【科学史】ロンダ・シービンガーの科学史・科学政策研究(小川眞里子)

 更新(全文掲載):2015-12-31 掲載:2014.06.06 執筆:小川眞里子

「ロンダ・シービンガーの科学史・科学政策研究」(小川眞里子)

ロンダ・シービンガー(Londa Schiebinger)の3冊の著作の翻訳(いずれも工作舎刊)に関わったことから、ここではその後の関連著作への言及も交えながら、シービンガーの仕事の一括紹介を行ないたい。以下、3冊の著作の概要と相互の関連については、図1を参照して欲しい。本文中のA、B、CおよびA-1、B-2などの記号は、図1に対応している。

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The Mind Has No Sex?(A『科学史から消された女性たち』)は、彼女の博士論文(ハーヴァード大学)をまとめたものである。2冊目Nature’s Body(B『女性を弄ぶ博物学』)は、フレック賞(科学社会学学会)を受賞し好評を博した著作であるが、邦訳のタイトルと帯がいささか災いして、わが国では知名度が低く留まっている。しかし、科学知識に埋め込まれたジェンダーを具体的な事例からユーモアを交えて論じており、もっと読まれて欲しい1冊である。そして、3冊目Has Feminism Changed Science ?( C『ジェンダーは科学を変える!?』)は、歴史に題材を得たAとBの2著作の延長線上にある現代の問題に歴史家の目をもって取り組んだ意欲作である。図1で見るように、これら3冊の内容は、大きく「人の問題」「知識の問題」「その他(科学文化、性差の研究など)」に分けられる。「人の問題」の中心的問いは「なにゆえ女性科学者は少数なのか?」であり、「知識の問題」のそれは「科学知識にジェンダーはいかに投影されてきたか?」であると言えるだろう。

1.人の問題

メーリアン(ドイツ500マルク紙幣)

シービンガーの第1の関心は、歴史に埋もれてしまった女性科学者の発掘である。それはA-2「貴族のネットワーク」、A-3「手工業的伝統における女性科学者」に対応しており、彼女はイギリスのマーガレット・キャヴェンディッシュ、フランスのエミリ・デュ・シャトレ、ドイツのマリア・ジビラ・メリアンを発掘し、さらに手工業的伝統の中からは天文学のマリア・ヴィンケルマンらを取り上げ、これまで詳細不明とされた多くの女性科学者を甦らせた。メリアンについては彼女の著作Aの後、N・デーヴィスもWomen on the Margins(1995;『境界を生きた女たち』平凡社、2001年)で取り上げ、彼女は500マルク紙幣を飾る博物学者として広く知られるまでになった(図2)。これら女性科学者の発掘にまつわる研究は、3作目Cの「ヒュパティアの伝統」で女性科学者の系譜としてコンパクトにまとめられている。

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人の問題に関係して、シービンガーは教育制度をはじめとする諸制度にも関心が深く、それがA-1「制度的概況」に相当している。人物発掘だけでは十分ではなく、女性が学問から疎外されることになった当時の社会制度こそ明らかにされねばならない。ルネッサンスの宮廷であれ、パリのサロンであれ、身分の高い女性はいつの時代にも最新知識にアクセス可能であったが、知識が制度的に開かれていたわけではない。修道院時代には、女性の研究の場として女子修道院が一定の役割を担うことができたが、一律に大学という時代になると、女性は入学が許されず、学問の世界から排斥されることになった。

話を現代に移して女性の置かれた制度的状況を語ったのが囲みの中のC-2「平等の計算」とC-3「パイプライン」である。C-3では、社会的地位が高くなるにしたがい多くの女性が研究職から脱落していくリーキング・パイプラインが見事に描き出されている。ここにはEUの『ETANレポート』(2000)などの報告書と呼応する部分が数多く見られるが、ドイツやフランスでの研究が生活の一部となっているシービンガーは、EUの「女性と科学」政策に刺激を与える一方、EUの政策から多くの情報を得てもいるようである。人の問題から知識の問題へという流れは、いわゆる女性学研究の流れに沿ったものであり、知識の問題に該当するのは、B-1からB-5、C-第3部「科学内容のジェンダー」である。ただし、シービンガーの研究にはこの2つのカテゴリーには収まり切らないものがあり、先にそれらを扱うことにしよう。

2.科学文化

歴史的研究はもちろんのことであるが、今日の制度的な問題についても類書がないわけではない。しかしC-4、C-5のような科学文化をテーマにした説得力ある議論展開は、シービンガーならではのものである。女性を科学分野に参入させようとするなら、女性側に男性と同質化して科学研究することを望むのではなく、科学制度、科学文化自体も変わるべきだと彼女は考えており、ここにジェンダー・メインストリーミングに通じるものを見取ることができる。

図1のC-第2部「科学文化におけるジェンダー」およびA-4、A-5も科学文化に括り得るものである。シービンガーは、女性が男性医師に身体管理を任せて、自己管理能力を失った点に一貫して強い関心を持ち続けており、A-4「女性の伝統」では、医学的知識を身につけた男産婆(図3)が登場することによって産婆の伝統が衰退していく様子が描かれる。女性の排除が医学の内実を大きく歪めてきたのである。身体管理を男性(医者)に委ねたがために生じた多くの問題を克服しようと取り組まれた現代アメリカ女性の身体管理復権運動を描いたのが、C-6「医学」の部分である。図1の分類では「知識の問題」に組み入れられているが、現代の医療政策的内容は科学文化に通じる一面を有している。C-6と合わせてThe Politics of Breast Cancer(2001;『乳がんの政治学』早稲田大学出版、2003)を読めば、運動推進者たちの具体的な発言が聞こえてくる。ベビーブーム世代を中心とした草の根運動の高まりから、1993年に260万人の署名をクリントン大統領に手渡して、女性のための医学へと画期的転換が図られたのである。

A-5「学術文体の拮抗」では、17~18世紀の科学的著作の扉絵がまず話題にされる。例えばガリレオの『偽金鑑識官』の扉絵は、自然哲学と数学を体現する2人の女性像が描かれ、自然哲学の女性像は真理の光を放ち天球儀や書物を持ち、数学のほうはコンパスと渾天儀を持っている。さらに有名な『百科全書』の扉絵には、真理を体現する女性像と、真理のベールを取ろうとする理性の女性像を中心に、宗教、哲学などすべての学問・芸術が女性で描かれ、その下に男性職人が描かれている。このような科学書を飾る伝統的な女性イコンがやがて衰退すると、科学書の文体も韻を踏むなどの装飾豊かな文体から、簡潔な事実記載を中心とする文体へと変化していくことになった。科学から詩的表現が失われていく状況とともに、古い詩的文体にこだわったビュフォン(Buffon)と、事実記載派のリンネ(Linnaeus)とが対照的に描き出される。科学の表現様式も科学文化の一部である。

3.性差の研究

(1)1性モデルから2性モデルへ

A-1からA-5に続く、A-6からA-8は性差の研究である。この性差の研究「宇宙論の拮抗」「柔肌に秘められた女らしさ」「補完性への勝利」が、B-1からB-5の科学のジェンダー研究に発展していったと考えられる。「補完性の勝利」がベースとなってB-1「植物の私生活」や有名なB-2「なぜ哺乳類は哺乳類と呼ばれるのか?」が生み出された。

シービンガーの性差研究は、従来の近代科学の歴史に一石を投じる画期的なものである。それというのも16~17世紀の科学革命は科学史研究の重要テーマとされ、宇宙観や運動観、また身体観の変革が戦前からよく研究されてきたが、男性と女性との関係すなわち性理解の革命は見過ごされてきたからである。通常の科学革命から1~2世紀のずれをもって起こったこの革命に彼女は焦点を定め、性差の観点からもう1つの科学革命を明確化した。

C・ギャラハー(Gallagher)とT・ラカー(Laqueur)が編集したThe Making of the Modern Body(1987)の第2章を成すのがシービンガーの“Skeletons in the Closet”で、これがA-7「柔肌に秘められた女らしさ」になっている。ラカー自身は同書第1章を執筆し、それを拡張して1990年にMaking SEX(『セックスの発明』工作舎、1998)を完成した。彼は『セックスの発明』第3章「新しい科学、一つの身体」で1性モデルを扱い、同第5章「二つのセックスの発見」で2性モデルの誕生を論じている。シービンガーはラカーの「1性モデルから2性モデルへ」という展開から大きな影響を受けている。

人類の誕生とともに男女は存在しているのに、身体は1つとされてきた。ローマの医者ガレノス(Galen)は、女性は熱の不足が原因で男性のように体外にペニスが出ないため、ペニスが体内に留まったまま男性になり損なった性とした。身体としては1つで、熱の多寡により外性器になるかならないかで2種類に区別されると信じられてきた。絶対的な性差を前提とする2性モデルが誕生するのはようやく18世紀のことであり、まさにこのときセックスは発明されたのである。

ラカーの『セックスの発明』とならんで、シービンガー理解に重要な書物がプーラン・ド・ラ・バール(Poullainde la Barre)の著作である(『両性平等論』原著1673&1675、邦訳1997、法政大学出版局、巻末の佐藤和夫「解説」は有益)。熱心なデカルト主義者プーランの「知性に性の区別なし」という標語は、彼が解剖学という新しい学問に基づいて両性を論じる中から誕生した。精神と身体を切り離して考えるデカルト主義者なればこその視点である。このプーランの「The Mind Has No Sex?」という問いが、著作Aの書名となり、その序文冒頭を飾る一文「精神に性差があるのか。知性に性の違いはあるのか」もそれに由来している。

シービンガーは、女性を男性に従属させてきたものは、習慣と教育の差であると断言する。科学である近代解剖学が、男女の主従関係強化にいかに奉仕することになってきたかということを、彼女は鮮やかに描き出している。

A-6「宇宙論の拮抗」では2つの再評価が示される。1つは、醜く無用な器官とされていた子宮の再評価である。ヴェサリウス(Vesalius)はガレノスの見解を踏襲して、『人体の構造』(1543)にペニスのごとき子宮頸部に連なる角の生えた子宮の図を掲げている。実際に解剖し実見しても、パラダイムが転換しない限り見え方は変わらないことを示す好例である。しかし17世紀になると子宮は胎児を育てる重要器官であることが認識され、再評価されることになった。もう1つは、生殖における女性の役割の再評価である。近代までアリストテレス(Aristotle)やガレノスの生殖観が引き継がれ、生殖において男性が精液を通して形相や感覚的霊魂を与えるのに対し、女性は月経血を通じて形相を欠く質料を与えるだけとされてきた。精子と卵の大きさの違いが判明しても、卵は単なる栄養源であって生命の重要部分は小さな精子から付与されると信じられた。しかし前成説の卵原説や精原説を経て、18世紀には生殖に関する男女の対等な寄与が認められ卵が再評価された。ただし卵の細胞質に関する寄与を考慮すると、実際には受精に際し卵は対等以上の寄与をしているが、ここでは立ち入らない(C-8参照;ケラー「言語と科学」『機械の身体』青土社、1996)。ところが、性的特徴が生殖器官を越えるかどうかという問題は不問のままとされ、身体の非生殖部分については決して対等とはされなかった。それがA-7「柔肌に秘められた女らしさ:性差の科学的探究」である。

性に関する科学的知見の革命は18世紀末に訪れた。2性モデルが確立して、ようやく女性が独立した性になると、性的特徴は生殖器官に限定されず人間の体を貫くものとなる。古代ガレノス的世界とは根本的に異なる、肉体の<再性化resexualization>が起こることによって、生殖器官とは別に重要な性差が存在するかどうかという疑問が新たに科学者共同体にもたらされたのである。

近代解剖学の父とされるヴェサリウスは性差を性器に限定し、性器以外の差異については概して無頓着であったが、18世紀になると性は身体全体に関わり、男女それぞれの骨格像が描き分けられた。骨であるところがミソである。性差が明らかな肌の部分はいずれ朽ちて失われる。身体の最深部の性差こそ「柔肌に秘められた女らしさ」であり、肉も皮も全部剥いでしまった根本的部分での男女の差こそ重大とされた。性差は性器だけではなく身体全体を貫き、しかも容易に朽ちない骨格にまで貫徹しているというわけだ。図4と図5で、理性の砦である頭、首の長さ、肩幅、骨盤の大きさ、足元などを見比べて欲しい。女性の方はつま先立ってハイヒールを履いているかのようである。

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エディンバラの解剖学者バークレー(Barclay)は両性の骨格を象徴する動物を男女のそれぞれの骨格図に描き込んだ(図4と図5参照)。男性には騎士の時代を象徴するウマである。ビュフォンの動物分類で人間の次に来る分類項目は類人猿ではなくウマであることからも、この動物の重要性がわかる1。女性の骨格の象徴は、長い首、小さな頭、体比率最大の骨盤をもつダチョウである。女性の身体は、まさに骨盤に象徴されるということからダチョウが描き込まれている。単純比較では女性の頭部は男性頭部より小さいが、体比率でいくと女性の頭のほうが大きいという事実が判明したときに、男性解剖学者はそれを女性の子供っぽさの証拠とした。女性の大きい骨盤は頭のおおきな男児を出産するための装備であり、後述する女性の豊な乳房は子育てのための装備と規定されていたのである。さらに性差は文明の進展に伴って拡大すると信じられており、黒人や他の人種の男女と比較して、最も文明が進んでいるヨーロッパで、性差が最も顕著であるとされた。身体それ自体が語ることに解剖学者が忠実であるとすれば、両性間および人種間に不平等をもたらしたのは、人間ではなく自然だということになる。この言い方が1つのポイントで、男性が女性を差別して、女性は家庭に、子育てにというのではなく、女性の身体は自然の所産であり、男女の差は自然なもの、したがって両性に同じ仕事や能力が期待されないのは当然とされた。自然(科学)を拠り所にする性差論の強みである。

(2)補完性の原理

A-8「補完性の勝利」では、性差の探求を本当に推進した力は政治的なものだったことが示される。啓蒙思想家の課題は、人間は生まれながらに平等であるという命題と女性の従属とをどう折り合わせるかであった。女性を男性の出来損ないとして済ますことのできた時代は別として、平等思想が浸透すれば男女の不平等に疑問が集中する。そこで登場するのが「補完性の原理」である。男女の解剖学的・生理学的差異の発見は、男性の特権を確実で普遍的なものとする一方で、女性を男性とは違うところで生きるよう運命づける証拠となり、男女の関係が補完的なものであることを示した。

A-8の細目「家庭の責務」は、Woman Questionに対する答えとして、性の補完性が主張されたことを論じている。Woman Questionとは、女性と問題とが単に結合しただけのものではなく、西洋で長い伝統を持つ「女性の身分を問う」重要なキーワードである。性の補完性は、男女を肉体的にも精神的にも補完的で正反対のものと規定し、2性モデル確立後の独立した性である女性の「家庭の責務」を根拠付けた。補完性の原理を介入させれば、性別による労働の分業も解剖学が保証するのである。

18世紀後半の産業革命盛んなりし頃、多くの労働力が必要とされ、高い乳児死亡率を押さえ込む対策が識者図4 男性の骨格とウマの骨格図5 女性の骨格とダチョウの骨格の課題となった。この課題がB『女性を弄ぶ博物学』の第2章「なぜ哺乳類は哺乳類と呼ばれるのか?」と関係している。これは、文化とは無関係に決まっていそうに思われる動物の分類名が、社会的な背景を色濃く背負って誕生したものであることを明らかにした彼女の傑作である(後述)。

性の補完性原理の魅力は、肉体的差異が社会的安定を保つために自然が用意した仕掛けであると主張したところにあった。科学的な議論に持ち込むことによって、客観性を保証しようというわけだ。続く小項目として登場する「補完性の政治的基盤」は、補完性の原理が自由主義を基盤とする私的領域や女性の立場を支持していることを明確にしようとしたものである。例えば、ルソー(Rousseau)らは男女の領域を別々にするために、両者は同一基準では測れないものだと主張した。男女の関係は契約関係ではなく、愛情を基盤にした関係とされたことは意味深長である。契約関係であれば、雇用主と労働者は契約上対等とされ得ても、男女の関係は契約ではなく、互いを求め合う宿命とされたからである。巧妙なことに男女の関係は、競争(compete)するものではなくて完成(complete)し合うものとされた。続いて「医学的証拠の不均衡」「男らしさ、社会的価値の尺度」の細目が並ぶ。前者は、科学的事実が社会的刻印に優先すること、すなわち骨が示していることは社会的な男女関係よりも根源的なこととされ、解剖学者と補完論者の共同作業を通して女性を男性に従属する性とする規定が完成された。

平等論者の言い分では、改革を必要とするのは男性でも社会でもなく、女性の側であった。「あなたたちが平等でありたいなら、男性並みになれ」というわけだ。男女の差を取り払うということは、男性に同化する方向で議論されてきたが、シービンガーの論点は、男性を変え、社会を変える方向であり、女性が男性並みになって科学に携わるというのではなく、科学の方も女性が参入しやすいシステムを作るべきだとする。そうでなければ女性の参画は一時的なものに終わり、科学が男女の恒久的な制度にはなりえないと彼女は強調する。「科学からの女性の追放」で語られるのは、女性が科学者になれないということではなく、「女らしさ」で括られるものの全体が科学から追放されたことを示している。

A-8最後は「大衆の科学とヴァーチュオーソの衰退」と「植物学は女性的であったか」である。先に述べた「学術文体」の変化、女性にも親しみやすい対話形式の放棄などによって大衆科学は次第に男性化した文化となり、専門化していくことになった。一方で植物学は少し事情が異なる。18世紀の初め(1735年)リンネは性を植物分類の鍵としたが、性の部分を伏せることによって植物学はその後も女性に好ましい大衆科学と推奨された。「植物学は女性的であったか」はA-8からは逸脱するような項目であるが、著作Bの第1章に明確に引き継がれ、植物の性の発見から、恋愛結婚の誕生といった社会的背景まで含めて植物学は「科学とジェンダー」に格好の事例を提供することになる(後述)。

補完性の原理は、科学や社会活動、権力などにおける男女の特性や美点を新時代のために再公式化し、続く19世紀に男女の明確な棲み分けをもたらした。A-9「閉ざされた公の道」は、補完性の原理によって家庭は社会的に孤立した場となり、科学は一層の専門化を遂げて女性の参入が不可能になっていく様子が描かれている。

公私の領域の二極分化とは、17世紀には家庭で科学研究ということがありえたとしても、19世紀には家庭は暖炉と家族の私的領域に、科学は産業や大学の公的領域に、前者が女性の領域、後者が男性の領域となることであった。シービンガーがA-9で挙げた4人の事例については、今日多少異論も存在するので省略する2。

A-10は3項目「特権的な科学の声」「規範の構造」「性差の科学的保証」から成るが、字面から分かるように概ね既述の事柄を扱っている。シービンガーは、科学がもっぱら男性によって担われ、近代科学が女性性を排斥する方向に発展を遂げたことを重大な欠陥と捉えて、ヨーロッパ文化は過去の一部を喪失したと嘆く。そしてこの是正のために今こそ科学と社会の両方が変革されねばならないと訴えるのである。

4.知識の問題

(1)動植物の分類

動物に性があることは論じるまでもないことであるが、植物にも性があるということは、ようやく2性モデルが出てくる頃に明確化したことで、この経緯を論じたのがB-1である。西洋ではおしべはStamen、めしべはPistilと名づけられ、それらは性と関係しない縦糸状のもの、乳棒状のものという形状に由来するものであった。ちなみに日本でも江戸時代に宇田川榕庵が性と無関係な名前、髭蕊(おしべに相当)と心蕊(めしべに相当)を記している。明治期になってリンネの植物学を日本に紹介した伊藤圭介が、おしべとめしべという雄と雌に呼応する名前を考案し、以来日本語では植物の性は暗黙の了解となるが、西洋ではStamenとPistilがそのまま踏襲され、字面から性が自明というわけではない。1735年にリンネは植物の性を明記した。彼は性にこだわり、おしべを夫、めしべを妻とする新婚家庭に花をなぞらえた。リンネの理想は一夫一婦制であったにもかかわらず、一般にはめしべ1本におしべ数本という花が多く、彼にはそれが悩ましかったことだろう。それはともかく、彼は生殖器官に注目して分類を企て、夫であるStamenの数を上位の分類項目とし、妻であるPistilの数を下位項目にした。常識からすると、数が限定的なめしべを基準にし、おしべの数をその下にするほうが合理的と思われるが、リンネには男性優位の社会をそのまま反映させた分類しか考えられなかったのだろう。先に述べたように、植物学は女性に好ましい学問とされたが、植物が性生活を営んでいることは若い女性に教えられるべきではなく、<脱性化>された植物学が教授された。18世紀には植物の性に否定的な人もまだ多く、『ブリタニカ百科事典』の初版編集長スメリー(Smellie)は批判の急先鋒であった。性を提唱するリンネですら自家受粉の両性花をあるべき姿としていたので、一面に花粉が飛散して受精が行なわれる他花受粉の様は、淫らそのもの、あるまじき事柄と非難された。

とにかく植物における性の発見の衝撃は大きく、E・ダーウィン(チャールズの祖父)らは植物を極度にセクシュアルに描き出した。B-1は、花の構造や分類にジェンダーが色濃く反映していることを示すおもしろい事例紹介である。

B-2は哺乳類Mammaliaという分類項目が、高い乳児死亡率をいかに下げるべきかという社会的要請と強い関わりをもって成立したという興味深い話である。これはC-8にも再登場するシービンガー自慢の研究である。日本語の哺乳類では想像し難いが、mammaが乳房であるからMammaliaは乳房類であり、他の分類名に比べ著しくジェンダー的に偏った名である。アリストテレスの伝統では人間は別格として、四足動物が1つの分類項目であったが、18世紀になると四足動物で近縁の動物を本当に括り得ているのか疑問とされた。乳房類共通の特質は①Mammary gland(乳腺)②側頭鱗と歯骨によって形成される顎関節③鼓膜と内耳を繋ぐ耳小骨が3つからなる④体毛または毛皮がある⑤体循環に左大動脈弓のみ⑥歯根が分岐した臼歯をもつなどが、今日挙げられる。私たちが獣(けもの)と呼ぶ動物は、「毛物」なので、日本語の獣は毛で覆われている動物を括っており、哺乳類全体をうまく捉えている。

6つの特質は同等としても、②や③の確認は困難で、単純で分かりやすいのは④であり、西洋でも被毛類「ピローサ」という呼称は比較的支持を得ていたのである。ところが、リンネは乳房に注目した。医者でもあったリンネは1752年に、乳母制度の弊害を説く論文を執筆した。当時の女性は自分で子供を育てないで田舎の乳母に預けることが慣習化していたので、彼は乳母制度が自然の法則に反する理由を述べ、人間も他の動物と同じように自分の乳房で子供を育てるべきだ主張した。そうすることが赤ん坊を健康に育て、母親も出るべき乳を押さえ込まずにすみ、産後の健康回復になると考えた。

18世紀は乳母制度の全盛期で多くの子供が田舎に預けられたが、貧しい農家の妻に元来他人の子供まで育てる余裕はなく、世話も栄養も行き渡らず高い乳児死亡率は当然の結果であった。そうした状況で、ルソーやキャドガン(Cadogan)も母乳保育を説き、政府は労働力確保のために高い乳児死亡率を憂慮していた。今日では乳腺が乳房類共通の特徴であるが、リンネは乳房を共通項目と考え、四足動物に代わる動物分類名を創案するとき、数ある選択肢の中から乳房を選んだ。

女性の骨盤が頭の大きい男児を産むためのものであるなら、乳房は子を大きく育てるためのものとされ、まさに社会的な要請に応える形でリンネの乳房類は誕生した。前にも述べたように、性器の部分だけの性差ではなく、骨盤も乳房も女性の社会的役割を見越して自然が準備した装置と捉えられた。リンネという博物学者を通して、18世紀の社会が選び取った分類名こそ乳房類であった。乳母制度が実母と赤ん坊の双方に有害だというなら、街の中に共同保育所を作ることもありえただろう。そうすれば、女性は社会との繋がりを保ちつつ子育てすることも可能であっただろう。しかし身体という自然に刻印された性差は、男女の分業の方向しか指し示さなかったのである。

(2)誰が科学研究をするか

ライオンのように雌雄の判別が容易な動物もいるが、多くの動物で即座に雌雄を言い当てる事は困難である。しかし18世紀には、雌であれば何であれ慎み深くあるはずとされていたので、雌の類人猿は異様なまでに慎み深く女らしく描かれた。2性モデルが誕生して、雄と雌は性器以外にも明確な違いが身体全体に行き渡たり性差が強調され、女性に望まれる徳目である慎み深さは動物の世界にも色濃く浸透した。これを論じたのがB-3の「類人猿の男らしさ、女らしさ」である。シービンガーが挙げている最も顕著な例は、ビュフォンの『博物誌』の雌のポンゴである(図6)。長い手指やほっそりした体躯、横座りというポジションの取り方、流し目のように見える目などどれも女らしいもので、ジェンダーが見事に投影された事例である3。問題は類人猿に関する研究項目である。男性博物学者の類人猿研究は、人間の女性と雌の類人猿との性的比較にひどく偏り、類人猿の月経やクリトリスどころか処女膜の研究までされた。処女膜を、幾人かの博物学者は、人間の女性だけに恵まれた純潔の守護神と考え、幾人かは男性の作った架空のものと考えた。誰が科学をするかに関係する問題提起が、ここに立ち現れる。

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誰が研究をするかによって、どんなテーマ設定にするかが大いに異なる。B-3最後で紹介される女性霊長類研究者アルトマン(Altmann)は、男性研究者が好む劇的な出来事ではなく、子育てなどメスを取り巻く持続的なことに焦点を定めて研究を行なった。彼女に続く20世紀後半の霊長類研究については、C-7で語られる。女性研究者の登場によって霊長類のメスの再評価が行なわれ、霊長類学は一大変貌を遂げるのである。考古学についても共通する問題意識が見られ、男性研究者だけが考古学に従事していたときには、男性の狩りが部族の貴重な食糧源とされていたが、女性研究者の参入によって女性がさまざまな植物採取で生活を支える場面がもっと大きく評価されるようになった。これはB-6「誰が科学をすべきか?」につながっており、誰が研究するかによって、研究方法と中身は大いに異なってくるのである。ここに科学者のジェンダー・バランスの重要性を見取ることもできよう。

(3)文化に左右される科学

「補完性の勝利」は男女の解剖学的差であるが、B-4「差異の解剖学」になると人種による差異の研究事例が挙げられる。あごひげが、人種の分類の重要な指標になった例が興味深い。大英博物館でアッシリアの壁画を見ると、男性は立派なひげを蓄えている。また古代エジプトの石像を見ると、長方形の棒があごにぶら下がっているように見えるが、それは象徴的なあごひげである。女性にはないからかもしれないが、あごひげのように剃ればなくなる第2次性徴が人種区分の重要なポイントになっていたのは異様である。

次に何ゆえ白色人種がコケイジャンと呼ばれるのかも問題にされる。18世紀コーカサス山脈の麓にあるグルジアは、類まれな女性の美しさで当時の人類学者を魅了し、聖書の話とも相まって、ヨーロッパの人々の祖先がコーカサスの山脈の麓に誕生したと考えられた。美が人種分類の基準になり、白色人種はコーカサスから派生してコケイジャンという名前になったという。もっと重大な理由によって決定されてきたとばかり思われていた事が、意外に主観的な理由であることに驚かされる。

B-5「ジェンダーと人種の理論」では、19世紀初め南アフリカから連れてこられたホッテントットの女性が巨大なお尻やエプロンという変形した性器を持っていたことからロンドンやパリで見せ物になり、彼女の性器に興味をもった当時の一流博物学者が彼女の人権を無視して研究をしたことが紹介される。科学研究をする側、される側に人種差別が影を落している。

著作Bでは、18世紀の博物学や文化人類学的なものを扱い、著作C『ジェンダーは科学を変える!?』になると、今日の研究にジェンダーがどのように投影されているかに重点が移っている。例えばC-8「生物学」では、精子に男らしさ、卵に女らしさが投影され、大腸菌に至るまで生物学の知識にどのようにジェンダーが反映しているかが論じられる4。そしてC-9「物理学と数学」では、物理学や数学それ自体に具体的なジェンダー例を出すことは難しく、教育の場面が中心に論じられる。研究対象に性がない場合、知識の問題としてジェンダーを扱うのはいささか困難なようである。しかし、シービンガーは、物理学とジェンダー問題との両方に通じている研究者が出てくれば、その辺も明らかになるだろうと楽観的である。最後がやや困難な事例になってしまったが、ジェンダーの批判的理解を科学に組み込むことによって、人間の知識は全く異なった様相をもって捉えなおすことができるのである。そして現在の科学知識・科学政策についてもジェンダー分析を道具として、科学の恩恵をより公平でより十全なものにしていかなければならないのである。

以上シービンガーの3著作を概観してみると、いささかも揺らぐことのないフェミニスト的視点とバランス感覚のよさに感心させられる。堅実な歴史書である処女作を土台に2作目、3作目と進むにしたがい、科学知識のジェンダー分析や政策的問題に踏み込んで新分野を開拓した著者の努力は高く評価されるべきだろう。具体例に基づく分かりやすい内容と深く鋭い分析は、シービンガーを文句なくこの分野の第一人者たらしめている。

【註】
1 ウマが描かれた理由にウマの知性に対する当時の高い評価として『ガリヴァ旅行記』の第4話「フウイヌムの国」の事例を挙げることができる(弓削尚子さんコメント)。
2 とくにドロテア・エルクスレーベンの記載についてはこの10年に研究が進み、彼女の社会的活躍が明らかになっている(弓削尚子さんコメント)。
3 このポンゴを雌と断定することに筆者はやや疑問を持っている。拙著『フェミニズムと科学/技術』岩波書店、2001、166-167頁。
4 精子や卵子などの生殖細胞が配偶子(gamete)と呼ばれることについて、人間の夫婦(配偶)の投影であるとの興味深い指摘がされた(舘かおるさんコメント)。英語のgameteもギリシア語のgameinすなわち「結婚する」に由来している。
 
【図の出典】

図3 J. Donnison, Midwives and Medical Men(London:Historical Publications, 1988).
図4・5 J. Barclay, The Anatomy of the Bones of the Human Body( Edinburgh, 1829) Reproduced by permission of The Royal College of Surgeons of Edinburgh.
図6 P. A. Latreille, Histoire Naturelle des Singes,Faisant Partie de Celle des Quadrupe`des de Buffon ( Paris, 1801) Reproduced by permisson of The Royal College of Surgeons of Edinburgh.

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「ロンダ・シービンガーの科学史・科学政策研究」(小川眞里子)(お茶の水女子大学FーGENSジャーナル1号、2003年)PDF

関連ページ

Global History of Women and Gender in Science(Londa Schiebinger)

シービンガーの著作(翻訳)

6-科学史から消された女性たちA The Mind Has No Sex?: Women in the Origins of Modern Science(Harvard University Press, 1989)
邦訳『科学史から消された女性たち』工作舎、1992年

 

 

 

5-女性を弄ぶ博物学B Nature’s Body: Gender in the Making of Modern Science(Boston: Beacon Press, 1993)
邦訳『女性を弄ぶ博物学』工作舎、1996年

 

 

 

3-ジェンダーは科学を変える!?C Has Feminism Changed Science? (Harvard University Press, 1999)
邦訳『ジェンダーは科学を変える!?』工作舎、2002年