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【総論4】人口変動と歴史(姫岡とし子)

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人口変動と歴史

(執筆:姫岡とし子/参考『読み替える(世界史篇)』2014年)

◆家族復元と人口動態 

ヨーロッパでは国家統計が導入される以前の時代、教会が洗礼(出生)・婚姻・埋葬を通じて教区民の動向を把握していた。その台帳=教区簿冊を使って家族を復元する歴史人口学は、従来の人口学による集計データの範囲を超えて、年齢別婚姻出生数・出生間隔・一夫婦の出生数・初婚年齢など、家族との連関における詳細な人口行動が明らかにした❶。結婚後の夫婦による世帯管理が一般的な北西欧(単純世帯システム)と合同世帯が一般的な南東欧との間に人口行動の違いがみられ、前者では晩婚(男26歳以上、女23歳以上)・生涯独身率の高さ(10%以上)・奉公人の世帯間移動がみられたのに対し、後者では早婚(男26歳未満、女21歳未満)・独身率の低さ(5%未満)、奉公人の比率の低さが特徴である。平均世帯規模についても、イギリスでは16世紀半ばから19世紀末まで4.75人の核家族で安定していたことがわかり、「工業化以前の家族は大家族」というイメージは崩壊した。

◆人口転換(多産多死から少産少死へ) 

近代以前は1人の女性が7-8人の子どもを産んでいたが、4人に1人が生後1年以内に死亡し、また戦争、疫病、飢饉などの影響で死亡率が高かったため、人口増加は抑制されていた(多産多死)。人口カーブは1750年頃から急激に上昇する❷。工業化によって土地相続と結婚が連動しなくなって結婚年齢が低下したこと、出産時の女性の死亡減少なども、その理由であるが、決定的なのは、農業革命による農業生産性の向上と農作物の収穫量の増加、さらに栄養・衛生状態の改善による死亡率の減少である(多産中死)。人口増は海外移住を促し、1914年までの100年間に5000万人以上の人がアメリカやオーストラリアに渡った。19世紀末には出生率も急激に低下する。子どもによりよい教育を与えるために、まずミドルクラスが出産数を減らし、20世紀初頭には労働者階級が続き、労働力確保のため相対的に多産だった農民も子ども数を制限するようになった。こうして人口は中産少死の時期をへて少産少死へと転換する。(姫岡)

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