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リプロダクティブ・ヘルス/ライツ[英]Reproductive Health and Rights
掲載:2016-05-04 執筆:三成美保
(1)リプロダクティブ・ヘルス/ライツ
「リプロダクティブ・ヘルス/(=エンド)ライツ(性と生殖の健康/権利)」は、すべての個人とカップルに保障されるべき人権の1つである。妊娠・出産には限定されず、性と生殖に関する包括的な権利(①安全な性生活、②生殖能力、③家族計画など)を内容とする。①安全な性生活に関しては性感染症やHIV感染の予防、②生殖能力に関しては強制的不妊化の否定、③家族計画に関しては安全な妊娠・出産・出生調節を含む。
リプロダクティブ・ヘルス/ライツは、国連の国際人口開発会議(カイロ会議1994年)で関心を集め、カイロ行動計画(1994年)で明文化された(資料1)。リプロダクティブ・ヘルスとリプロダクティブ・ライツは諸権利の複合体であり、両者は密接不可分であるが、同じ概念ではない。リプロダクティブ・ヘルスとリプロダクティブ・ライツの淵源は異なる。
【資料1】カイロ人口宣言(1994年) |
第7章 A.リプロダクティブライツとリプロダクティブヘルス:行動の基礎
7.2 リプロダクティブ・ヘルスと は、人間の生殖システム、その機能と(活動)過程のすべての側面において、単に疾病、障害がないというばかりでなく、身体的、精神的、社会的に完全に良好 な状態にあることを指す。したがって、リプロダクティブ・ヘルスは、人々が安全で満ち足りた性生活を営むことができ、生殖能力をもち、子どもを産むか産ま ないか、いつ産むか、何人産むかを決める自由をもつことを意味する。この最後の条件で示唆されるのは、男女とも自ら選択した安全かつ効果的で経済的にも無 理なく、受け入れやすい家族計画の方法、ならびに法に反しない他の出生調節の方法についての情報を得、その方法を利用する権利、および、女性が安全に妊 娠・出産でき、またカップルが健康な子どもをもてる最善の機会を与えるような適切なヘルスケア・サービスを利用できる権利が含まれる。 7.3 上記の定義を念頭に置くと、リプロダクティブ・ライツは、 国内法、人権に関する国際文書、ならびに国連で合意したその他の関連文書ですでに認められた人権の一部をなす。これらの権利は、すべてのカップルと個人が 自分たちの子どもの数、出産間隔、ならびに出産する時を責任をもって自由に決定でき、そのための情報と手段を得ることができるという基本的権利、ならびに 最高水準の性に関する健康およびリプロダクティブ・ヘルスを認めることにより成立している。その権利には、人権に関する文書にうたわれているように、差 別、強制、暴力を受けることなく、生殖に関する決定を行える権利も含まれる。 |
(2)リプロダクティブ・ヘルス
リプロダクティブ・ヘルスという語は、1970年代にWHO(世界保健機構)が用いはじめた。ここでの「ヘルス」は「良好な状態」をさし、障害者を差別する意図はないとされる。1979年の女性差別撤廃条約第12条もまた、「保健サービス」や「妊娠、分娩及び産後の期間中の適当なサービス」の保障をうたっている。カイロ行動計画の定義(パラグラフ7.2)によれば、リプロダクティブ・ヘルスは「生涯を通じた性と生殖に関わる健康」と「リプロダクティブ・ヘルスケア・サービスを適切に利用できる権利」の2つを要点とする。
(3)リプロダクティブ・ライツ
他方、リプロダクティブ・ライツが登場した背景には、第2波フェミニズムによる中絶容認運動と、発展途上国や優生学的な人口管理政策に対する反対運動があった。カイロ行動計画の定義(パラグラフ7.3)によれば、「生殖の自己決定権(産む自由・産まない自由を自己選択できる権利)」と「リプロダクティブ・ヘルスケアへの権利」がリプロダクティブ・ライツの中心をなす。リプロダクティブ・ライツについては、「中絶の権利」を包含するために、政治的・宗教的に激しい議論の的となりやすい。北京宣言及び行動綱領(1995年)は、カイロ行動計画の文言をほぼそのまま引き継ぎ、リプロダクティブ・ライツを「女性の人権」として明記した(資料2)。他方、環境と開発をテーマとした「リオ+20」(2012年)の最終文書では、リプロダクティブ・ライツに関わる文言はすべて削除された。中絶反対の立場をとるローマ教皇庁が開発途上国の支援を受けて、リプロダクティブ・ライツに強硬に反対したからである。
しかし、リプロダクティブ・ヘルスとリプロダクティブ・ライツは概念区別をした上でそろって保障される必要があり、リプロダクティブ・ライツの否定は1970年代以降ようやく達成された生殖に関する女性の自己決定権を否定することにつながる。
【資料2】第4回世界女性会議 行動綱領(総理府仮訳)(1995年) |
第Ⅳ章 戦略目標及び行動 I 女性の人権 223. 国際人口・開発会議の「行動計画」(注14),世界人権会議で採択された「ウィーン宣言及び行動計画」(注2)を念頭におい て,第4回世界女性会議は,リプロダクティブ・ライツは, 子どもの数,出産の間隔及び時期を自由にかつ責任を持って決定し,そうするための情報並びに手段 を得る,すべてのカップル及び個人の基本的権利,及び最高水準の性に関する健康とリプロダクティブ・ヘルスを獲得する権利の認知に基づいていることを再確 認する。それはまた,人権文書に述べられているように,差別,強制及び暴力とは無縁に生殖に関する決定を行うすべてのカップル及び個人の権利をも含んでい る。 |
(資料2の出典)内閣府男女共同参画局 http://www.gender.go.jp/international/int_norm/int_4th_kodo/chapter4-I.html
[文献]
ジェンダー法学会編『講座ジェンダーと法(第4巻)ジェンダー法学が切り拓く展望』日本加除出版、2012年
谷口真由美『リプロダクティブ・ライツとリプロダクティブ・ヘルス』信山社、2007年
柘植あずみ「女性の人権としてのリプロダクティブ・ヘルス・ライツ」国立婦人教育会館研究紀要、第4号、2000年(http://www.nwec.jp/jp/data/journal402.pdf)
(初出)三成美保「リプロダクティブ・ヘルス・ライツ」(ただし、資料追加など、かなり加筆修正した)
比較家族史学会編『現代家族ペディア』弘文堂、2015年、4320円
本書は、比較家族史学会編『事典家族』1995年の補遺版であり、家族の現代的変容にあわせて多くの新しい項目を収録している。→比較家族史学会ホームページ http://www.jscfh.org/