微妙な違いがある。「女性婚」については、Meek、Talbot、Seligman、Staytといった社会人類学者の研究があるが、ここでは、M.J.ハースコヴィッツが調査した1930年代のフランス植民地下のダホメー(現在のベナンの中南部一帯を領域としていた)の事例を紹介しよう。「女性婚」は、ダホメー人の13の婚姻形態の中のひとつである(Herskovits,1937)。

ダホメーの「女性婚」は、不妊女性による「女性婚」と資産を持った女性が自分の「家」を設立するために行う「女性婚」の2種類がある。前者は「妻」が生んだ子供を自分の子供にする方法、後者は経済力のある女性が自分の「家」を構築して財産を守るための方法である。いずれも、自分自身が「夫」となり「妻」を迎えるため、「女性婚」という名称がつかわれている。「妻」は知り合いの中から選ばれた男性との間に子供をもうけ、その子供は「夫」の子供として社会的に認知される。興味深いのは後者である。財力の許す限り、何人でも「妻」を持つことが可能であり、こうして「夫」は「家」の主となるのである。女性の死後は、長男と長女に「家」は引き継がれるが、その後は必ず女性が継承してゆく。男性の一夫多妻の女性版ともいえるが、異なるのは、通常の結婚では、「家」が大きくなりすぎると分節するが、「女性婚」によってつくられた「家」は、いかに大人数になろうと単一のユニットのままに存続するのだという。

次に紹介するのは2005年に発表されたケニアのギクユ地域での調査の結果である。女性婚は、女性と結婚したい女性が、長老会(ギアマ)を通して、あるいは自分からその旨を公表して公募する。候補者が現れ、合意が成立すると友人や親族が贈り物を交換し、花嫁が移動するときには、両方の家族の長老による儀礼が行われる。そのプロセスは、ほぼ通常の慣習婚と同じである。夫のいる女性が他の女性を妻として迎えている事例もある。その目的についてはインタヴューを通して、閉経して子供を産めないため、不妊症がわかったため、ひとりでいる寂しさを和らげるため、死後子供に自分を記憶してほしいから、家父長的権威による支配から逃れるため、女性同士の同盟関係をつくるため、男性とは一緒に暮らしたくないが家族はほしいから、といった多様な回答が得られたという(Wairimu Ngaruiya Njambi and E.O’Brien, 2005)。

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レンディーレ居住区(ツルカナ湖東)/ キプシギスはキスムとナクルの間に南北に広がるケリチョ県に90%以上が住んでいる。

また、ケニアの牛牧民キプシギス社会の女性婚についての詳細な報告を行っている小馬徹によれば、女性婚が増加したのは、植民地下での「英国法」の導入によって慣習法のもとでは困難だった離婚が容易になったからだという。独立後、離婚件数はさらに増え、そうした女性が女性婚を望んでいるというのである。その理由は、横暴な夫に苦しめられた経験から、男性との結婚は望まない、しかし土地を入手して自立したい、そのための唯一の方法が、女性婚なのだ。小馬によると、女性にとって女性婚は通常の結婚よりもはるかに気楽で、自己主張も容易にできるのだという(小馬,2000)。

こうして見てくると、女性婚は、さまざまな婚姻形態の中で唯一、女性に自立した社会的地位を付与し、家父長社会に風穴を開けてきた慣習であるといってよい。女性婚が、父系社会のみに見られることも、それを証明している。「女性婚」を不道徳だとするキリスト教会の非難は、小馬の言うように、フェミニズムの視点から言えば、的外れかもしれない。ただし、同性でありながら役割を異にする「夫」と「妻」との関係性については、より踏み込んだ情報が必要かもしれない。(→【特論5】Ⅰー③ ダホメーにおける女性婚に関するメモ by Herskovits【参考資料:最近の女性婚に関する論文紹介あり】)

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