第12回ジェンダー史学会年次大会 「制度」のなかのLGBT―教育・結婚・軍隊<コメント>井野瀬久美恵

掲載:2015-12-21 執筆:井野瀬久美恵

LGBT(GHシンポ)2015年12月13日、ジェンダー史学会年次大会シンポジウムが開催されました。そのさいの「コメント」(井野瀬久美恵)を紹介します。

Ⅰ:コメントの内容

【1】第12回ジェンダー史学会年次大会 「制度」のなかのLGBT―教育・結婚・軍隊<コメント>

2015.12.13.甲南大学文学部 井野瀬久美惠

【2】「制度」には何が表現されるのか?

*国家による国民への「包摂と排除」の論理
*国民国家によるセクシュアリティ観の創造
*セクシュアリティは権力構造に内在しており、私的な問題ではなく、公的、政治的問題である
⇒異性愛の規範化と同性愛嫌悪の力学と科学
揺れる包摂/排除、公的領域/私的領域の境界線
⇒それが「制度」にどう表現・投影されているか

【3】コメント1 タームの氾濫とその意味

性科学の登場のなかで、19世紀後半から20世紀半ばにかけて、同性愛を定義・概念化・分類するタームが続々と創造された。

Homosexualität  ベンケルトの造語(1869) ;クラフト=エビング『性的精神病理』(第2版、1887)で普及
homosexuality チャドウィックによる英訳(1892)
Urning/Urningin/Uranism  法学者ウルリヒスの造語(1867)
sodomite / Sapphic(Sapphism) スウィンバーンの詩(1866)
homophile (⇔ homephobia) / gynephilia (gynephobia)
andropholia(androphobia)
the Third Sex ヒルシュフェルト(1904)
the intermediate sex カーペンターの類型化(1894)
sexual inversion, invert エリス(1897)
gay / lesbian
Queer / sexual minority  / LGBT(OED, 1992初出)

【4】Gay

c. Freq. euphem. Esp. of a woman: living by prostitution. Of a place: serving as a brothel. Now rare.
1806   J. Davis Post-Captain xxviii. 194   As our heroes passed along the Strand, they were accosted by a hundred gay ladies, who asked them if they were good-natured.
1825   C. M. Westmacott Eng. Spy II. 22   Two sisters—both gay.
1857   J. E. Ritchie Night Side of London 40   The gay women, as they are termed, are worse off than American slaves.
1890   Star 16 Jan. (ed. 5) 2/7,   I worked hard at cleaning the houses of the gay people; the gay ladies on the beat.
1927   S. Lewis Elmer Gantry xxvii. 358   It was thirty days before any of the gay ladies were really back at work.

d. orig. U.S. slang.  (a) Of a person: homosexual.
1941   G. Legman Lang. Homosexuality in G. W. Henry Sex Variants II. 1167   Gay, an adjective used almost exclusively by homosexuals to denote homosexuality, sexual attractiveness, promiscuity, or lack of restraint, in a person, place, or party. Often given the French spelling, gai or gaie by (or in burlesque of) cultured homosexuals of both sexes.

【5】コメント2 同性愛(者)を問題化/表面化させる歴史的文脈

1866 ハイド判決でコモンロー上の「婚姻」再定義
1885 刑法改正法(ラブシェール修正)と社会浄化運動 ⇒男娼の摘発が相次ぐ
優生学(積極的・消極的)
階級・民族等、カテゴリー混同・混乱への恐怖
「正しい/望ましい」をめぐる科学の言説
1895 ワイルド裁判 ← 背後にあるイギリス帝国の危機 1907(~09) オイレンブルク事件と第一次世界大戦
1916 ロジャー・ケイスメント裁判(助命嘆願無効化の背後)    刑罰対象から治療対象へ
1935 「長いナイフの夜」でのレーム粛清
1954 アラン・チューリング自殺(52年告発、投獄ではなく、ホルモン療法を選択、1973年ゲイ権利運動による死の真相暴露、2009年首相公式謝罪、2014年女王公式赦免)←ケンブリッジ5    モンタギュー裁判とウルフェンデン調査委員会報告

1972 homophobia (同性愛嫌悪)という概念

【6】コメント3 名誉回復される同性愛者たちーグローバルな同性婚認定 同性愛に対して「寛容な社会」になったのか? 同性愛者を嫌悪する権力関係は変化したのか?

【7】2008年2月、オーストラリア政府、アボリジニーに対する歴代政府の差別的政策を謝罪

2009年6月、ケニアの独立闘争、マウマウの反乱関係者が、収容先での非人道的扱い(拷問)に対する謝罪をイギリス政府に求める。
2009年6月、米上院、奴隷制度とジム・クロウ法(1964年廃止)で苦しんだ黒人たちへの公式謝罪

【8】コメント3 名誉回復される同性愛者たち ーグローバルな同性婚認定 同性愛に対して「寛容な社会」になったのか? 同性愛者を嫌悪する権力関係は変化したのか?

*「テロとの戦い」以降、LGBTの政治利用
「寛容な社会」としての欧米
⇔「不寛容な社会」としてのイスラムとロシア
(cf. 奴隷制度)
*同性愛の概念・分類・定義と国家との関係
市民としての社会貢献 ⇔市民としての権利
⇒「制度」の果たす機能はどこにあるのか?
*異なるセクシュアリティの人間の生存を保障すると はどういうことか?
⇒女子大学という仕組み
⇒軍隊は、異なるジェンダー/セクシュアリティの人間の生存を保障しうるのか?

【9】参考文献

『大英帝国はミュージックホールから』朝日新聞社、1990
『子どもたちの大英帝国』中公新書、1992(文庫版タイトル『フーリガンと呼ばれた少年たち』1999)
『黒人王、白人王に謁見す』山川出版社、1993
『女たちの大英帝国』講談社現代新書、1998
『植民地経験のゆくえ――アリス・グリーンのサロンと世紀転換期の大英帝国』人文書院、2004
『大英帝国という経験』(興亡の世界史・第16巻)講談社、2007
井野瀬久美惠編『イギリス文化史入門』昭和堂、1993
井野瀬久美惠編『イギリス文化史』昭和堂、2010
栗本英世・井野瀬久美惠編『植民地経験のゆくえ』人文書院、1999
北川勝彦・井野瀬久美惠編『アフリカと帝国――コロニアリズムの新地平』晃洋書房、2011
井野瀬久美恵監訳・解題 バーバラ・チェイス=リボウ『ホッテントット・ヴィーナス』法政大学出版会、2012
Kumie Inose, ‘What was Remembered and What was Forgotten in Britain in the Bicentenary of the Abolition of the Slave Trade?’, Abolitions as a Globa Experience(ed. By Hideaki Suzuki), NUS Press(Singapore), 2015.

Ⅱ:当日のスライド

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