『アジアの出産と家族計画―「産む・産まない・産めない」身体をめぐる政治』小浜正子・松岡悦子編、勉誠出版、2014/5/16

はじめに(執筆:小浜正子)

515B8lr3frL._SX347_BO1,204,203,200_人が子供を産み育てて世代をつなぐ営みは、古来から繰り返されてきた。しかしその実際のあり方は、地域によって時代によって大きく異なっている。本書は、アジア各国・各地域の20世紀後半から現在までのリプロダクション-生殖の変化の様子を跡づけ、比較の視野のもとに、その意味を多元的に考察しようとするものである。
20世紀は、アジアの女性にとって、子供を産み育てる営みのあり方が大きく変化した時期であった。出産は、自宅で家族や親しい女性たちに見守られてのものから病院で専門職の医療者に管理されてのものに変化した。子供は「授かりもの」から「計画して作るもの」に変わり、女性/カップルがどれだけの子供をいつ持つべきかについて、家族・共同体だけでなく国家や国際機関もまた介入するようになった。さらには出産の方法や、また避妊や、逆に不妊の場合に子供を得るためのテクノロジーが、商業化を伴いながら発達した。子を孕み産んで育てる営みは、女性たちの身体に起こることでありながら、その想いとは隔たったものと感じられることは、これまでも多々あったろうが、その具体的な状況は、伝統社会におけるものとは違ってきている。生殖(リプロダクション)-妊娠・出産・中絶・避妊・不妊などに関わることがらは、国家の人口構成に影響して経済・軍事・社会政策等の基本条件となり、家族の形態を変動させて社会保障システムなどに影響するだけでなく、女性たちの人生のあり方を根底で規定するものである。本書は、アジア各地の社会において20世紀後半に生じた生殖をめぐる変化を、それぞれの社会の文脈の中で読み解き、相互に比較しつつその意味を考えようとする。各章の論点は多様で、研究方法は社会学・文化人類学・歴史学など多岐にわたっているが、リプロダクティブ・ヘルス&ライツに立脚し、ジェンダーに留意して女性たちの目線を大切にするという視点は、執筆者の間で共有されている。
本書の特色は、第一に、欧米とは異なった特徴を持つアジアのリプロダクションを、その共通性と多様性に留意して論じようとしたことである。第二に、出産と家族計画、言い換えれば産むことと産まないことというリプロダクションの両面をともに扱い、相互の関連に留意しつつそれぞれの地域に即してその状況を論じていることである。第三に、国家や国際機関による政策決定のあり方とともに、現場の医療者・ワーカーや生殖の当事者である女性の政策に対する受容・抵抗・交渉などの様相に注意し、そうした総体的な過程の結果としてリプロダクションの変容を分析しようとしていることである。