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セクシュアリティ[英]sexuality
掲載:2016-05-04 執筆:三成美保
(1)セクシュアリティ
歴史のなかの「セクシュアリティ」sexualityに光をあてたのは、フーコー『性の歴史(1)』である。「セクシュアリティ」の語義は必ずしも自明ではなく、訳語も統一されていない。
斉藤光によれば、「セクシュアリティ」という語自体が、強い歴史性を帯びている。英仏では「セクシュアリティ(2」という語は、19世紀に生まれた新語であり、19世紀末に「セックス」とは異なる現在の意味を帯びるようになる。そのさい、「セックス」が、「生き物という存在に根ざす、雌雄的な、基本的に可視的形態的差異を中心として意味が構成」されるものであるとすれば、「セクシュアリティ」は、「人間の強力な、情動的な、そしておそらく身体的快楽と関係する、心身内的な他者存在指向の傾向性を中心として、それと関連する行為を含む」ものとされた(3)。
上野千鶴子は、より簡明にこう定義する。「セクシュアリティ」は、「性にかかわる欲望と観念の集合」であり、「人間の性行動にかかわる心理と欲望、観念と意識、性的指向と対象選択、慣習と規範などの集合をさす(4)」。
(2)セクシュアリティ研究の意義
これらの研究が示唆するのは、「セクシュアリティ」は、社会によって規定されるものであり、身体と他者との関わりをその本質に含むということである。この語が19世紀末に可視的身体的差異としての「セックス」とは異なる語義を獲得したことは、「セクシュアリティ」抑圧・隠蔽装置の強制力がゆるんだことの証であろう。「セクシュアリティ」研究は、いまや、「近代」が封印してきた歴史に焦点をあてるという観点から、社会学や歴史学分野を中心に多彩なかたちで進められている。
日本の法学・法史学は、これまで、家族法(貞操義務)や刑事法(姦通罪・買売春)の文脈で個別的に「セクシュアリティ」関連事項を論じてきた。今後は、個別法規範をつらぬく「セクシュアリティ」規範の総体を検証して抽出し、社会秩序統制手段としてそれがいかに稼働したのか、また、そこに歴史的変化をどのように認めることができるのかを問うことが求められると思われる。
【注】
(1) ミシェル・フーコー(渡辺守章訳)『性の歴史・知への意思Ⅰ~Ⅲ』新曜社、1986年。
(2) 斉藤光『セクシュアリティの社会学』(1996年)、227ページ。他に、田崎英明『ジェンダー/セクシュアリティ』(岩波書店)、岩波講座『現代社会学10、セクシュアリティの社会学』(1996年)を参照。
(3) 斉藤『セクシュアリティ』226ページ以下。斉藤によれば、日本語では、前近代まで「性」は「人の生まれつき」「ものの自然の成り立ち」「心」を意味し、近代以降の意味における「性」は「淫」や「色」と表現された。「性」が現在の意味を獲得するのは、「sex=『性』という訳語のトンネル」[斉藤、同上、232ページ]を通じてであり、ほぼ明治30年代以降のことである。斉藤光「overview セクシュアリティ研究の現状と課題」(岩波講座『現代社会学10』)228ページ以下参照。
(4) 『岩波女性学事典』293ページ。
(出典)三成美保『ジェンダーの法史学ー近代ドイツの家族とセクシュアリティ』勁草書房、2005年、14-16頁、一部改変
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