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補論1:イスラームと性をめぐる規範
掲載 2018-06-15 執筆 小野仁美
イスラーム教徒の社会においては、聖典を根拠とする規範的な性のあり方が、人びとの生活の様々なところに影響を与えている。それは、結婚や離婚についての法となったり、風紀に関わる社会規範になったりするなど様々なレベルで現れている。
◆イスラームの教えと結婚のすすめ
コーランと預言者ムハンマドの伝承をもとに整備されたイスラーム法学においては、結婚や離婚にかんする数多くの規則が議論され記述されている。11~12世紀の著名なイスラーム学者ガザーリーは、結婚の諸規則や徳目をまとめた書のなかで、結婚のすすめを示すコーランの章句「至高なる神は言った『あなたがたの中で独身の者は、結婚させなさい。』(コーラン24章32節)」や預言者ムハンマドの言葉「力のある者は結婚せよ」「結婚した者はすでに宗教の半分を得る」などを紹介している。ガザーリーは、結婚には生活費の確保を困難にするなどの欠点もあるとしながらも、結婚による利点として、子どもを得ること、家事の適切な管理などと並んで、性欲の鎮静を挙げている。ただし、イスラームの教えは性欲そのものを悪いものと考えるのではなく、正しい方法によって満たされることが望ましくとして、結婚することをすすめているのである❶。
◆イスラームの聖典コーランの性規範
コーランには、男性が結婚を禁じられる近親者として、実の母親や娘、姉妹、おば、姪などの近親者のほか、乳兄弟や息子の妻などがあげられている(コーラン4章23節)。また女性は、結婚の禁じられる近親者や性欲をまだもたない子ども以外の間では、ヴェールや長衣を身に着けるようにとコーランは言う❷。男女ともに身体的な成熟をみることが、イスラーム法での成人のしるしであり、その後は宗教的な義務とともに社会的責任を負うことになるのである。コーランには、神が認めていない間柄の男女の交わりが、証言によって明らかにされることになれば、厳しい刑罰があると戒められてもいる❸。このためムスリム社会では、男女の生活空間を分けたり、女性が外出する際に男性の性的関心を誘わないよう心がけるべきであるとする規範が拡がった。
◆旧約聖書から受け継いだ同性愛の戒め
聖典の教えによれば、男性同士の性愛も忌避される。旧約聖書の創世記18-19章に記されたソドムの町の人びとの醜行と、それに対するロトをめぐる物語と同様の物語がコーランにも何度か現れている❹。イスラーム法学においては、同性愛者の性的行為が証言されれば、姦通罪の適用となるとする学説が見られる。しかし預言者ムハンマドの時代から現代にいたるまで、多くの文献が男性同士、とくに成人男性と美少年との性愛について記録している。
参考文献
マリーズ・リズン(菊地達也訳)『イスラーム』 岩波書店, 2004年. アブドゥルワッハーブ・ブーディバ(伏見楚代子ほか訳)『イスラム社会の性と風俗』桃源社, 1980年. 『日亜対訳・注解 聖クルアーン』(第6刷)日本ムスリム協会, 2000年.
資料
❶ 合法な結婚を促すコーランの言葉これはあなたがたに対するアッラーの掟である。これら(あなたがたに禁じられた女性たち)以外は、すべてあなたがたに合法であるから、あなたがたの財資をもって、(良縁を)探し求め、面目を恥かしめず、私通(のよう)でなく(結婚しなさい)。(コーラン4章24節) |
❷ 女性の貞淑を求めるコーランの言葉信者の女たちに言ってやるがいい。かの女らの視線を低くし、貞淑を守れ。外に表われるものの外は、かの女らの美(や飾り)を目立たせてはならない。それからヴェイルをその胸の上に垂れなさい。自分の夫または父の外は、かの女の美(や飾り)を表わしてはならない。なお夫の父、自分の息子、夫の息子、また自分の兄弟、兄弟の息子、姉妹の息子または自分の女たち、自分の右手に持つ奴隷、また性欲を持たない供回りの男、または女の体に意識をもたない幼児(の外は)。(コーラン24章31節) ❸ 姦通およびその中傷を戒めるコーランの言葉「姦通した女と男は、それぞれ100回鞭打て。」(コーラン24章2節) 「貞節な女を非難して4名の証人を上げられない者には、80回の鞭打ちを加えなさい。決してこんな者の証言を受け入れてはならない。」(コーラン24章4節) |
❹ 男色を戒めるコーランの言葉あなたがたは、あなたがた以前のどの世でも、誰も行わなかった淫らなことをするのか。あなたがたは、情欲のため女でなくて男に赴く。いやあなたがたは、途方もない人びとである。(コーラン7章80-81節) 人びと(ロトの民)は急いでかれの許に来た。これまでかれらは、汚らわしい行い(男色行為)をしていたので、かれは言った。「わたしの人びとよ、ここにわたしの娘たちがいる。あなたがたにとっては(娘たちと結婚することが)最も清浄である。」(コーラン11章77-78節) 関連ページ |