自己決定権(プライバシーの権利)

掲載:2016-05-04 執筆:三成美保

(1)日本国憲法における自己決定権・プライバシー権の保障

「自己決定権」及び「プライバシー権」は、日本の法律には明文規定がないが、日本国憲法13条(資料1)が保障する「幸福追求権」の一つとして解釈されている。通説では、「幸福追求権」は個人の人格的生存に不可欠な権利・自由を包摂する包括的権利であり、「基幹的な人格的自律権」とされる。

「幸福追求権」には、身体・精神・経済的自由のほか、(a)人格価値そのものにまつわる権利(名誉権・プライバシー権・環境権など)、(b)(狭義の)人格的自律権(自己決定権)、(c)適正な手続的処遇を受ける権利などが含まれる。(b)の自己決定権に含まれるのは、①自己の生命、身体の処分にかかわる事柄、②家族の形成・維持にかかわる事柄、③リプロダクションにかかわる事柄、④その他の事柄(服装・身なり・外観、性的自由、喫煙、飲酒など)である 。リプロダクション(避妊や中絶など)を含む私的生活領域における自己決定権(b-③)は、人格的自律のプライバシー権(a)でもある。

【資料1】日本国憲法第13条
13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

(2)自己決定の主体

近代以降、自己決定権の主体は「自律的個人(強い個人)」とされた。おもに想定されたのは、「白人・男性・健康・異性愛者」という要件を満たした家父長男性である。1970年代以降、新しい主体が登場する。非白人・女性・傷病者・高齢者・男女カテゴリーや異性愛カテゴリーに入りきらない人びと(LGBTI)など、伝統的な「自律的個人」の範疇から排除されてきた人びとである。

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(3)自己決定の対象

自己決定の対象は広範に及ぶが、1970年代以降に確立した新しい権利としては、医療行為等をうけるさいに十分な説明を得た上で決定する権利(インフォームド・コンセント)、セクシュアリティや身体に関する自己決定権、リプロダクションに関する女性の自己決定権などがある。セクシュアリティや身体に関する自己決定権には、性的関係に関する自律権(性的自己決定権)、同性愛者の家族形成権、性別違和につき身体変更を強制されない権利などがある。

他方、リプロダクションに関する女性の自己決定権は、中絶合法化を求める運動の核心とされた。1973年のロウ判決(資料2)は、妊娠期間を3期に分け、初期3ヶ月の中絶は女性のプライバシー権に属するとして、リプロダクションに関する女性の自己決定権を承認した。これに対して、ドイツの堕胎判決(1975年)は、胎児の生命は女性の自己決定権よりも優先されるとした。現行ドイツ刑法(1995年)では、中絶は違法だが、妊娠初期3ヶ月の中絶は犯罪構成要件を構成しないとされ、消極的ながら女性の自己決定権として保障されている。

【資料2】ロウ判決(アメリカ連邦最高裁、1973年)
「憲法はプライバシー権については明示的に述べていない。しかしながら、当裁判所は個人のプライバシーの権利、あるいはプライバシーの一定の領域または範囲の保障を認めてきた。…これらの判決は、つぎのようなことを明らかにしている。すなわち、“基本的”または“秩序ある自由の概念に含まれる”とみなされる人格権のみが、この個人のプライバシーの保障中に包摂されること。また、その権利は婚姻、生殖、避妊、家族関係そして子の養育と教育に関係する権利に及んでいること」。「このプライバシー権は、女性の妊娠を中絶するか否かの決定を包含するに十分な広がりをもつ」。

(出典)三成他『ジェンダー法学入門・第二版』法律文化社、2015年

これらの自己決定権(プライバシー権)のうち、セクシュアリティやリプロダクションに関わる自己決定権は、今日でも社会道徳や公益、生命倫理などの名目で抑圧されやすい。しかし、自己決定権は、人格的生存に必要不可欠な権利として保障されねばならない。

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[文献]

辻村みよ子『ジェンダーと法[第2版]』不磨書房、2010年

山田卓生『私事と自己決定』日本評論社、1987年

江原由美子『自己決定権とジェンダー』岩波書店、2002年

(初出)三成美保「自己決定権」(ただし、かなり加筆修正した。資料掲載、リンク設定など)
比較家族史学会編『現代家族ペディア』弘文堂、2015年、4320円
本書は、比較家族史学会編『事典家族』1995年の補遺版であり、家族の現代的変容にあわせて多くの新しい項目を収録している。