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【特論10】古代ギリシアにおける医術と女性(桜井万里子)

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【特論】古代ギリシアにおける医術と女性(桜井万里子)

桜井万里子(掲載:2014.06.26/初出:『順天堂医学』42(1) (1997), 536-537)
関連⇒*【特論14】おばあさんの力-古代ギリシア女性史を読むもう一つの視角(桜井万里子)

An image of Hippocrates on the floor of the Asclepieion of Kos, with Asklepius in the middle

「医学の父」と呼ばれる古代ギリシアのヒッポクラテスは、紀元前五世紀半ばに小アジア南の沖あい、ロドス島の北に位置するコス島に生まれ、この島に医学の「研究所」を開いたと言われている。彼の名にちなんで『ヒッポクラテス全集』として伝えられてきている医学のテキストは、前五世紀末から前四世紀に複数の著者によって著されたものだが、そのなかのどれとどれがヒッポクラテス自身の手になるのか、明らかではない。

全集に収められた70編のうち8編は女性の病に関する著作であるから、女性の患者が相当数いたことは確かだろう。すべてが男性によって書かれているのだが、女性に関する記述が全体のなかで、これだけ高い比率を占めているのは注目に値する。

なぜなら、ただでさえ史料の少ない古代ギリシア史研究において、女性によって書かれた史料はもちろんのこと、すこし譲って女性に関する史料を探しても、きわめて少ないからである。これは、古代ギリシア世界において女性が文字で自分の思いを表現する機会がまれであったということ、それほどに女性の表現活動が制約を受けていたこと、さらには、女性は社会的にマージナルな存在であるとみなされていたこと、を物語っている(1)。

古代ギリシアの女性に関するフェミニズムの立場からの研究は、1970年代半ばにアメリカで始まり、現在では欧米におけるこの分野の研究は大変な活況を示し、毎年おびただしい数の研究書や論文が発表されている。しかし、いま述べたように、使用できる文字史料が限られているため、神話の分析や社会人類学の援用など、研究方法は多岐にわたっている。そのような実情のなかで、『ヒッポクラテス全集』のなかの婦人科関係の記述は、医学史の観点からはもちろんであろうが、女性史研究の側からもきわめて貴重な史料となっていて、すでにすぐれた研究成果が出されている(2)。以下に紹介するのはそのような成果の一部である。

史料がもっとも多く残存し、研究が進んでいるのは、前五世紀から前四世紀にかけてのアテナイというポリスに関してであるが、そこでは、女性はできるだけ人前に出ず、身内以外の男性と顔を合わせるのは避けたほうがよい、という社会通念があった(ただし、言うまでもなく、通念と実態とはかならずしも一致するものではない)から、男の医者が女の患者を診療する場合は、女の助手が仲介役となって触診を担当したり、患者の側で内診を済ませて、結果を医者に報告する、という方法がとられたりした。しかし、もちろん男性の医者が直接診療をする場合も少なくなかったらしい。

また、女性の医者がいたことは、前四世紀半ばごろの墓碑銘から一人は確認されている。そのファノストラテは産婆であり、医師であって、だれにも苦痛を与えなかった、と銘文は語っている。

『ヒッポクラテス全集』のなかで婦人科医学への関心は高いのに、産科学に関する論文がないのは、通常の出産は、産婆や妊婦の身内や近隣の女たちによって処置されていたかららしい。実際、史料に現れる女性の職業としては、娼婦に次いで産婆と乳母が多いのもたしかである。

もちろん『ヒッポクラテス全集』も女性が男性よりも劣る存在であるという当時の通念を反映させていて、病の症状や治療法は婦人科系疾病を除き、男性を基準として考えられていたため、女性患者は女体の特性を無視され、男に準じる扱いを受けている。

また、当時の女性に求められていた役割はなによりも子供を産むことであったが、それは他の史料ばかりでなく。『ヒッポクラテス全集』にもはっきりと読み取ることができる。婦人科系疾病を取り上げるにも、不妊の治療のような生殖機能に関わる側面に関心が集中しているのである。容易に想像できることだが、当時の女性にとって不妊は近代社会におけるよりはるかに深刻な問題であったから、不妊の女たちのすがるような思いを医者たちが受け止めた結果であるのかもしれない。もっとも子宮口を開けるため、山羊の脂肪、無花果の樹液等でできた軟膏を用いる治療など勧められたらしいが、卵巣の発見は前三世紀まで待たなければならなかったから、効果ある治療はむずかしかった、と推測されている。

また、『ヒッポクラテス全集』には、女が独身を通して、性交渉をもたないのは生理学的に問題があり、性交は女を健康にする、あるいは、妊娠すると慢性の頭痛も治る、というような記述が見られる。女の体に対するこのような見方は、たとえば母性愛を賞賛する傾向などとともに、女は誰でも結婚しなければならないという社会通念になって、少女たちや女性一般にプレッシャーをかけることになったであろう。実際、アテナイの市民の娘で独身を貫いた例は、残存する史料のなかには見当たらない。

ただし、妊娠した際の母体の危険を考慮し、受胎のチャンスを避けるよう助言する例や、不妊や流産が女性に不安感をもたらすのを防ぐべきであると主張する例がみられるのは、注目にあたいする。出産よりも個々の女性の身体と精神への配慮がそこに見いだされるからである。男性優越の通念が原因でもたらされる医術上の諸問題を克服しようとする医師の側の動きは、男性本位で組み立てられていた当時の社会構造に照らしてみるならば、感動的でさえある。それは、科学的認識・合理的思考が頑迷な思い込みを打破する力をもっていること、社会をよりよい方向へ導いていく力をもっていることを、具体的に示していると言ってよいであろう。

(1) 詳しくは、拙著『古代ギリシアの女たちーアテナイの現実と夢—』中公新書、1992年をご覧いただきたい。
(2) たとえば、G.E.R.Lloyd, Science, Folklore and Ideology: Studies in the Life Sciences in Ancient Greece, Cambridge, 1983; L.A.Dean-Jones, Women’s Bodies in Classical Greek Science, Oxford, 1994.
(『順天堂医学』42(1) (1997), 536-537より転載)

補:和泉ちえ「哲学とジェンダー」『岩波講座15 変貌する哲学』2009、47~77は、「古代ギリシアの医療現場で、女医もまた男性医師と対等に活躍していた(52頁)」と、近年の研究を紹介している。

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