女性の権利と理性(姫岡とし子)

メアリー・ウルストンクラーフト『女性の権利の擁護』白井堯子訳、未来社、1980年

掲載:2019-12-09 執筆:姫岡とし子

女性の権利の擁護――政治および道徳問題の批判をこめて

「すべての人間の自由と平等」という輝かしい理念を宣言したフランス革命。しかし、その人間のなかに、女性は含まれていなかった。これに異議申し立てをしたのが、『女権宣言』を発表したフランスのオランプ・ドゥ・グージュ(一七四八~九三)と、イギリスのメアリー・ウルストンクラフト(一七五九~九七)である。「人権」からの女性の排除、しかし、その不当性を告発しうる「人間の平等」という理念。女性解放にとってフランス革命は、二重の意味で出発点となった。

一九九二年に出版された『女性の権利の擁護』に対する評価は、時代の変化と重なっている。賛否両論あったものの、英語版、フランス語版が翻訳出版されるなど注目を集めた出版当初。しかし、革命の混乱によって保守的風潮が高まるなか、因習にとらわれなかった彼女の恋愛歴がスキャンダルとみなされ、著書の評判も地に落ちた。そして、女性の権利擁護の動きが出てきた一九世紀後半に、その先駆者として再評価されるようになる。

現代において、この評価を決定的なものとし、『女性の権利の擁護』に古典としての地位を与えたのが、一九六〇年代末に勃発したフェミニズム運動である。自分たちのアイデンティティを過去のフェミニストのなかに探し求めるという意味でも、また「普遍性」の主張にみられる男性中心主義と近代的な家父長制の形成を指摘するというフェミニスト理論の営為においても、ウルストンクラフトは真っ先に検討されるべき人物であった。

熱情にかられて短期間で一気に書かれた『女性の権利の擁護』は構成に難点があり、反復も多い。それでも彼女の訴える主張は一貫していて明白である。

ウルストンクラフトは、神から万人に対して普遍的に授けられている人間の権利に女性も含まれる、という見解に基づいて「女性の権利」を主張する。しかし、その権利は自動的に与えられるものではなく、権利獲得には、それにふさわしい理性的創造物にならなければならなかった。「人間の権利」は、性や階層に関係なく平等ではあるが、努力と能力が前提となったのである。

ここで彼女は、権利の世襲という見解を否定すると同時に、虚栄やお世辞、上辺だけの上品さがはびこる貴族社会の生活様式を批判し、徳と能力と勤勉さを重視するミドルクラスの立場から発言する。女性が権利を獲得できる人間になるための基本は、理性、徳、知性であり、身につけるべき、この三つの内容において男女に差があってはならない、という。ところが女性は、玉の輿にのることを夢見て、徳ではなく容姿や優雅な振る舞いを、知性ではなく、感性や繊細さを磨くことに血道をあげている。その結果、女性は理性を働かせるすべをしらず、精神的に自立できないのである。

しかし、その主な原因は、女性の育てられ方、おかれた状況や教育にあった。ちやほやされ、女性の美点と強みは感性や清純さ、容姿の端麗さだと教え込まれるために知性を邪魔者扱いし、また日々の体験から「女性特有」の狡猾さを身につけ弱さを武器にするため、身体を鍛えず、高貴な情熱をもてなくなっていた。

ウルストンクラフトはさまざまな思想家を批判しているが、最大の矛先は、ルソーに向けられている。男女の性格的特性を生かした相互補完を説きながら、男性なしには生きていけない女性は弱く受動的であるべきで、男性を喜ばせ、男性に従い、主人の意にかなう人になることこそ女性の目的であり義務だとみなす彼の主張は、女性を奴隷状態に置くものだ、と。

ウルストンクラフトは、「理性がもたらすものは完全な自由」だという。女性が今の奴隷状態を脱して、人間として生きていくためには、理性的創造物にならなければならないし、なれるはずであった。だからこそ彼女は、女性と理性を切り離す、あらゆる言説や制度、教育に激しく抗議し、改善策を具体的に提示するとともに、それが文明社会全体の進歩につながる、と訴えた。彼女は女性の政治参加も主張しているが、それは、人間として生きる女性には、あらゆる可能性が開かれていなければならないという意味であって、政治的権利の獲得それ自体が目的なのではない。

こうしたウルストンクラフトの魂の叫びと変革への訴えは、まだ「女らしさ」への呪縛が強かった一九六〇年代末に、そこから解放されて自由に自己決定する道を模索した女たちの心を強く揺さぶった。

(初出はミネルヴァ通信『究』2014年6月、No.39)

(参考)メアリ・ウルストンクラフトの本

北欧旅行記

ウルストンクラフトの北欧からの手紙 (叢書・ウニベルシタス)

女性の虐待あるいはマライア

(参考)関連本

女性の権利を擁護する―メアリ・ウルストンクラフトの挑戦 (フェミニズム的転回叢書)

フェミニズムの古典と現代―甦るウルストンクラフト

近代フェミニズムの誕生―メアリ・ウルストンクラフト (SEKAISHISO SEMINAR)