チャクラヴァルティ氏の講演に対してーイスラーム法との比較から

国際シンポジウム:アジアジェンダー研究・ウェビナーシリーズ

2022-03-08掲載 小野仁美

コメント

チャクラバルティ先生、素晴らしいご講演をありがとうございました。私は、イスラーム法を研究しています。なかでも、結婚や離婚、子どもの養育、相続などの家族法関連の分野について、地域としては北アフリカを中心に発展したマーリク派という法学派の古典的な文献に関心があります。私からは、イスラーム法との比較からコメントと質問をさせていただきます。

イスラームという宗教は、7世紀のアラビア半島で、ムハンマドという人物が授かった神の言葉であるクルアーンを中心に出来ているもので、そこにムハンマド自身の伝承も参照して作られたイスラーム法が人々の行動の規範となってきました。イスラーム法には複数の法学派があり、さらにそれぞれの地域で異なる法の実践がなされたと考えられています。アフリカであったり、中央アジア、あるいはインドであったり、それぞれの地域や時代の法の実践とジェンダーの歴史については、まだ断片的にしか解明されていませんが、今日私は、規範としてのイスラーム法において、ジェンダーを形づくっているセクシュアリティの管理について述べたいと思います。

イスラーム法は、婚姻外あるいは所有する女奴隷以外との性交渉を姦通罪として、厳しい刑罰を定めました。未婚者には鞭打100回、既婚者には石打の刑が科され、これは神の権利であるとされるため、統治者が刑を執行する義務をもちます。ただし、立証には4人の証言あるいは自白が必要とされ、これは非常に困難なため、実際にはより軽い、統治者の裁量刑で対処していたと考えられています。それでも、こうした規範は共有されたのだと思います。

合法な男女の性的関係というのは、婚姻契約あるいは売買による奴隷の所有によって成立するとされました。奴隷制は19世紀以降、廃止されましたが、婚姻が契約であるという考え方は、現在でもイスラーム圏で広く持たれています。婚姻契約は、夫からの婚資の支払いに対して、妻は性交渉にいつでも応じる義務もつという契約です。夫はまた、妻を扶養し住居を用意する義務があり、妻は夫と同居し、夫の許可なく外出してはならないとされます。

イスラームは神の前での平等を説く宗教であり、階層の差や貧富の差による法の違いはないはずですが、イスラーム法には、結婚相手を決める際に、夫と妻の間の経済的あるいは身分的な釣り合いを重視すべきという規定があります。またイトコ同士の結婚が合法とされているので、実際に中東のアラブ社会では今でも、親族内での結婚は好まれる傾向があります。また、一夫多妻がゆるされていることは良く知られていますが、男性は正式な妻は4人まで、女奴隷であれば数に制限なく性的行為がゆるされ、子どもを設けることもできました。

一方、合法でない男女の関係には厳しい目が向けられることから、とくに未婚の娘については、父をはじめとした親族男性が嫁入りするまで、結婚後は夫が妻に対して、不正な性的関係が生じないよう細心の注意を払うことになります。姦通罪は男女ともに同罪ではありますが、こうした意味では、女性のセクシュアリティ管理がより大きな意味をもって捉えられているといえます。ただし、イスラーム法では、女性に相続権があります。そして、だからこそ、一族の財産を外に流出させないため、親族内での結婚が望ましいとされたという側面もあります。

チャクラバルティ先生におうかがいしたいのは、インドのイスラームについてです。現在のインドという国家のなかでイスラーム教徒はマイノリティですが、それでもおよそ2億人ほどのイスラーム教徒がいます。インド地域には、8世紀頃からイスラームの影響が流入し、16世紀にはムガル朝という大きな帝国が栄えましたが、これによってインドのカースト社会とそのジェンダーに変化はあったのでしょうか。また、ジェンダー視点からみたインドのムスリムとヒンドゥー教徒の違いがあれば教えてください。

参考

イスラームについて、下記の記事もご参照ください。

【地域史】イスラーム史

(補論)イスラームと性をめぐる規範(小野仁美)

【5-2】(1)イスラーム法にみる母親の位置づけ(小野仁美)