古代文明(年表:1500年以前の中国・インド・アフリカ・アメリカ・ヨーロッパ)

更新:2017-06-06(三成美保)

(参考)→2-0.オリエントと地中海世界ー古代の諸文明(年表)

前14000頃ー前1000頃 長江文明

三星堆文化

※前7500頃 – 前6100頃 彭頭山文化(ほうとうざんぶんか・ペントウシャン文化)水稲栽培を実施
※前2000頃 三星堆文化

前7000頃 黄河文明の成立

※裴李崗文化 (はいりこうぶんか)(前7000頃ー前5000頃)
※仰韶文化(前5000頃ー前3000頃)=彩陶文化
※龍山文化(前3000頃ー前2000頃)=黒陶文化

前4000頃 ナイル川流域で都市国家分立

【年表】古代オリエント~地中海世界(BC3500~AD500)

前3500頃~前3100頃 シュメール人の都市国家成立

シュメールの都市国家 (出典)https://de.wikipedia.org/wiki/Sumer

前2500~前2000年 ストーンヘンジ(イングランド南部)

前2300頃~前1800頃 インダス文明の繁栄

※都市遺跡 モヘンジョ・ダロー、ハラッパー

前2000年紀 ヌビア人国家ケルマ台頭(アフリカ)

前1900頃~前1600頃 夏(?)=中国最古の王朝(実在の可能性)

※前1800頃~前1500頃 二里頭(にりとう)遺跡(宮殿遺跡)

前1600頃~前11世紀 殷(商)

3-3.古代中国のジェンダー(付:年表)

前1500~ アーリア人がガンジス川流域に進入→ヴェーダ時代(インド)

バラモン教の成立、ヴァルナ(種姓)の形成、『リグ・ヴェーダ』成立

【解説】アーリア人、ヴァルナ制度、カースト制度

(1)アーリア人

「アーリア人」の祖先は、黒海北部に原住していた「インド・ヨーロッパ共通基語」をもつ遊牧民族であると考えられている。彼らは、紀元前2000年ごろから移動し始め、西方に向かった者はヨーロッパに拡散し、東方に向かった者は中央アジアで数世紀遊牧生活を送ったのち、一部はイランへ、一部はインドへ移ったとされる。「アーリア」は、「インド・イラン人」の自称であり、「高貴な/すぐれた」という意味をもつ(森本2011:72-73頁)。

紀元前3500年頃のインド・ゲルマン語族(出典以下同じ)https://de.wikipedia.org/wiki/Indogermanische_Ursprache

紀元前2500年頃のインド・ゲルマン語族

紀元前1500年頃のインド・ゲルマン語族

500年頃のインド・ゲルマン語族

(2)ヴァルナ制度

「ヴァルナ」はもともと「肌の色」を意味する。少数の征服民族たるアーリア人は「肌が白い」人びとであり、彼らがインドに侵攻してきたさい、「ヴァルナ(肌の色)が黒い」先住民を差別し、支配した。アーリア人は、先住民を「ダーサ(敵・悪魔)」とか、「ダスユ(神々の敵」と呼んで蔑んだ。こうして、「ヴァルナ」は、支配者と被支配者を区別する指標となったのである(森本2011:96頁)。やがて、「ダーサ」は「隷属民、奴隷」を意味するようになり、「シュードラ」を形成するようになった。他方、アーリア人内部でも、職能別分離が興った。バラモン(司祭階級)、クシャトリア、バイシャである。「肌の白い」アーリア人系上位3階層と、「肌の黒い」先住民のシュードラから構成されるのが、ヴァルナ制度である。前8世紀には、上位3階層は「再生族」とされ、シュードラは「一生族」とされた(森本2011:106頁)。

(3)カースト

「カースト」は、もともとインドの言葉ではない。それは、16世紀初頭にポルトガル人が「カスター(血統・家柄)」という語を用いたことに由来する(森本2011:96頁))。

(参考文献)森本達雄『ヒンドゥー教の世界ーその歴史と教え(上)』NHK出版、2011年

前1479~ ハトシェプスト女王(エジプト)

*【女性】古代エジプトの女王たち

前1360~ 王妃ネフェルティティの統治(エジプト)

前1200頃 婦好(武丁の妻)の権力(中国)

前1100頃 殷最後の王(第30代)帝辛(てい しん)=紂王(※后は妲己:だっき)→の建国

前9世紀頃~  クシュ王国の台頭(アフリカ)

※エジプト第25王朝(前747 – 前656)=クシュ王朝(第3中間期の古代エジプト王朝)
複数の王朝が並立していたエジプトに侵入して、ヌビア人が統一王朝をたてた(クシュ王朝)。1世紀近くエジプトを支配したが、最後はアッシリアのエジプト侵入によってヌビアへと引き上げた。
※前747-前721 Piye王の在位
※前591頃 クシュ王国はメロエに遷都。以後をメロエ王国とよぶ。後350年頃に滅亡。

【年表】アフリカ史(1)-2:王国・都市の発展

前400年頃のエジプトとクシュ王国

メロエのピラミッド群

Piye’s pyramid at El-Kurru

前500頃  仏教興る(インド)

釈迦(ゴータマ・シッダッタ)は釈迦族の出身(コーサラ国に支配されていた小国)。生地カピラ城はヒマラヤ山麓(現在のネパールとインドの国境地域)にある。

前500頃 ジャイナ教興る(インド)

※ヴァルダマーナ

前500頃 儒教興る(中国)

前5世紀 春秋戦国時代(中国)

※呉越の戦い→「臥薪嘗胆」の故事

范蠡(はんれい):越王勾践(こうせん)の軍師として「美人計」(兵法36計の一つ)をはかり、呉王夫差(ふさ)に美女西施(せいし「中国四大美女」の一人)を差し出して、呉を滅亡させた。

前327 アレクサンドロスがインダス川流域に侵入

【女性】アレクサンドロス大王とその母オリュンピアス

前317頃~前180頃 マウリヤ朝(インド)

※前266頃~前232頃 アショーカ王

前77頃 『列女伝』(中国)

前51 クレオパトラ7世即位(エジプト)

*【女性】プトレマイオス朝エジプトと女王クレオパトラ

1世紀頃 アクスム王国の台頭(アフリカ)

3世紀~ マヤ文明最盛期(中米)

マヤ文明の最大版図

320頃~550頃 グプタ王朝(インド)

※376頃-414頃 チャンドラ・グプタ2世(最盛期)

※二大叙事詩『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』成立

※「ゼロ」の概念成立→【年表8】人文学と科学・技術の歴史

5世紀頃 『マールカンデーヤ・プラーナ』の成立(インド)

690 武則天即位(中国)

(参考)⇒【年表】東アジア世界(200~1000)

8世紀頃 ガーナ王国の台頭(アフリカ)

(参考)⇒【年表】アフリカ史(1)-2:王国・都市の発展

 

9世紀頃 スワヒリ都市の出現

(参考)→【アフリカ史】史料の中の女性たちースワヒリ史再考の試み(富永智津子)

9世紀~ アンコール時代始まる(カンボジア)

12世紀 比丘尼サンガの消滅(スリランカ)

14世紀 マリ王国最盛期(アフリカ)

(参考)⇒【年表】アフリカ史(1)-2:王国・都市の発展

 

1332 明の洪武帝の妻、誕生(中国)

1400頃~ アステカ文明(中米)

アステカ王国の最大版図

1438 インカ帝国の成立(~1533)

15世紀末~ アチェ王国の台頭(インドネシア)

アチェ王国 (出典)https://en.wikipedia.org/wiki/Aceh_Sultanate

16世紀 ソンガイ王国(15-16世紀)最盛期(アフリカ)

(参考)⇒【年表】アフリカ史(1)-2:王国・都市の発展

ソンガイ王国の場所 (出典)https://en.wikipedia.org/wiki/Songhai_Empire