女性はナチズムの加害者か、犠牲者か(姫岡とし子)

クローディア・クーンズ『父の国の母たちー女を軸にナチズムを読む』(上・下)姫岡とし子監訳 時事通信社、1990年

掲載:2019-12-09 執筆:姫岡とし子

ナチズムは、ドイツ史のなかで、もっとも研究の多い分野である。ただし、女性史・ジェンダー史的な観点からの研究は、一九七〇年代に、あたらしい女性史が登場するまで待たなければならなかった。

あたらしい女性史は、従来の歴史研究が取り上げなかった女性の歴史を目に見えるものにすると同時に、女性の主な居場所であった家庭=私領域に注目して、それが歴史のなかでどのような役割を果たし、歴史をどう推進させたのかを探求した。本書の著者のクーンズも、このあたらしい女性史の観点から、女性と「女性の領域」という二重の意味で、「女」とナチズムとのかかわりについて考察する。

徹底的な男性支配と露骨な女性蔑視が貫かれたナチズム体制下では、女性は政治や専門職の世界から排除され、「出産機械」にされていた。それゆえ、女性はナチ犯罪とは無関係な犠牲者だったという見方が強かったが、クーンズはこのような見解を真っ向から退ける。彼女は、ナチの人種政策の遂行にあたり女性が不可欠の役割を果たしたことを指摘して、女性もナチ犯罪に加担したと主張した。

女性のナチ体制への加担の鍵とされたのは、「母性的なもの=女性の領域」であった。ナチは政策の決定領域から女性を排除したため、女性は「女性の領域」に囲い込まれていた。しかし、その囲い込みが逆に女性の活動基盤を作り、そこでは比較的自由に活動できたため、ドイツ民族の再生のためには女性の力が必要だ、という信念を抱くことができた、という。

ヴァイマール時代にもてはやされた「解放された女性」の影で、ドイツ的な母性の衰退を嘆いていた女性たちは、ナチの母性礼賛に期待した。これは女性に子どもを産ませるための便宜的なもので、決して母の人格を尊重したわけではなかったが、それでも彼女たちは、ナチが母性や家族を復権してくれると考えたのである。

政権獲得後の女性の活動領域は、ナチの人種政策にかかわる母親プログラムだった。ドイツ民族共同体の形成のために、ユダヤ人や「劣等遺伝子の持ち主」とみなされた「共同体の異分子」は排除の対象となったが、その候補者の選定に女性は関与した。「異分子」とされた人たちは、断種されるか、収容所に送られ、その多くが安楽死や大量虐殺の犠牲者になったのだ。

さらにクーンズは、「ドイツの母」というイメージは殺人国家の実態のカムフラージュに役立ち、強制収容所の管理者たちは、「温かい家庭」という避難所で人間性を回復できたからこそ、「冷静」に死刑執行の任務を果たせたという、大胆かつ刺激的な説も主張した。

こうした「女性の領域」を基盤とする女性加害者論については、批判もある。その急先鋒となったのが、『父の国の母たち』出版の一年前に、ナチが行った強制的断種に関する著作を刊行したG・ボックである。彼女は、出産奨励でなく、断種による出産禁止に焦点を当てた。断種の犠牲者となった女性は男性よりはるかに多かったことから、彼女は、出産禁止こそナチズム体制下で女性がおかれていた状況を端的に示していると指摘して、女性の犠牲者的側面を強調した。

加害者か、犠牲者かという問題には、男女平等の推進か、それとも男女の差異を基盤にして、肯定的にとらえられた「女性的価値観」の社会的浸透をめざすのか、というフェミニズムの戦略をめぐる当時の論争も絡んでいた。クーンズは平等派の立場から、イデオロギー的に「女性の領域」の否定的側面=加害者性を強調したと批判されたのである。

たしかにクーンズの「女性の領域での人間性の回復」が死刑執行につながるという主張は、少ない事例から導き出されたもので、実証性に欠けたメッセージ性の強いものである。それでも、「女性の領域」の果たした役割を歴史的に検証することの重要性が疑われるわけではない。彼女は、「女性の領域」が抵抗運動のカムフラージュに役立ち、亡命への躊躇がなくなったことなど、その肯定的側面も指摘している。「女性の領域」からナチズムを読んだからこそ見えてくる知見は貴重なもので、女性史方法論の可能性を示すものとなっている。

そして、すでに一九七〇年代から女性加害者論が指摘されていた日本と違い、犠牲者論の強かった当時のドイツ社会に対して、女性は歴史の主体として加害者にもなりうることを明示したことの意義は大きいといえる。

参考

ナチと民族原理主義