【補論】理系女性に期待する欧州の研究戦略

掲載:2018-07-09 執筆:小川眞里子

◆イギリスWISEの活動

EU加盟国の中でも比較的早くに理系分野における女性人材の育成・登用問題に取り組んだのはイギリスである。産業界の人材不足問題が厳しくなる中、1980年に問題解決に向けた提言として、女性と女子のSTEM*分野に対するイメージの向上を図るべきことが打ち出された。こうしてまとめられたフィニストン報告を受けて1984年に工学協会と雇用機会均等委員会とが協力してWISE(women into science and engineering)が結成され、活動を開始した。WISEと大書されたバスに女子中学生を乗せて、サッチャー首相の官邸前を出発して各種の業種見学を行うプログラムは注目された。2005年にはSTEMM*分野での女性の雇用促進を掲げるAthena SWANも発足し発展を遂げている。こちらの金銀銅賞の評価システムはEUのみならず世界的に注目を集めている。

◆欧州委員会を動かした告発事件

1996年スウェーデンのヨーテボリ大学教授ウェナラスとウォルトは、生体医学の博士号取得者の44%が女性であるにもかかわらず、ポスドクの地位に就くのは25%、正規の職に就くのは7%に過ぎない事実を嘆いていた。スウェーデン医学研究評議会の助成金の獲得は20:1の男女比であることに疑問を抱いた二人は応募状況・審査過程を問い合わせたが、書類は破棄されたとの回答であった。しかし書類は破棄されていないという内部告発を受けて、徹底調査に乗り出し審査過程に明らかな身内贔屓と性差別が働いていることを突き止めた。彼女たちはその調査結果を論文にまとめ、『ネイチャー』に投稿した。これによって、女性研究者の少なさが男女の能力の優劣によるものではないことが示され、公平な処遇を求めて欧州での闘いが始まった。

◆欧州委員会による研究分野の男女平等

1995-99年を在任期間とする欧州委員会(EC)研究担当相に就任したクレッソンに、理系研究者から様々な課題が寄せられ、問題の解決に向けて1998年ブリュッセルで国際会議「女性と科学」が開催された。またイギリス選出の欧州議会議員マクナリーらの尽力もあってECの政策枠組み第5次フレームワーク・プログラムは、研究分野における男女平等を前面に掲げた。ECは2000年にシンポジウム「科学と女性:変化を起こそう」を開催し、研究総局内に「女性と科学」ユニットを発足させた。

◆ETANグループとHELSINKIグループ

「女性と科学」に関する政策作成グループと各国の行政官によるEU全体の統計作成グループとが1998年に発足し、2000年に『ETANレポート』と『HELSINKIレポート』を出版した。前者は様々な政策課題に沿った種々の報告書として、後者は3年ごとに出版される詳細な統計書『She Figures』として引き継がれている。

◆統計でリードするECの女性研究者支援

EUの女性研究者の増加をめざして3年ごとに更新される『She Figures』 は2003年に始まり、常に新たな指標の開発を加えて進化し続けている。「統計なくして問題なし、問題なくして政策なし」をモットーに、数値に語らせることに力が注がれている。男女研究者の賃金格差はもちろん、雇用形態、助成金獲得、研究拠点の可動性など詳細な比較に踏み込んで、不平等の是正に働きかけている。

◆産業界へ女性を

ECは2003年に「産業界における女性の活躍促進」をテーマに専門委員会を発足させ、Women in Industrial Research: A wake up call for European Industryを2004年に出版しWIRを重要部門と位置付けた。競争力ある知識基盤社会の達成に女性の研究部門への積極的な参画を不可欠とし、それはジェンダー平等の観点からのみならず経済的利益の面からも女性の活躍が喫緊の課題であることが強調された。

◆ジェンダー・サミットの開催

世界中を巻き込んで理系女性の活躍を後押しするNPO組織によりGender Summitが開催されている。2011年にベルギーで始まり、2015年に南アフリカと韓国で第5回、第6回が開催され、日本でも2017年にジェンダー・サミット10が開催された。

◆EUの科学技術分野のジェンダー主流化の出発点『ETANレポート』

レポートは序章に続いて8章構成。①科学分野における女性の現状 ②理系研究職の質と公正さ ③公正な査読システムと公正な助成金配分 ④科学政策の策定 ⑤次世代科学者の育成と科学の脱ステレオタイプ化 ⑥研究機関や企業における平等の主流化 ⑦科学分野における性別統計(不平等の測定) ⑧変化を起こそう

*STEM=Science, Technology, Engineering, Mathematics, STEMM=STEM+Medicine, 最近は文系分野をまとめたAHSSBL=Arts, Humanities, Social Sciences, Business, Lawも登場。

参考文献

  • リュープザーメン=ヴァイクマン他 『科学技術とジェンダー: EUの女性科学技術者政策』 小川眞里子・飯島亜衣共訳  明石書店 2004年
  • ドゥワンドル「ヨーロッパの科学研究におけるジェンダー平等の推進」小川眞里子・飯島亜衣訳 舘かおる編著『テクノ/バイオ・ポリティクス』作品社 2009年 93-113.
  • 「EUにおける女性研究者政策の10年」『人文論叢』(三重大学人文学部文化学科研究紀要) 第29号 2012年 pp. 147-162.