【資料】ドイツ刑法177条(2016年改正:性的侵害・性的強要・強姦の罪)(三成美保)
目次
ドイツ刑法177条(性犯罪規定)
解説・訳(赤字・黄色マーカーとも):三成 美保
解説
2016年7月7日、ドイツ連邦議会で、刑法性犯罪規定の改正が議決された。1997年以来の20年ぶりの大きな改正であった。
この改正は、2011年に公示されたイスタンブール条約を反映したものである。また、2015年に起こったいわゆる「ケルン大晦日集団性的侵害事件」が刑法改正の世論を高めた。
ドイツ刑法典は、ドイツ帝国(第二帝政)成立とともに、1871年に成立した。
1973年の第4次刑法改正で、性犯罪規定について定める第13章のタイトルが「風俗に対する重罪と軽罪」から「性的自己決定権を侵害する罪」に改められた。これにより、保護法益(法令がある特定の行為を規制することによって保護、実現しようとしている利益)は「風俗(性道徳)」という「社会的法益」から、「性的自己決定権」という「個人的法益」に転換された。
その後、1997年に、「性的強要」(日本の「強制わいせつ」に相当)と「強姦」が一つの条文(177条)にまとめられた。「強姦罪」は「性的強要罪」のなかの重罪にあたり、加重類型とされた。このとき「夫婦間強姦」も犯罪とされた。
「性的強要・強姦」に「性的侵害」を加えた2016年の刑法改正は、20年ぶりの大改正であり、性犯罪の捉え方が根本的に変更された。改正前の「性的強要罪」及び「強姦罪」は、「暴行又は脅迫」要件あるいは「抗拒不能」要件が充足される場合にのみ性犯罪の成立を認めるというものであり、現在の日本の状況と似ていた。これに対して、2016年改正では「No means No」原則を示したイスタンブール条約に基づき、「いかなる性的行為も同意がなければ罰せられる」という前提に立って、177条「性的侵害・性的強要・強姦」が定められた。
※2016年改正以前の条文 → *【法学】(比較)ドイツ刑法(性犯罪)
イスタンブール条約(2011年)
イスタンブール条約は、2011年5月に欧州評議会が採択した「女性に対する暴力及びドメスティック・バイオレンス(DV)防止のための欧州評議会条約」である。2014年に10カ国目が批准し、8月1日に発行された。署名式の開催地にちなんで「イスタンブール条約」と呼ばれる。同条約は、国際人権基準における女性に対する暴力及びDVへの取り組みの現在の到達点に位置づけられる。2019年12月現在、34ヶ国が批准している。しかし、日本は批准していない。
条約の4原則(4つのP)は、防止(Prevention)、被害者の保護(Protection of Victims)、違反者の訴追(Prosecution of Offenders)、統合され、全体論的に調整のとれた方針(Policies-Integrated, Holistic Co-ordinated)である。条約は、締約国に対して、これら4つのPの実現を義務づけている(第1条、第7条等)。
条約の第36条で、同意を得ていない性行為はレイプとみなすことが規定されており、「No means No(いかなる性的行為も、同意の上でなければ罰せられる)」という原則を明示している。
○イスタンブール条約に関する欧州評議会の取り組み→ https://www.coe.int/en/web/istanbul-convention/home?
○条約(PDF)→ https://rm.coe.int/168008482e
○条約批准状況 → https://www.coe.int/en/web/conventions/full-list/-/conventions/treaty/210/signatures
ケルン大晦日集団性的侵害(Sexuelle Übergriffe)事件(2015年12月31日)
ケルン大晦日集団性的侵害事件(2015年12月31日~2016年1月1日)とは、ケルン中央駅及びケルン大聖堂の前で、北アフリカやアラブ出身とみられる若い男性の集団が、女性たちを襲撃した事件である。集団強盗、集団での性的暴力が振るわれた。これを機に、同意のない性的接触を処罰する「性的侵害」罪が刑法に盛り込まれることになった。
Strafgesetzbuch (StGB)(刑法)§ 177 Sexueller Übergriff; sexuelle Nötigung; Vergewaltigung(177条:性的侵害・性的強要・強姦)
第1項(性的強要罪:基本類型)
第1項 他の者の認識可能な意思に反して、その者に対する性的行為を行い、若しくは、その者に性的行為を行わせ、又は、第三者に対する若しくは第三者による性的行為をこの者に遂行させた者若しくは甘受させた者は、6月以上5年以下の自由刑に処する。
2016年改正後刑法では、この第1項が、性的強要罪の基本類型とされる。被害者への身体の侵襲を伴う場合には加重類型としてレイプ罪(177条6項)となる。(HRN2018:p.60)
第2項(性的強要罪:その他の類型)
(2) Ebenso wird bestraft, wer sexuelle Handlungen an einer anderen Person vornimmt oder von ihr vornehmen lässt oder diese Person zur Vornahme oder Duldung sexueller Handlungen an oder von einem Dritten bestimmt, wenn
第2項 他の者に性的行為を行い若しくはその者に行わせ、又は、この者を第三者への若しくは第三者による性的行為の遂行若しくは受忍を決意させた者も、(以下の号のいずれかに該当する場合には、第1項と)同様に処罰される。
- 1. der Täter ausnutzt, dass die Person nicht in der Lage ist, einen entgegenstehenden Willen zu bilden oder zu äußern,
麻酔、睡眠、昏睡、ドラッグ、アルコールにより意識を失っている場合などを指す。
- 2. der Täter ausnutzt, dass die Person auf Grund ihres körperlichen oder psychischen Zustands in der Bildung oder Äußerung des Willens erheblich eingeschränkt ist, es sei denn, er hat sich der Zustimmung dieser Person versichert,
1号とは異なり、被害者の意思表明能力が完全には失われていない場合を指す。著しく酩酊している場合や一定の知的障がいがある場合。
- 3. der Täter ein Überraschungsmoment ausnutzt,
3号 行為者が驚愕の瞬間を利用した場合
2016年改正法で新設された規定。
- 4. der Täter eine Lage ausnutzt, in der dem Opfer bei Widerstand ein empfindliches Übel droht, oder
4号 行為者が、抵抗すれば被害者に重大な害悪が生じる恐れがある状況を利用した場合、又は
- 5. der Täter die Person zur Vornahme oder Duldung der sexuellen Handlung durch Drohung mit einem empfindlichen Übel genötigt hat.
5号 行為者が、重大な害悪を伴う脅迫により、その者に性的行為の遂行若しくは甘受を強要した場合
第3項(未遂罪)
第4項
第5項(加重類型としての暴行・脅迫)
(5) Auf Freiheitsstrafe nicht unter einem Jahr ist zu erkennen, wenn der Täter
第5項 行為者が、(以下の号のいずれかに該当する)場合には、1年以上の自由刑を言い渡すものとする。
- 1. gegenüber dem Opfer Gewalt anwendet,
1号 被害者に対して暴行を用いた場合、
- 2. dem Opfer mit gegenwärtiger Gefahr für Leib oder Leben droht oder
2号 身体若しくは生命に対する現在の危険をもって被害者を脅迫した場合、又は、
- 3. eine Lage ausnutzt, in der das Opfer der Einwirkung des Täters schutzlos ausgeliefert ist.
3号 被害者が保護なく行為者の影響下に委ねられている状況を利用した場合。
暴行・脅迫は、犯罪成立のための要件ではなく、加重類型として処罰される。
第6項(性的強要の加重類型=(1)強姦・共同行為)
(6) In besonders schweren Fällen ist auf Freiheitsstrafe nicht unter zwei Jahren zu erkennen. Ein besonders schwerer Fall liegt in der Regel vor, wenn
第6項 犯情の特に重い事案では、2年以上の自由刑を言い渡すものとする。犯情の特に重い事案とは、一般的に、(以下の各号に該当する場合である。)
- 1. der Täter mit dem Opfer den Beischlaf vollzieht oder vollziehen lässt oder ähnliche sexuelle Handlungen an dem Opfer vornimmt oder von ihm vornehmen lässt, die dieses besonders erniedrigen, insbesondere wenn sie mit einem Eindringen in den Körper verbunden sind (Vergewaltigung), oder
1号 行為者が被害者と性交を行い若しくは被害者に性交させ、又は、被害者を特におとしめるような性交類似の性的行為を被害者に対して行い若しくは被害者に行わせた場合、特に身体への挿入と結びつく(強姦)場合、
- 2. die Tat von mehreren gemeinschaftlich begangen wird.
2号 行為が複数の者により共同して行われた場合。
第7項(性的強要の加重類型=(2)危険な行為態様)
(7) Auf Freiheitsstrafe nicht unter drei Jahren ist zu erkennen, wenn der Täter
第7項 行為者が、(以下の号に該当する)場合には、3年以上の自由刑を言い渡すものとする。
- 1. eine Waffe oder ein anderes gefährliches Werkzeug bei sich führt,
1号 凶器若しくはその他の危険な道具を携行した場合、
- 2. sonst ein Werkzeug oder Mittel bei sich führt, um den Widerstand einer anderen Person durch Gewalt oder Drohung mit Gewalt zu verhindern oder zu überwinden, oder
2号 暴行若しくは暴行を加える旨の脅迫により、他の者の抵抗を阻止若しくは制圧する目的で、道具若しくは手段を携行した場合、
- 3. das Opfer in die Gefahr einer schweren Gesundheitsschädigung bringt.
3号 被害者を重い健康障害が生じる危険にさらした場合。
第8項(性的強要の加重類型=(3)特に危険な行為態様)
(8) Auf Freiheitsstrafe nicht unter fünf Jahren ist zu erkennen, wenn der Täter
8項 行為者が、(以下の号に該当する)場合には、5年以上の自由刑を言い渡すものとする。
- 1. bei der Tat eine Waffe oder ein anderes gefährliches Werkzeug verwendet oder
1号 行為の際に、凶器若しくはその他の危険な道具を使用した場合、又は、
- 2. das Opfer
-
- a) bei der Tat körperlich schwer misshandelt oder
- b) durch die Tat in die Gefahr des Todes bringt.
2号 被害者が、
a) 行為のさいに身体的に著しく虐待した場合、若しくは、
b) 行為により、死亡する危険がもたらされた場合。
第9項
第9項 第1項及び第2項のうち犯情があまり重くない事案では3月以上3年以下の自由刑を言い渡すものとし、第4項及び第5項のうち犯情があまり重くない事案では6月以上10年以下の自由刑、第7項及び第8項のうち犯情があまり重くない事案では1年以上10年以下の自由刑を言い渡すものとする。
参考文献
Human Rights Now『#Metooを法律へYes Means Yes性犯罪に関する各国法制度調査報告書』2018年
小沢春希(2019)「強制性交等罪の構成要件緩和ー欧州における同意のない性交の罪」『調査と情報』(国立国会図書館)No.1076(2019.12.17)https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_11426014_po_1076.pdf?contentNo=1