歴史を読み直す視点としてのジェンダー

掲載:2014.02.27 執筆:姫岡とし子

◆あたらしい女性史の登場

歴史の見え方は、見る観点によってまったく異なってくる。為政者や権力闘争、あるいは社会構造を中心に歴史を見ていた1970年以前の歴史叙述には、女性は一部をのぞいて登場しなかった。この状況を変えたのがフェミニズムの興隆で、女性の過去について知りたかったフェミニストは、女性の視点から歴史を考察しはじめた。同時期に台頭していた普通の人に焦点をあてる下からの社会史もフェミニスト歴史研究者に大きな影響を与え、70年代半ばに「あたらしい女性史」研究が誕生する。

あたらしい女性史は、女性は歴史に規定される受動的な存在、あるいは歴史の被害者という従来の見方を斥け、普通の女たちの日常生活に目を向けて、彼女たちを、歴史を動かす主体ととらえた。あたらしい女性史の目的は、何よりも女性の歴史経験を可視化することにあった。そして、女性の視点の導入によって男性中心の歴史研究にパースペクティブの転換をせまり、歴史叙述全体を男女両性の体験をふまえたものに書き直そうとしたのである。

女性の可視化のためには、女性の居場所に注目し、その歴史的意味や役割を問わなければならない。その結果、公領域中心だった歴史研究の対象が私領域にまで拡大され、公領域における女性の活動も私領域との関連のなかで捉えられた。たとえば、私領域をベースにした女性運動や福祉活動の展開と女性の公領域への進出である。女性の就業労働も家や家族との関連で見直され、家内労働など視野から抜け落ちていた多くの労働が可視化されて、従来の労働概念がいかに男性中心に構成されていたかが浮き彫りにされた。女性解放や女性就業の拡大につながったと肯定的に捉えられていた近代把握に関しても、近代におけるあらたな女性抑圧的ジェンダー規範や役割分担の登場を指摘することによって、否定的な側面も明らかにした。それと同時に「女性の天職」されていた家事や育児も、近代に登場した歴史的形成物であることが明らかになったが、女性の視点なくしては、こうした事柄が解明されることはなかったといえる。

◆女性史からジェンダー史へ

51S6WDBCV2L._AA160_80年代は女性史研究の黄金期で、女性が歴史の表舞台に登場し、膨大な研究成果が蓄積された。その結果、女性の歴史的経験が明らかになり、従来とは異なる歴史像が提示されたが、にもかかわらず、女性史のめざした全体史の書きかえにはいたらなかった。女性史が全体史から孤立して、「特殊で別個な女性史の枠内の問題」となってしまったのである。こうした状況の変革を目指し、女性史をジェンダー史へと転換させる契機を作ったのが、1989年に出版されたスコット著『ジェンダーと歴史学』である。彼女は、ジェンダーを「身体的性差に意味を付与する知」と簡潔に定義し、ジェンダー・カテゴリーの歴史分析への適用を主張した。ジェンダー概念の最大のメッセージは「性差は作られる」ということで、ジェンダー史も性差は本質的なものではなく、「真理」を規定しうる権力としての「知」により身体的性差にさまざまな意味が付与されて、女/男が歴史的に差異化されていくというところから出発する。こうして構築されるジェンダーは、政治・経済・社会・文化というあらゆる領域において秩序化や差異化、序列化が行われる基盤となり、規範や価値観、アイデンティティを形成し、行動様式や活動空間を規定し、法律や制度のなかに組み込まれるなど、まさに構造を作りだす力として作用する。ジェンダー史は、女/男の差異化の過程を把握し、その上でジェンダーが作りだす構造を解明し、それが歴史のなかで、どう作用して、どのような歴史的帰結につながっていったのかを読み解いていく(→*【総論5】身体をどう読むか?(荻野美穂))。

◆歴史研究とジェンダー 

女性が可視化されても男性中心の一般史という性格が揺らがなかった理由の一つに、一般史が語る人間、市民、労働者などが、男性中心だったにもかかわらず、男性とは意識されず、ジェンダーに無関係な中性的存在か、あるいは男女双方を含むものとして考察されてきたことが挙げられる。その結果、女性だけが特殊な存在となり、従来の歴史研究が対象としてきた男性は、普遍的な人間一般とみなされ続けたのである。これに対してジェンダー史は、男性も歴史的に構築されたジェンダー的存在として考察の俎上にのせ、男性性が歴史のなかではたす役割を問うと同時に、普遍や一般という意味の問い直しを行っている(→*【総論6】男性性(マスキュリニティ)の歴史(三成美保))。ジェンダーの視点が導入されたことにより、軍隊など女性が不在の領域、あるいはナショナリズム、文化、階級など、ジェンダーに無関係と考えられがちな分野でも、それらが、いかにジェンダー(男性性/女性性)に依拠して形成されているかが検討されるようになった。そして、現在では、ジェンダー史と銘打たない研究のなかに、数は少ないけれども、ジェンダー視点を導入した考察をある部分に織り込むものが登場するようになっている。(姫岡)(参考:『読み替える(世界史篇)』2014年)