【現代アフリカ史5】性別分業の変化と反植民地闘争

掲載:2015.09.24 執筆:富永智津子

ところで、この杉山の報告は、性別分業がどのような契機で変化するかを示してもいる。労働領域におけるジェンダー平等の観点からみれば、相互補完的な性別分業を厳格に守ってきた社会の多いアフリカで、それがどのように変化してきたかは、ジェンダー史にとっては重要なテーマである。ベンバ社会の場合は政府の近代化政策であったが、この変化は、地域によってはコーヒーや紅茶や綿花などのプランテーション農業や鉱山開発が展開した植民地時代から始まっている。労働力として駆り出されたのが男性だったからである。また、それが、政治的な闘争に発展することもあった。たとえば、ドイツ領東アフリカ(現在のタンザニア)で勃発したマジマジ反乱(1905~08)の事例である。歴史研究者タデウス・サンセリは、インド洋沿岸部のザラモ社会(ダルエスサラーム周辺)において、性別分業が破壊され、それによるジェンダー秩序の混乱が反乱の引き金になった経緯を明らかにしている(サンセリ、2006)。

t10変化の動因となったのは、綿花農場での強制労働やポーターや鉄道建設での賃労働のために男性が農村を離れたことにあった。ザラモの農業システムは、きわめて複雑な性別分業に依存し、それに基づいて開墾や植えつけや収穫が行われていた。とくに、森林を近くに控えた農地を、イボイノシシや象の被害から守るのは男性の仕事だった。さらに、植民地政府は環境を破壊するとして焼畑や森林への立ち入りや野獣の駆逐を禁止した。経済環境を破壊されて困窮したのは女性たちである。やむなく女性たちは性別分業の境界を越えて男性の領域に進出しはじめた。すでに植民地行政の末端に組み込まれていた村長は、それによって権威を著しく低下させることになる。サンセリは、この権威を取り戻そうとして、村長はマジマジ反乱に参入したというのである。反乱が鎮圧されたのちも、男性の出稼ぎは続き、女性たちはさらに男性のみが利用できた川沿いの肥沃な土地での農耕に参入してゆく。こうして、女性たちのジェンダー秩序への挑戦が続けられたのである。このサンセリの論文は、ジェンダー視点を導入することによって、ナショナリストとして描かれてきた村長像の見直しを行い、ナショナリスト史観に絡み取られてきた従来のマジマジ研究を脱構築した点で注目されている。

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