小川眞里子「EUにおける女性研究者政策の10年」(2012年)

更新(本文全文掲載):2015-12-12 掲載:2014.6.10 執筆:小川眞里子

<要旨>欧州連合(EU)の女性研究者政策は、2000年に出版された『ETANレポート』と『Helsinkiレポート』から本格化し、10年余が経過した。この間の組織上の大きな変化は、2004年から加盟国が15から25カ国になったことである。旧共産圏で比較的男女の格差が少ない新参加国と従来の15カ国とでは、女性研究者を取り巻く環境に大きな違いがあって一律の評価は難しい。最初の2つのレポートは欧州の政策の2方向を象徴するもので、一方で雇用や研究助成金の平等性と人事や査読過程の透明性が求められてきたし、他方で徹底した性別統計の集積による現状分析が追求されてきた。『ETANレポート』の継承発展はMapping the mazeやThe gender challenge in research fundingで行われ、『Helsinkiレポート』の後継報告書は、Benchmarking policy measures for gender equality in scienceであり、数値に特化したデータ集SheFiguresもユニークだ。産業界で活躍する女性研究者(WIR)の現状を把握し、民間部門での女性の活躍拡大に向けた政策展開も注目される。さらなる注目は、25カ国体制移行にともないETANに呼応して旧共産圏の国々でENWISEが結成されたことである。10年の政策を振り返って、Stocktaking 10 years of “Women in Science” policy by the EC 1999-2009(2010)が出版され、めざすべきはEU全体でジェンダーの構造的変化を起こすことであるとしている。

(出典)人文論叢(三重大学)第29号2012「EUにおける女性研究者政策の10年*」小川眞里子
*本稿は2010年6月に国立女性教育会館で行った講演をもとに改稿したものである。

はじめに

EUが本格的に女性研究者支援政策を打ち出して10年余が経過した(1)。本稿では政策展開の紹介を行うとともに、実際にEUでどのような発展が見られたのかについて検証を行っていきたい。EUにおける女性研究者支援の新しい政策はほぼ2000年にスタートしたと考えられている。その新しい政策の始まりを象徴する2つの刊行物が『ETANレポート』と『Helsinkiレポート』であることは、現在ではこの分野の周知の事実と言ってよいであろう。これについては本文最初で紹介するとして、EUの「女性と科学」ユニットの成立とその簡単な歴史、および2000年以前の状況について若干述べておきたい。

1997年『ネイチャー』に掲載された1つの論文が、EUの学術界に大きな衝撃を齎すことになった(2)。論文「査読過程における贔屓と性差別」は、スウェーデンのイェーテボリ大学の二人の女性研究者アグネス・ウォルド(Agnes Wold)とクリスティーヌ・ウエナラス(Christine Wenneras)が公表したもので、当然のごとく公正と信じられていた科学論文の査読過程に明らかにジェンダー・バイアスがかかっていることを暴露した。彼女たちはポスドク候補者の論文評価についてスウェーデン医学研究評議会(MRC)の査読にバイアスがかかっていることを実証して見せたのである。女性研究者に対するこうした差別が白日の下に晒されてみると、女性たちは結束してことを起こす必要を強く自覚することになった。

そうした状況で、1995-99年を在任期間として研究担当のコミッショナー(欧州委員会委員)に就任していたエディット・クレッソン(Edith Cresson)の存在は、EUの女性研究者たちに大きな力を与えることになったと見られている。彼女はフランス史上初の女性首相経験者であるが、日本に対する差別的発言で知られ、彼女の評価は大きく分かれる面もあるが、とにかく女性のコミッショナーということで、理系女性研究者から様々な問題が持ち込まれ、それらを集約する形で1998年4月にブリュッセルで国際会議「女性と科学」が開催されたことは1つの大きな収穫に数えられる(3)。

上記国際会議「女性と科学」ではクレッソンと共に、欧州議会のエリル・M・マクナリー(Eryl Margaret McNally)の尽力も特筆すべきものがあった。彼女はイギリスからの欧州議会の議員で研究政策の策定過程に重要な影響力をもっており、2つの重要な委員会の委員であった。1つは「研究、技術開発、エネルギー委員会」もう1つは「女性の権利委員会」である。

前者の委員会には多くの女性がメンバーに名を連ね、とりわけ副委員長として活躍したゴッドリーヴ・クイストハウト-ローヴォル(Godelieve Quisthoudt-Rowohl)は、科学技術分野における女性の活躍に深い理解を示し、彼女とマクナリーはともに会議の冒頭で力強いエールとなる挨拶を行った(4)。こうした欧州議会議員の関与によって、第5次フレームワーク・プログラム(1998-2002)(以下FP5のように略記)ではジェンダー平等を大きく扱うべきことが明確にされたのである(5)。

EUは2000年4月にブリュッセルでもう1度Women and Science :Making Change Happenを開催し、前回の参加者はEUメンバーに限られていたが、ここで初めてアメリカからペンシルヴェニア州立大学教授ロンダ・シービンガーが招かれて基調報告を行い、EUの会議は国際的な色調を強めて明確なスタートを切ることになったのである(6)。これ以降、研究総局に「女性と科学」ユニットがスタートし、ニコル・ドワンドルが率いることになった(7)。

1.『ETANレポート』と『Helsinkiレポート』

EUにおける女性研究者支援政策は、2000年に向けて2つの重要なプログラムが開始されることになったことと連動している。1つはETANグループの結成である。ETANはEuropean Technology Assessment Networkの頭字語で、正式にはETAN Expert Working Group on Women and Scienceであり、通称『ETANレポート』と呼ばれている報告書の正式名は、上記ワーキング・グループによって欧州委員会のために用意された報告書で、『EUにおける科学政策:ジェンダー平等を主流化することを通して卓越性を推進する』Science Policies in the European Union :Promoting Excellence through Mainstreaming Gender Equalityである。委員長はマックスプランク研究所の細胞生物学者メアリー・オズボーンが務め、報告書作成者はカーディフ大学の社会学教授テレサ・リーズが務め、ほか10名の委員から成るものであった。
欧州委員会の主流化政策は次の3本の柱からなる。平等な処遇equal treatment、ポジティヴ・アクションpositive action、平等施策の主流化mainstreaming equalityの3つである。最近ではメインストリーミングという片仮名でも比較的通るようになってきているが、最初にこの用語に出会ったときは、概念の分かりにくさに閉口したものだ。制度も組織も政策もありとあらゆるところにジェンダー平等が溶かし込まれるべきだとする政策である。これをもう少し具体化すると、以下のようになる。

科学技術分野における女性人材の少なさ(under-representation)、とりわけ意思決定機関における女性人材の少なさは、早くも1988年頃から委員会では注目されてきている。共通の認識として求められているのは、公正Equity(ジェンダー差別は人権の侵害)、卓越Excellence(女性科学者の少なさが卓越性を脅かす)、効力Efficacy(若手科学者が減少する中、両性を視野に入れなければ高齢化社会は乗り切れない)、効率Efficiency(教育・訓練に加え、若い女性科学者のスキルが雇用の中で生かされなければ人的資源の浪費)の4点であった。

レポートはイントロダクションに続いて8章構成となっており大まかに言えば、①科学分野における女性の現状分析、②理系研究職の質と公正さ、③公正な査読システムと公正な助成金配分、④科学政策の形成、⑤次世代科学者の育成と科学の脱ステレオタイプ化、⑥研究機関や企業で平等を主流化する、⑦科学分野における性別統計(不平等の測定)、⑧変化を起こそう、という構成になっておりどの項目も第6次、第7次のフレームワーク・プログラム(FP6、FP7)でも引き継がれてきているテーマである。これらの項目のうち⑦として挙げた性別統計が、EUにおける「女性と科学」政策出発の車の両輪をなす2つのレポートのうちのもう一方である『Helsinkiレポート』に深く関係するものである。

『Helsinkiレポート』はFP5(1998-2002)のEU 15の加盟国と15の関係国の公務員からジェンダー問題の専門家を選抜して基礎的な統計資料の作成を開始したものである。レポートに冠されたHelsinkiは、最初の会合が行われた都市に由来するものである。ETANグループが研究者を中心に構成されたのとは対比的に、作業グループに都市名を冠して呼ばれるヘルシンキ・グループは、それぞれの国の国家公務員で構成されている。そこには国ごとにデータ収集・蓄積の継承・継続が重要な要素として認識されている。

ヘルシンキ・グループのもっとも重要なテーマは、加盟国間で指標を定め持続的かつ徹底した統計の実践によって、「ジェンダーの不平等を測定」しようというものである。言葉ではなく徹底した性別統計による数値に語らせることの必要を明確に打ち出している。それが国境を越えたEUとしての現状分析の客観性の保証になっているのである。同レポートの付録3の各国1頁ずつの統計グラフ31頁分(ベルギーについては、フランダース地方とフランス語圏とが別集計)は、この後に出版されるSheFigures2003、SheFigures2006、SheFigures2009へと引き継がれていくのである。

2000年の段階では、各国のデータの足並みがまだ揃わないところが多々ある。職階ごとの女性比率と男性比率を出して折れ線グラフにした「はさみの図」は(図1参照挿絵は最新のもの)、今日きわめて有名なものであるが、この段階ではルクセンブルグにはそれに該当するデータがなく空欄になっている。各国わずか1頁ずつの枠内で人口の男女比、労働力の男女比、学生、博士課程終了後の学生などを示し、最後は助成金獲得の応募状況、採択状況なども示される。大学入学以降、男女の格差が拡大する一方のハサミの図、たとえばオランダやドイツなどがそれであるが、一方大学入学以降の大学院生や講師、准教授などの男女の比率が比較的等しいようなポルトガルやフィンランドにおいては、刃先だけは開いていても(職階の最終段階すなわちテニュアの教授職などの格差)、それ以外では比較的閉じたハサミの形を成しているところなど、職階ごとの男女比が明快である。

図1

ハサミのハサミたるゆえんは、大学入学時で女子の比率が男子を上回り、その後女子が下降線を辿るがために、男女の折れ線グラフが交差することにある。EUでもこの時点では、大学入学時の男女比は大半の国でほぼ等しい状況である。その後、女子の大学進学率が大幅に伸びて現在ではハサミ形状はほぼ当り前になっている。わが国では大学入学時点における男女比はまだ6:4であり、これが理系となると7:3の比率である。すなわちわが国も含め韓国や台湾では、大学入学時点で女子の比率が50%に達することなく、下降線をたどるので、グラフはクロスすることなく2本の箸のようである。

2.数値に語らせる

EUでは『Helsinkiレポート』の数値上の比較を精力的に推し進め、2003年にさまざまな男女別の統計数値を冊子にして公表することになった。それが前述したShe Figures2003であり、その後は3年ごとにデータが更新されてShe Figures 2006やShe Figures 2009へと継承されてきている。

表に数値を並べただけのデータであっても、それが性別統計として明示されるだけで随分と多くのことを教えてくれる。たとえば前述のハサミの図はそれまでは入学後の女子比率の経年的な脱落を意味する単純な下降線で示され、男女の比率は合計で100%であるから、女子の比率が分かれば男子の比率は自動的にわかってはいる。しかし、これを視覚化しハサミの図とした意義はきわめて大きい。実数ではなくパーセンテージの表示ではあるが、職階が上がるごとに男性が急速に占有率を大きくしていく状況は、女性の顕著な脱落を意味している。たとえば講師から准教授への昇進を考えてみよう。准教授になる予備群はほとんどその前段階である講師の職階に存在する。予備軍の大きさに見合うように昇進がなされるのであれば、グラフは平行線となっていくのであるが、女性は予備群に比して昇進しない。男性は予備群の比率を大きく上回って昇進しているということである。こうした数値化、可視化はジェンダー問題を考えるときの有効なツールである。

She Figuresは2003年には15か国の統計であったが、2006年版では2004年の加盟国の増大を受けてEU25か国の平均値が示されるようになった。ところが2009年版ではEU25か国の平均が示されるだけでなくEU15か国の平均も示され、先行する15か国と後から加盟した10か国の差が明示されるようになっている。この2004年の15か国体制から25か国体制への変化については、第4節ENWISEの結成で言及する。

「数値に語らせる」というグラフの好例を紹介したい。今日なお一般的でよく見慣れたグラフは、「研究者に占める女性割合の国際比較」(『男女共同参画白書』など)と呼ばれる世界各国における女性研究者の比率を示すグラフである(図2 グラフは最新のもの)。『男女共同参画白書』などに毎年更新されたグラフが掲載されてきている。後の比較のためにグラフ中段の米国とハンガリーに注目してみよう。両国の研究者の3人に1人は女性である。日本の女性研究者の比率がきわめて低いこと(当時は12%弱)にも注目しておこう(8)。後の比較というのは、2005年にOECDとフランス政府のジョイントで国際ワークショップ(2005年11月16-17日)が開催されたときに初めて目にしたものである。プログラム終了時に配布された『背景報告書』(Background Paper)には、興味深い図が掲載されていた(9)(図3アメリカ合衆国のデータだけは同時代のものを筆者が後から加えたものである)。これら2つの図の意味するところを考えてみよう。

図2

図3

図3に示された日本の女性研究者の総数は圧倒的多数である。そして雇用部門が、政府機関であるか民間機関であるかの違いも視覚化され、複数のファクターの容易な比較を可能にしている。それによって、女性研究者比率がほぼ33%というハンガリーと合衆国であるが、両国における女性研究者の実態(母集団の規模、雇用環境)の大きな違いが明瞭に示される。残念なことにその後は、そうしたグラフはまったく公表されないので、OECDのMISTのデータを利用して作成したのが図4である(10)。図4は2004年と2007年の女性研究者の状況を示している。多くの国で女性研究者の数の増大と彼女たちの雇用が民間部門へ拡大している様子が認められる。先に述べた「ハサミの図」といい、このような巧みなグラフは、我々の思考を大いに刺激してくれるものである。このようなグラフ化の上手さは、女性研究者支援開始以前からのユーロスタットEurostat(欧州委員会統計担当部局)の伝統に負うものであろう。そのような見事な実例を、第5節でも紹介したい。

図4

3.WIR(産業界で活躍する女性)

次にEUの女性研究者政策で明確に打ち出されたのは、産業界で活躍する女性の数を増やす努力である。その必要性は前節で紹介したグラフからも読み取れることである。『ETANレポート』が公共部門で研究に従事する女性に焦点を定めたものであるのに対し、研究担当コミッショナーフィリップ・ビュスカンは2002年1月に「産業界における女性研究者」専門家グループを発足させ、ヨーロッパ産業界における女性研究者の現状と展望をまとめるよう要請した(11)。グループは総勢47名(うち男性は8名)からなり、ヘルガ・リュープザーメン=ヴァイクマン(バイエル株式会社副社長・フランクフルト大学教授)とランヒルト・ゾルベルク(ノルスクハイドロASA副社長)の2女性が共同で議長を務め、報告者は『ETANレポート』を取り纏めたテレサ・リーズ(カーディフ大学教授)が再びその任に就いた。メンバーはほとんどが有名企業の部長クラスで、中には社長、副社長も存在した。

世界的に見ても初めての試みとなるこのような調査・研究の狙いを当時の研究担当コミッショナービュスカンは、競争力のある知識基盤社会(knowledge-based society)の達成のためにビジネス界における女性の重要な役割を強調し、民間部門の先導によって2010年までに研究・開発投資をGDPの3%にするという目標(2002年のバルセロナ欧州理事会で掲げられた)を明らかにした。そうした期待に応えて2003年にWomen in Industrial Research :A wake up call for European Industry(ヨーロッパ産業界を活性化する女性研究者)が出版され、ほどなく第2版の出版となり、さらに2004年には邦訳が出版された(12)。

我が国における女性研究者の活躍は公共部門7に対し民間部門3くらいの割合で、民間部門での雇用の開拓はまさにこれからの取り組むべき課題であり、WIRの邦訳は日本化学会の男女共同参画推進委員会等で大いに歓迎された。また、その頃GDPの3%を研究費につぎ込んでいた日本はEUのお手本でもあり、日本語訳の出版はEU側でも歓迎された。

Women in Industrial Research :A wake up call for European Industryと並んで出版されたWomen in Industrial Research :Good Practices in Companies across Europeは、20社のグッド・プラクティスを具体的に紹介し、企業のできることチェックリストを示し、刺激的で創造的、かつジェンダーに配慮のある会社とはどうあるべきかを示した。そこに紹介された企業には、HQがヨーロッパでない会社も(IBM、Ford Motor Company)も含まれている。

WIRに関して2003年はまさに画期的な年であり、Women in Industrial Research :A wake up call For European Industryとは別にさらに産業界をターゲットにして調査研究が積み上げられ、Women in Industrial Research :Analysis of Statistical Data and Good Practices of Companiesが出版された。これは2部からなり、第1部が量的分析であり、第2部を質的分析として具体的な企業のグッド・プラクティスを取り上げている。

Part1 量的分析
(1)産業界の女性研究者に焦点を定めて:方法と限界
(2)産業部門の女性研究者:分析結果
(3)統計値供給源の改善と産業界での研究のジェンダー指数

Part2 質的分析
個別企業のケース・スタディ

そして巻末は、WIRに特化した「ヘルシンキ・レポート」的趣向で、EU15か国のページごとのデータ表になっている。

量的分析の導入では、日本の研究開発費がGDPの3%に近いことが高く評価され目指すべき目標とされているのが興味深いが、とは言えその研究開発費が女性研究者によく配分されているというわけでもないので、ジェンダーの観点からはさらに立ち入ったデータが日本側に求められることになろう。産業界で活躍する女性の給与格差について各国のデータが示されているので一部取り出したが、とくに研究者に特化したものではない。報告書は2003年のものであるが、興味深いのは高学歴になるほど男女の給与差が広がっていることである。男性を100としたときの正規雇用女性の平均月収の数値を、女性被雇用者の学歴別に示したものである(公的部門を除く(13))。

SheFigures2009にもgender pay gapの統計はあるが、このような学歴別のものはなく、ギャップが30%を超えるのはキプロス、エストニア、続いてオランダ、イギリスが28%で、ギャップが小さいのはスウェーデン(14%)やベルギー(13%)である(14)。

同じく2003年10月にはベルリンで40カ国350名の参加をえて2日間のワークショップが開催された。テーマは「産業界における女性研究者:ヨーロッパにおける変化の加速」で、次の5つのワークショップが組織された。

・WS1:いかにしてもっと多くの若手女性研究者を産業界へ参入させるか
・WS2:産業界の女性研究者と企業のグッド・プラクティス
・WS3:技術革新や起業家への道に女性を後押しする
・WS4:産業界の女性研究者に関する知識基盤の改善
・WS5:産業界での研究でトップを占める女性:ロールモデルとネットワークと助言者の関連性

以上限られた紙幅の中ではわずかしか紹介できなかったが、2003年におけるEUのWIR(産業界における女性研究者)への取り組みは、規模といい創出された成果といい、前例のない斬新なものであった。

4.ENWISEの結成

研究担当コミッショナーとして第6次フレームワーク・プログラム(2002-2006)を先導するビュスカンの目覚ましい政策は前節のWIRに加え、あらたな領域拡大へと発展した。彼はFP6を始めるにあたってAction Plan on Science and Societyを公にした。これはわずか27ページの小冊子ながら、簡潔にまとめられた38のアクション・プランからなり、FP6全体の指針を示すものである。この中のアクション27は、「専門家グループは、中欧・東欧およびバルト海諸国の女性研究者の直面する状況をよく吟味し、とくに女性と科学に関するヘルシンキ・グループや他の適切な政策と連動して、さらなる研究を推進していく」として、ジェンダー平等をさらに広くヨーロッパで拡大していくべきことを、明確に打ち出している。

そうして名乗りを上げたのがEnlarge Women in Science to East(ENWISE)で、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー、スロベニア、ルーマニア、ブルガリアの10か国であった。そしてこれらENWISEの代表10名にドイツ、イタリア、イギリスの代表それにバルカン諸国を代表する1名が加わって、総勢14名のENWISE専門家グループが結成されたのである。EUの女性研究者支援に関して起こった大きな変化は、旧共産圏の国々の参加によって科学分野への女性参画の問題も拡大させたことである。これに入る前に、EU圏の形成について簡単に歴史をたどっておく。

今日のEUの基礎は1952年5月の欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)に始まり、1958年にオランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、西ドイツ、フランス、イタリアの6か国で欧州経済共同体が形成され、1973年にイギリス、アイルランド、デンマークが、1981年に今日の経済危機の元凶ギリシアが加盟、1986年ポルトガル、スペインが加盟している。1990年に東西ドイツの統一がなり、1995年にスウェーデン、フィンランド、オーストリアが加わってEU-15の完成となり、1999年に単一通貨ユーロの導入となった。2004年5月にEU15から一挙にEU-25となり、このとき加盟した新しい10か国は、ルーマニアとブルガリアを除くENWISEの8か国に加えてマルタ、キプロスであった(15)。

EU15の女性研究者の新たな時代を切り開くことになった『ETANレポート』にならって、ENWISE諸国でもENWISEレポートの作成に着手し、2004年に次のタイトルで出版された。『才能の浪費:個人的な闘いをみんなの問題としよう』は5つの問題を取り上げ、EU-15との格差を確認しながら着実な1歩を踏み出したのであった(16)。

レポートは5章からなり、1.国家のイコンからスーパーウーマンへ、2.自由のない資金と資金のない自由、3.ミツバチと蜂蜜、4.目標はどれほど遠いか、5.ENWISE諸国の女性科学者の才能と知識を育てる。

第1章では共産主義以前、共産主義時代、それ以後の時代にわたって、女性たちの活躍を歴史的に描き出している。ハンガリーの最初の女性大学教授とか、女性の参政権とか知られざる旧共産圏の女性像が明らかにされている。第2章では頭脳流出の問題も扱われ、才能豊かな若い学生をいかにして研究者となるよう惹きつけられるかが問題である。第3章は女性研究者の実態解明である。EU各国でヘルシンキ・グループがデータを集め始めると、ENWISE諸国における女性研究者の高い比率が注目された。ラトビア、リトアニア、ブルガリア、エストニアといった国々ではほぼ半数が女性研究者であるからだ。ところが女性研究者の実数を調べると、エストニアやスロベニアでは2,000人前後で、同時期のポルトガルで1万人を超え、フランスでは5万6千人の女性研究者数に比較すると、旧共産圏のそれらの国々の女性研究者の母集団がいかに小さいかがわかる。これも比率だけの比較がいかに誤った印象をもたらすものであるかの好例である。

先行するEU-15とEnwise-10の間にはさまざまな格差が存在するが、かなり顕著なのは一人当たりの研究開発費で、平均9倍の格差がある。その一方で、女性研究者の比率はEnwise-10が10%ほど上回る。

5.FP7(2007~2013)

フィッリプ・ビュスカンによるFP6(2002~2006)は、前述してきたようにEUの女性研究者に関する矢継ぎ早の政策で、ジェンダー・メインストリーミングの達成に邁進し、EUの21世紀の始まりに輝かしい歴史を刻んだと評価できる。続くFP7は問題を絞り込み、意思決定機関に女性がかかわることを重視している。ハサミの図でみたように、トップ手前まではかなり女性の比率も上がってきているが、最後のところに届かないのが現状だからである。そして研究助成金の平等な獲得についてもかなり意識したものとなっているようだ。現在のところまだプログラムは進行中であり、FP期間の半分が終了したところで研究担当コミッショナーは、ヤネッツ・ポトチェニックJanez Potočnikからモイラ・ゲーガン-クインMáire Geoghegan-Quinnに交代し、まさに女性がトップに立つことになった。

FP7の前半の重要な成果物は次の3冊である。

(1)Mappingthemaze:gettingmorewomentothetopinresearch,2008.
『迷路を切り抜ける:研究のトップにもっと多くの女性を』WIRDEM グループ
(2)Benchmarkingpolicymeasuresforgenderequalityinscience,2008.
『ジェンダー平等のための科学政策を基準化する』ヘルシンキ・グループ報告
(3)Thegenderchallengeinresearchfunding,2009
『研究助成金をジェンダーから問い直す』ジェンダーと卓越グループ

最初に挙げた(1)のWIRDEM(Women in Research Decision Making)グループ報告について紹介しよう。研究のトップに女性を押し上げる施策を探るために2008年に結成された専門家集団expert group WIRDEM は、17名からなり委員長はスイスのウィドマーで、報告者はエストニアのロードマである(17)。報告書の出版をもって解散する期限付きの委員会であるが、EUの懸案事項であり女性研究者支援に関する問題の核心ともいえる課題に取り組んだ。

EUにおける女性とジェンダー施策が10年を超えるようになっても、未だ正教授の比率が15%に留まっていることに女性たちの苛立ちはあり、これをもっと一般化して言えば、意思決定機関に関わる女性数が圧倒的に少数にとどまっているということである。そして導出された結論は、「必要なのは変化」である。求められる具体的な変化は:惰性から、気づきそして関与へ;不均衡から、均衡へ;不透明から、透明へ;不平等から、平等へ;無知から、データを通して知ることへ;自己満足から、すぐさま実践へ、と示された。

それでは「なぜ変化が必要なのか」という現状分析が第2章で行われ、数値的裏付けをもって、①女性はトップに昇進しにくい、②研究意思決定の場における女性の低比率、③同職階の男性に比べ女性研究者の低給与、④研究開発費が多いほど女性少数、⑤「問題なし症候群」(気づきと関与の欠如)を挙げている(18)。たとえば②について日本で言えば、総合科学技術会議などの女性委員の少なさである。③の賃金格差については先にも少し述べたが、She Figures 2009によれば、55歳以下の研究者では2002年と2006年の比較で若干の改善が見られる。それでも35歳以上で28%以上から10ポイント増までくらいの格差があり、55歳以上になると格差は37%位で固定してしまっている(19)。④の研究開発費については、(2)Benchmarking policy measuresに非常に興味深いグラフが示されているので、後で述べる。

(1)についてもっとも明確化しにくい問題は、気づきと関与の欠如であろう。これを視覚化するにはさらに多くのデータの蓄積が必要ではあろうが、現状においても女性が研究の意志決定に関わる地位に予想を下回る数しか就いていないことは明らかだとしている(20)。

(2)Benchmarking policy measuresは科学におけるジェンダー平等施策を数値比較しようとするもので、いわば最新版の『ヘルシンキ・レポート』である。最初の30頁ほどが総説で、後半100頁ほどはEU加盟国、関係国、西バルカン諸国など37カ国のデータブックになっていて、次の8項目について国ごとに3頁(一部2頁の国もある)を費やして比較可能にしている。①法的枠組み、②ジェンダー・メインストリーミング、③科学分野での女性、④目標とクォータ制、⑤ネットワークなど特色ある活動、⑥大学と研究、⑦ワークライフ・バランス、⑧統計。⑦のワークライフ・バランスについては、基本的に産休や育休さらに職場復帰のことを述べており、遅れてEUに加盟した国々は、産休をEUの最小期間(14週)に引き上げている。これに関連して興味深いのは、総説で示された「産休の週数と女性教授の比率」である(図5)。産休が長ければ長いほど女性教授の比率が上がるわけではないのである。また(1)で先送りにした研究開発費と女性研究者の比率についても見ておこう(図6)。そこに示された女性研究者は研究開発部門の女性であり、教育分野などは除いているため、一般的な女性研究者比率とは食い違いが生じているが、概ね言えることは1人当たりの研究開発費が大きくイノヴェーション志向の強い国では女性研究者の比率は低いということである。

(3)の研究助成金に関する報告書は、研究担当コミッショナーからの要請で16名の専門家グループ(Gender and Excellence)が招集され(数名は短期のみ)、ジェンダーの観点からプロセスの透明性を意識してまとめられたもので、副題に「ヨーロッパの国々の現状評価」とあるように、後半は加盟国(27)、関係国(6)の合計33か国の個別の報告であるが、比較の指標がまだ統一されるところまで至っておらず、国によってデータはさまざまである。助成金獲得の男女の応募率であったり、成功率、さらに分け入ってそれらが分野ごとに示されたり、助成金の種類ごとであったり、示される内容は今後の検討課題でもある。しかし、研究担当コミッショナーが序文で述べているのは、助成金応募の段階で男女に明らかな差がみられるとのことである。研究助成金のジェンダー・バランスをより良いものとしていくために必要なこととして、以下のことが示された。

・女性研究者に助成金応募を促す。
・助成金授与にかかわる委員会や査読者のジェンダー・バランスの是正。
・定期的に助成金の獲得状況について監視し公表。
・研究助成金の説明責任と透明性の改善、および手続きと基準の公表、国際的な評価者の起用、結果のフィードバック、不服申し立ての制定。

以上FP7前半期の重要な活動を示したが、2010年に研究担当コミッショナーがゲーガン-クインに交代し、しばらく続いた男性のトップから女性になった。彼女はこれまでの路線の継承として「数値に語らせよ」「トップに女性を」「助成金の獲得を」の3つを柱に活動を開始している。FP7の後半についてのレビューは、2013年の終了を待ってということになろう。

6.10年を総括して

EUの行政組織である研究総局でFP7の女性研究者政策に取り組んできたのは、Science ,Culture and Gender Issuesユニットであり、ユニット長はルイザ・プリスタであった。そして彼女の指揮の下EUの女性研究者政策のこの10年を総括するStocktaking 10years of “Women in Science” policy by the EC1999-2009が出版された。始まりを2009年としているのはETANグループならびにHelsinkiグループの結成時期と関係している。

2011年に研究総局は大きな組織替えが行われ、コミッショナーが研究・イノヴェーション担当委員となったことに呼応し、研究・イノヴェーション総局となり、女性研究者政策は、イノヴェーション・欧州研究領域副局長のもと欧州研究領域局の「倫理・ジェンダー」ユニットが行うことになった。研究領域の健全度は、倫理とジェンダーの両面からチェックされるべきだということなのであろう。

ECはさまざまな政策を打ち出し多くの公募プログラムに資金をつぎ込んできたが、ジェンダー・メインストリーミングの観点から現在もっとも重要とされているのが構造的変化である。

日本の「女性研究者支援モデル育成」プログラムの開始はアメリカのADVANCEプログラムから学ぶとことが大きかったと思われるが、EUの女性研究者支援も同様にADVANCEプログラムをモデルとして、重要かつ強固な基盤形成には構造変革が達成される必要があるとの結論に達したのである(21)。

そしてもう一つのアメリカとの結びつきは、スタンフォード大学のロンダ・シービンガーが中心になって開発した「Gendered Innovations」を全面的に推進しようとしていることである。

イノヴェーションもジェンダーの観点からチェックがなさなければならない。とくに工学分野でのプログラム推進に期待がかかる。妊婦をシートベルトからいかに保護するか、介護ロボットの問題、機械に発語させる仕組みなど、技術開発にもようやくジェンダー分析が及び始めたとの観がある。

EUとアメリカによるジェンダープログラム推進の動きの中に、日本もアジアの国々と連携協力して十分な役割を果たしていくことが求められている。その意味で、2006年から始まった「女性研究者支援モデル育成」事業の成果が、そろそろ見えてこなくてはならない時期であろう。

おわりに

21世紀になるあたりからほぼ10年のEUにおける「女性と科学」に関する政策を概観してみたのであるが、一番の特色は徹底した性別統計による数値化であろう。論文の被引用度といったインデックスがあまり一般的ではない人文系の研究者からすると、なんでも数値化といった傾向に抵抗を感じる面が無きにしもあらずだが、研究開発を主眼とする理系分野にはあまり抵抗がないものかもしれない。本稿で紹介したのはほんの一部であるが、統計の見事な視覚化は学ぶべき点が多い。

日本も欧米に倣って2006年から文科省の科学技術振興調整費「女性研究者支援モデル育成」事業が開始され、33機関で実施終了し22機関で実施中であるが、まずは女性研究者を増やすことが目的であり、そのための保育施設の整備、メンター制度などを問題にしなければならない。しかしEUでは、一定数の女性研究者を確保したうえで、彼女たちをトップにまで押し上げるための施策を模索し、研究者として一流をめざすために助成金をしっかり獲得すること、業績の基礎となる論文の査読過程の透明性確保など、我が国に比べ1歩も2歩も進んだ目標が掲げられている。

現在筆者がかかわっている全米科学財団のNSFのプログラムについても少し述べるなら、一般的な理系女性の増加をめざす段階はすでに過ぎ、「化学、数学、コンピュータ科学」に特化していかに女性研究者を増やすかを模索している(22)。また科研費で招聘したNSFの研究者リサ・フレヒルLisa Frehillの講演は、女性研究者の国際協力事業への参加の程度や、外国出張に対する機動力といった立ち入った調査に踏み込んだものであった。そうした欧米での状況からすると、我が国の女性研究者支援政策は未だ道遠き状況なのである。加えて日本の将来の研究開発を担うよう期待される博士課程修了女性の少ない比率は、重大な問題である(図7)。これに見るように日本より女性博士修了者の比率が低いのはEUでマルタだけ、日本のすぐ上にランクされるギリシアからでさえ、かなりの水を開けられている現状をしっかり見据えなければならない(23)。

アメリカ合衆国、EUに並ぶ第3の基軸としてアジアの中の日本を前面に押し出そうとしても、女性研究者比率は2010年にはほぼ韓国と並んでいたが2011年の統計では差が広がっている。政府レベルでEUの女性研究者支援政策に学んでいく韓国の姿勢に、我が国も危機感をもってEUの政策を検討していかなければならないだろう(24)。

1 EU加盟国、関係国、およびその略号対照を示す図である。Figure2009をはじめEUの図表を見るときの参照にされたい。
2 Wennerås, C.and Wold,A.,”Nepotism and Sexism in Peer-Review,”Nature387:341-343,1997.ウェネラスとウォルドは1998年4月および2000年4月にブリュッセルで開催されたWomen and Science会議に参加し、1998年にはウェネラスが2000年にはウォルドが、その後の反響なども含めて報告している。以下の注を参照のこと。
3 Annalisa Colosimo and Nicole Dewandreeds.,Women and Science(Brussels :European Communities,1999).ウェナラスもこの会議に参加して女性科学者の評価に性差別が行われていることを講演した。
Christine Wennerås, ”Sexism in Evaluation of Women Scientists,”Ibid.,pp.109-115.
4 Women and Science(Brussels :European Communities,1999)には、クレッソンの開会挨拶に続いて(pp.9-11)、第1章としてマクナリーの挨拶(pp.15-17)とクイストハウト-ローヴォルの挨拶(pp.18-22)が収録されている。
5 EUの研究政策は4年を一区切りとして進められてきており、4年ごとに加盟国と欧州議会は、次の4年間の研究予算を決定し、その期間をフレームワークと呼んでいる。
6 会議の記録はColosimo,A.,Degen,B.,and N.Dewandreeds.,Women and Science :Making Change Happen,Belgium:EueopeanCommunities,2001として出版されているLonda Schiebinger,Women and Science :Why Does It Matter?”Ibid.,pp.16-22.ウォルドはWomen and Science :Making Change Happen会議で、その後の反響なども含めて報告している。Agnes Wold ,”Is Peer Review Sex Biased?・In Colosimo,A.,Degen,B.,and N.Dewandreeds.,Ibid.,2001,pp.97-98.
7 Nicole Dewandreは2004年2月お茶の水大学COE「ジェンダー研究のフロンティアプロジェクトC(代表 舘かおる)」の招きで来日し、同COEプログラムの国際シンポジウムにおいて「ヨーロッパの科学研究におけるジェンダー平等の推進」と題して講演を行い、EUにおける政策の先進性を紹介した。なお、COEプログラムの終了時にまとめられた「ジェンダー研究のフロンティア全5巻」の舘かおる編著『テクノ/バイオ・ポリティックス』(作品社2008年)には、講演内容を翻訳して掲載している。ニコル・ドゥワンドル「ヨーロッパの科学研究におけるジェンダー平等の推進」小川眞里子・飯島亜衣訳93-113頁。またこれに関係する補論として、小川眞里子「ヨーロッパにおける女性と科学政策について」114-120頁(前掲書)も参照されたい。
8 アジアからのOECD加盟国である韓国と日本は、長らく最下位は韓国でその上が日本であったが、
2010年前後に韓国と日本が逆転し、このところ日本はグラフ上の35か国ほどの中で最下位である。しかも問題は、2010年には数値上0.1%の韓国との差であったものが、2011年の統計でその差は1.3%に拡大している。
9 Joint OECD-French Government International Workshop on”Women in ScientificCareers”16
November,Paris,2005.”Women’s Careers in Science and Technology in Japan,”Women in Scientific Careers :Unleashing the Potential,OECD,pp.87-94,2006.女性研究者の総数は、円の面積ではなく、円の直径で比較するように示されている。女性研究者の総数を円の面積で比較すると、平方根を開くことになり、 違いが明確にならない。
10 OECDの統計については、Main Science and Technology Indicatorsの最新版を参照する。これは年2回出版されている。
11 The High Level Expert Group on Women in Industrial Research for Strategic Analysis of Specific Science and Technology Policy Issues(WIR for STRATA)
12 Women in Industrial Research :A wake up call for European Industryの翻訳はヘルガ・リュープザーメン=ヴァイクマン他『科学技術とジェンダー:EUの女性科学技術者政策』小川眞里子・飯島亜衣訳明石書店2004年。
13 Women in Industrial Research :Analysis of Statistical Data and Good Practices of Companies,pp.32-33.
14 She Figures2009,p.87.
15 2007年にはENWISEの残り2か国ルーマニアとブルガリアを加えて、現在27か国である。
16 Enwise Expert Group on Women Scientists, Waste of Talents :Turning Private Struggles into a Public into a Public Issue :Women and Science in the ENWISE Countries(European Commission ,Directorate General forResearch,2004)
17 委員長のウィドマーは2008年に北海道大学が研究者カップルの問題について国際シンポジウムを開催したときに招待講演を行っている。スイスはEU加盟国ではないが、ベルンにあるスイス国立科学財団の職員である彼女の活躍は目覚ましい。
18 Mapping the maze :getting more women to the top in research(European Commission ,Directorate General for Research,2008)
19 SheFigures2009,p.91.
20 Mappingthemaze,p.22.
21 Structural change in research institutions :Enhancing excellence ,gender equality and efficiency in research and innovation(Luxembourg :Publications Office of the European Union,2011)
22 2011年4月にワシントンで行われたワークショップのタイトルは、Workshop on Status and
Participation of Women in STEM Disciplines and Careersであったが、プログラム全体の表題は、The Status of Women in International Chemistry ,Computer Science ,and Mathematics :What We Know and Need to Know to Increase the Advancement of Women(National Science Foundation Project DRL-0906369)である。2009年にCPST(Commission on Professionals in Science and Technology)の主導で世界各国から約40名ほどの研究者に招集をかけて最初のワークショップをポトマックで開催したが、CPSTが2010年に閉鎖になり、プログラムをNSFのwomen in science and technologyセクションが引き継ぐ形で継続されている。
23 日本の理工系女子学生が博士課程にまで進学し博士号を取るまでに至る比率が小さい点について、多面的な分析が必要であろう。終了後の就職の問題、結婚や出産といった人生設計との競合などもあろうが、女性教員や先輩の少なさに起因する問題については、何らかのポジティブ・アクションの必要も考慮しなければならないだろう。
24 韓国の女性研究者支援策については以下を参照。小川眞里子「科学技術におけるアジアの女性科学者技術者」舘かおる編著『テクノ/バイオ・ポリティクスー科学・医療・技術』(ジェンダー研究のフロンティア第4巻)作品社 pp.121-141,2008年

全文はこちら→小川眞里子「EUにおける女性研究者政策の10年」(三重大学人文論叢29号、2012年)

【図表】欧米の取組み

EU

著作権:小川眞里子・大坪久子