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【教育1-⑤】大学の授業料とその変化ー教育費の国際比較
更新:2016-05-12 掲載:2016-03-08 執筆:三成美保
(1)日本における大学
戦後日本では、大学数が急速に増えている。2015年調査では、大学総数779大学、うち国立大学は86校、公立大学は89校、私立大学は604校である(表①)。これほど大学が多いにもかかわらず、日本の「大学(4年制以上の大学をさす)」への進学率は50%を割っている。女子の進学率は、男子の進学率よりも低い。「18歳人口」は、平成4年(1992年)をピークに下がり続けている。平成21~32年までは横ばいであるが、平成33年(2021年)からはふたたび下がり始めると見込まれている。このため、定員を満たすことができない大学が続出し、大学倒産の危機が真剣に語られている。
日本における大学の特徴は、以下の5点である。
- ①大学数が多く、とくに私立大学が多い(大学全体の78%:表①)。
- ②大学進学率は低い(進学率41%:表②)。
- ③大学授業料は高い(年間50万円以上:表③)。
- ④大学への公的支援は乏しい(公的負担率は32%:表④)。
- ⑤奨学金制度が不十分である(奨学金は貸与制のみで、給付制はない:表⑤)。
① 大学数が多いことは、大学選択の機会を増やすため、それ自体は望ましいことである。しかし、②大学進学率は伸びておらず、大学が魅力的な選択肢になっていないような印象を受ける。しかし、本当にそうだろうか。進学率が伸びない理由は、③学費の高さ、④私費負担の大きさ、⑤奨学金制度の不十分さにあるのでは ないか。事実、ある調査結果(2010年)によると、大学への進学を断念する理由として「経済的理由」が増えていると考えている高校教員が多い(→「経済的理由による大学進学断念に関する資料」https://www.pref.shizuoka.jp/bunka/bk-130/documents/01siryou-09.pdf)。
表①(出典)政府統計「学校基本調査」より筆者作成
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001015843
表②・③・④・⑤ (出典)文部科学省 https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_filp/proceedings/material/zaitoa221112/sonota_03.pdf
(2)大学の授業料
国立大学は、設定者である国家が経費を負担するという形式をとり、もともと授業料は低く設定されていた。しかし、1971年(昭和46年)の中教審答申(四六答申)で、「国立大学授業料の受益者負担主義」が打ち出された。「私立大学との格差是正」を理由として、その後、毎年のように授業料値上げが続いた。国立大学の授業料値上げと呼応するように、私立大学の授業料も上がっていった(表⑥)。
2004年(平成16年)、国立大学は法人化された。法人化に向けた議論は、1999年(平成11年)に始まっていた。小泉内閣(2001~2006年)による構造改革路線のもと、2002年(平成14年)の閣議決定で「競争的環境の中で世界最高水準の大学を育成するため、「国立大学法人」化などの施策を通して大学の構造改革を進める」ことが定められた。現在、国立大学の授業料は国が定める金額を標準額として、各大学が金額を設定しているが、標準額を大きく超える大学はない。標準額は法人化後一定で、2016年度(平成28年度)予算案では対前年度同額の53万5,800円となっている。しかし、国立大学法人に対する運営費交付金は毎年1%ずつ減少しており、国立大学法人の経営は苦しくなっている。
2015年12月の衆議院・文部科学委員会で、「国立大学法人の運営費交付金を毎年1%減少させ、自己収入を 毎年1.6%増加させた場合、授業料は15年間でどのくらいの値上がりが試算されるか」という質問が出されたのに対し、文部科学省は、「15年間で約40万円の増、約93万円の授業料になる」と回答した。これに対して問い合わせが殺到したため、2016年3月4日、文科省は、今後15年間で授業料を40万円増加する値上げは考えていないことを発表した。
表⑥ (出典)文部科学省「国立大学と私立大学の授業料等の推移」より筆者作成
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/kokuritu/005/gijiroku/06052921/005/002.htm
(3)教育支出の公私負担の割合
日本は、教育費への公的支出が32.2%、私費負担が67.8%で、私費負担が大きい(前出表④)。その結果、両親の収入が低いと、大学進学率が低くなる傾向が強い(表⑦)。日本の給与収入は減少傾向にあるのに対し、家計に占める授業料の比率は上昇している(表⑧)。男女別および年齢別の年収を見ると、学歴が高いほど年収も高いが、男女差は明らかで、女性の年収は総じて低い(表⑨)。親の学歴が低いほど、子の貧困率は高い(表⑩)。以上のような現状を考えると、高等教育の経費が私費に依存する率が高くなればなるほど、親の学歴が子の学歴を決定するという「学歴の連鎖」が起こる可能性が高い。貧困から抜け出すためには高等教育が有効であり、高等教育には公的支援が不可欠である。給与型奨学金が望ましく、少なくとも無利子の奨学金が必要である。
表⑦・⑧ (出典)文部科学省 https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_filp/proceedings/material/zaitoa221112/sonota_03.pdf
表⑩ー1・2 (出典)貧困統計ホームページ http://www.hinkonstat.net/%E5%AD%90%E3%81%A9%E3%82%82%E3%81%AE%E8%B2%A7%E5%9B%B0-1-%E5%AD%90%E3%81%A9%E3%82%82%E3%81%AE%E8%B2%A7%E5%9B%B0%E7%8E%87%E3%81%AE%E5%8B%95%E5%90%91/
(4)諸外国における大学の授業料
英米で名門と言われる大学の多くは授業料が非常に高い(表⑪)。アメリカの名門大学の多くは私立大学で、巨額の自己資産をもつ。イギリスの場合、オックスフォードやケンブリッジは公立大学と認識されているが、私立大学的な要素も兼ね備えている。これに対して、フランスやドイツでは国立(公立)大学を主としており、「高等教育の無償化」が進められている(表⑪ー2)。
たとえば、ドイツの大学は外国人でも授業料が無料であり、学期ごとに学生が大学に支払う額は111ユーロ(約1万5000円)である。これを払えば市内での交通費は無料となる。家賃、医療保険を含めた1か月の生活費は620ユーロ(約8万5000円)ほどである。英BBC調査によると、「ドイツでは、少子高齢化が深刻な問題となっており、外国人学生を受け入れ、卒業後もドイツで働いてもらうことで、労働力を補い、起業を促し、活気ある社 会を維持したいと考えている。ベルリン市では、大学生1人につき、年間で平均1万3300ユーロ(約185万円)を税金から投入。総額で年間3億3000 万ユーロ(約460億円)を外国人学生のために支出しているが、「もし40%の学生が卒業後5年間ドイツで働き税金を納めてくれれば、十分埋め合わせは可 能だ」と市の関係者は述べる(BBC)。」(2015年6月21日 http://newsphere.jp/world-report/20150621-1/)
【表⑪】大学ランキング上位校の年間授業料
THEの順位 | 大学名 | 国 | 設置形態 | 工学部 | 経営学部 |
1 | カリフォルニア工科大学 | 米 | 私立 | 512万 | 512万 |
2 | オックスフォード大学 | 英 | 公立/私立 | 454万 | 378万 |
3 | スタンフォード大学 | 米 | 私立 | 516万 | 516万 |
4 | ケンブリッジ大学 | 英 | 公立/私立 | 483万 | 483万 |
5 | マサチューセッツ工科大学 | 米 | 私立 | 523万 | 523万 |
6 | ハーバード大学 | 米 | 私立 | 511万 | 511万 |
7 | プリンストン大学 | 米 | 私立 | 490万 | 490万 |
8 | インペリアル・カレッジ・ロンドン | 英 | 公立 | 410万 | (文系なし) |
9 | チューリヒ工科大学 | スイス | 国立 | 15万 | 15万 |
10 | シカゴ大学 | 米 | 私立 | 553万 | 553万 |
26 | シンガポール国立大学 | シンガポール | 国立 | 128万 | 151万 |
42 | 北京大学 | 中 | 国立 | 52万 | 45万 |
43 | 東京大学 | 日 | 国立(法人) | 54万 | 54万 |
※THE(「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」の略)による「世界大学ランキング2015~2016」。
(出典)朝日新聞社『アエラ』2016年3月14日号。一部加筆修正のうえ、学費は千円以下を四捨五入した。
(5)大学4年間の学費総額ー学歴の地域格差
公益財団法人生命保険文化センターの試算によると、大学4年間にかかる学費総額(平成24~25年度)は、国立大学の場合、自宅通学だと540万、下宿だと840万かかる。私立大学では、文系(自宅通学)で692万、文系(下宿)だと975万円である。私立理系の下宿生の場合、1100万円を超える。私立医歯学部だと6年で3000万円近くもかかる。
たとえば、これを香川県の場合でシミュレーションしてみよう。香川県内には、5つの大学しかない。国立は香川大学のみである。香川県の大学進学率(短大等を含む)は51%で、地元進学率は17%と低い(表⑫)。
日本の大学数は多いが、私立大学は東京や京阪神などの都市部に偏っている。四国四県はいずれも大学数が少ない(表⑬)。4年制大学への進学率は大学数とほぼ一致しており、東京や京阪神が高く、東北・山陰・九州が低い(表⑭・⑮)。四国は比較的高いとはいえ、全国平均を下回っている。香川県の場合、大学進学率が平均よりやや低いが、人口10万人あたりの大学数は全国平均よりかなり低いことを考えると(表⑯)、香川県の多くの高校生は、県外に出て下宿生として生活せざるを得ない。
香川県が公表しているデータによると、香川県の42歳の平均年収は434万円であった。先述の試算にもとづいて計算するならば、資産県外の国立大学に通うと年間210万円かかり、私立大学だと文系でも年間244万円かかる。私立理系であれば、275万円にものぼる。私立大学は都市部に集中しているため、授業料以外の生活費がかさむ。平均年収434万円の40歳代の親が子を下宿生として都市部に送り出すのは、きわめてきびしい現状がある。
大学進学率と県民所得には強い相関性がある(表⑰)。他方、都道府県別学歴分布と大学進学率の分布はほぼ重なる(表⑱)。香川県は、学歴が高い県に位置するが、全国平均よりは下である。大都市在住の学歴が高い親が子を大学に進学させており、地方では大学進学への強い動機付けが働きにくいことが推測できる。
このように、地域格差によって学歴格差が増幅され、世代を超えて学歴格差が再生産されている。この悪循環を断ち切るのは、高等教育を「将来の税収への投資」を考えて予算措置を惜しまないか、給与制の手厚い奨学金支援である。
しかしながら、日本の現状はきわめて厳しい。奨学金の貸与人員は増えており、いまや学生の半分が受給していると言われる(表⑲)。ところが、延滞者もまた急増している(表⑳)。延滞者は、いわゆる「ブラックリスト」にのる。奨学金が「借金」となって人生を狂わせてしまいかねない。
(6)奨学金と仕送り
①奨学金
②仕送り
全国大学生活協同組合連合会の調査(2015年)によると、下宿生の1カ月の生活費は以下の通りであった。
○平均収入:12万2580円
(内訳)仕送り7万1440円、アルバイト2万5320円、奨学金2万3270円など
○平均支出:11万8200円
書籍費、交通費、勉学費など
仕送り額は、1995~1998年には「10万円以上」が60%以上を占めたが、その割合はずっと減少し続け、2015年には30%になっている、
○仕送り額の分布(2015年):10万円以上(30.6%)、5~10万円(35.8%)、5万円未満(24.9%)、0円(9.1%)
(参考)第51回学生生活実態調査の概要報告(全国大学生活協同組合連合会2015年)
→http://www.univcoop.or.jp/press/life/report.html