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【科学史】ノーベル賞量産国日本で、なぜ女性受賞者がでないのか(小川眞里子)

小川眞里子「ノーベル賞量産国日本で、なぜ女性受賞者がでないのか」(2014年)

掲載(本文全文掲載):2015-12-12 執筆:小川眞里子

ノーベル賞量産国日本で、なぜ女性受賞者が出ないのか(1)
Why are there no female Nobel Laureates in Japan, highy productive country of Nobel Prizes?

【要旨】今やノーベル賞量産国とまで言われる日本で、なにゆえこれほどまでに科学や工学の女性研究者が少ないのか。まずは学部学生の現状について概観し、次に理工系研究者の重要な人材プールである博士課程修了者について見る。これによれば次世代を担う人材はけっして十分に育ちつつある状況ではない。研究者については、まずわが国には性別の十分な統計資料が整備されておらず、これが大きな問題である。そもそもの問題の所在、原因を考える上で、あるいは他国と比較する上で統計の不備は大きな障害である。そして女性研究者支援のプログラムを実施す
ることもさることながら、女性の活躍を保証する法的整備が重要であろう。

はじめに

2012年山中伸弥教授にiPS細胞の研究成果を讃えてノーベル賞(生理学医学)が授与され、マスコミは日本人19人目のノーベル賞受賞者の誕生ということで、大々的にこれを報じた。この19という数値には、科学関係以外の賞も3つ含まれるが、以下では科学分野に焦点を定める(2)。こうした数値から、近年に限ってみれば日本はアメリカに次ぐノーベル賞受賞者量産国だという。受賞インタヴューに、皮膚科医の夫人と共に応じる山中夫妻の姿は大変に好ましく、新しい時代の到来を感じさせるものであった。それは素晴らしいことに違いないが、19人目のノーベル賞受賞者誕生という報道が過熱する中で、ふと考えた。日本は世界的なノーベル賞受賞者輩出国と言われるのに、なぜ日本には女性の受賞者が1人もいないのだろうと。フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、イタリアなど科学技術で世界をリードしてきた国々には女性のノーベル賞受賞者も存在し、科学分野の輝かしいロールモデルとなってきている(3)。日本は、正確に言うなら、男性ノーベル賞受賞者の輩出に成功してきたのである。その一方で、日本の女性研究者比率は恐ろしく低い。できるだけ明確な統計的数値に基づいて、こうした状況に至った背景を探ってみたい。最初に簡単に欧米の状況を示し、まずは研究者の予備軍となる学生の様子を述べ、その後に研究者および彼らを取り巻く社会的状況について述べたい。

欧米と日本の状況

具体的な数値に入る前に、アメリカ合衆国(US)や欧州連合(EU)の女性研究者支援の歴史を簡単に見ておこう(4)。図1にその概略を示した。USでは、1980年に科学技術分野における男女機会均等法が議会で採択されて以降、毎年のように女性研究者支援のプログラムがNSF(米国科学財団)によって打ち出され、2001年にはNSFのADVANCEプログラム(高等教育や研究機関等の理系分野への女性の参画を高める組織改変)が開始された。昨年2012年秋までに196の助成金が138研究機関に授与された。これには米国科学アカデミー(NAS)も深くコミットして、問題の掘り起こしや解決で世界をリードする働きをしている(5)。一方EUは1998年に「女性と科学」のユニットを研究総局に誕生させ、さまざまな事情を抱えた国の集合でありながら、その後に大胆な躍進を遂げている。とくに3年ごとに更新される統計調査はShe Figuresとして知られる素晴らしいもので、世界の模範となっている(6)。

図1

EUの女性研究者支援プログラムが始まったころの様子を比較的よくとらえている著作を、2004年に翻訳出版したが、その著作の強調点はもちろん女性の能力を浪費すべきでないというところにあるのだが、女性の能力を生かさなければ大きな経済上の損失になるという認識が明確である(7)。そしてそのためには女性研究者を産業界にもっと積極的に迎え入れなければならないとしていた。世界中どこを見ても、高等教育部門や政府機関への女性の進出に比べ、産業界への女性の進出は遅れている。EUはそのことを念頭に、2003年から「産業界で活躍する女性研究者Women in Industrial Research(WIR)」プロジェクトを立てて強力な推進を行ってきている。

新しい試みとしては、USとEUの共同事業として、「科学・医学・工学におけるジェンダー革新Gender Innovations in Science ,Medicine ,and Engineering」プロジェクトが開始されたことを上げておこう(8)。これは従来のジェンダー分析が応用技術部門に及ばなかった現状を踏まえ、医療や工学技術分野におけるジェンダー分析を技術革新に繋げようとする試みである。

日本ではアメリカの制度的変革をめざすADVANCEプログラムに倣って、文部科学省の科学技術振興調整費「女性研究者支援モデル育成事業」が2006年度から開始された(9)。それ以降いくつかのプログラムが公募され、本年度からは女性研究者支援の輪を地域にも広げる意図で新たに「拠点型」が始まった(10)。

女性学生の状況(11)

文部科学省の『学校基本調査』には、毎年の学士取得者数が掲載されており、性別、分野別の数値が入手可能である。これを男女別に1973年から2013年まで、工学部と社会科学が明確になるようにして作成した横長の棒グラフが図2である。グラフは分野別のカテゴリーに従い、左から理学、工学、農学、保健、人文科学、社会科学、教育、その他としている。学科の境界が明確になるように、理学から一つ置きに色を付け、工学と保健と社会科学、その他には色がない。問題の焦点は、理系分野である。

図2

上段が男性学士取得者、下段が女性学士取得者を示す。グラフから、女性の50歳以上の年齢の人材が著しく不足していることが明瞭に見て取れる。こうした状況ではポジティヴ・アクションも止むを得ないであろう。女性の学士取得者数は5万余人から始まって、40年近い年月を経てようやく男子学士取得者の1973年の頃の数値250万人に追いついてきた様子が読み取れる。

欧米では学士取得については、ほぼ女性が男性の数を上回っているのが近年の状況であるので、男性の40年前の数値にようやく女性が追いついたという日本は異例である。「女に学問はいらない」といった社会通念から、雇用均等法以前にあっては大学進学などしようものなら就職がないと言われ、結婚相手もないとされた。そういう実情が、女性を高卒で社会へ送り出し、短大へ送り出すことになり、長期間にわたる女性の大学進学率の低さにつながったのであろう。

男女雇用機会均等法ができたからと言って女性の大学進学にすぐさま反映されたわけではないが、少子化で親は数少ない子供に対し、男女いずれにも平等に教育の機会を与えようとする傾向にあり、男子の進学率が頭打ちであるのに対し、女子の進学率は今後も伸びが期待できる。

図2のグラフの横軸を人数ではなく、各年の分野ごとの比率がわかるように100%のスケールにして、経年変化をグラフにしたのが図3である(12)。学生数や社会の変化にも関わらず、男性の分野比率が概ねコンスタントであるのには驚かされる。それに対し女性学士取得者の分布は、時代と共に変化してきている。男性の側で、工学部と法律・経済学部の占める比率が異様に大きいことに注意したい。工学部の占める比率の大きさは世界的にも異例である。まさに今日の科学技術立国日本はこの二つの学部の卒業生に負うものであるとも言えるだろう。また、今日においても女子学生が少ない工学部の男女共同参画が容易に進まないのも、男社会で今日の日本の繁栄を築いたという彼ら工学部の自負に起因する点もあるのかもしれない。女性学士取得者の変化の大きさは、男性の雇用が優先される中で、女性の雇用は常に社会の安全弁として機能してきたとも言えるだろう。次に大学院生について見てみたい。修士課程では男女とも工学部の増加がめだち、修士号取得後に就職がめざされる。博士課程で男女とも保健の比率が相対的に増加するのは、医学で博士取得がめざされるためであろう。女性研究者を考えるとき、その予備軍となる博士課程修了女性あるいは博士号取得女性の数は重要である。

図3

学士、修士、博士取得者の男女別グラフ(図4)を見ると、男性学士は2000年以降明らかに減少に転じているが、女性は増加し続けている。しかし女子の博士取得者はその増減が明確に読み取れないほどに少数である。そこで次に男女別の博士課程修了者の年平均増加率(compound annual growth rate of PhD graduates by sex)を見てみたい。図5は、日本の男女で比較すれば、女性は男性の10倍ほどの増加率を示している。しかし、同じ期間の韓国、台湾に比べるとその女性の伸び率も大きいとは言えない(13)。期間の設定はやや短くはなるが、EUの主要15か国の平均からも大きく水をあけられている。こうした状況は、EUの最新の統計She Figures2012にも表れている。図6は博士課程修了者の女性比率であるが、日本は掲載の全35か国中ビリから2番目である。日本の下に位置する最下位の国はマルタ、日本のすぐ上に位置するのはキプロスである。これら最下位3国について女性比率ではなくそれらの実数を見ると、日本の女性博士課程修了者数が4508名であるのに対し、マルタの女性博士課程修了者はわずか3名、キプロスで11名である。

図4

図5

科学技術立国として発展してきた我が国にあって、このような女性博士課程修了者比率のランキングは目を疑うものである。米国の博士課程修了者の女性比率53%、英、独、仏が43~45%であるのに対し、日本はわずか28%にとどまっている。これに加えて、他国の事情は定かではないが、少なくとも我が国においては女性博士課程修了者のおよそ4分の1は留学生である(14)。彼女たちの多くが博士号取得後に帰国するとすれば、女性研究者の予備軍となるはずの日本の人材プールはさらに縮小し、女性研究者数の増加の見込みはきわめて悲観的であると言わざるを得ない。

図6

女性研究者の状況

日本の女性研究者の比率がきわめて低いことは、今日広く知られるようになった事実である。世界有数の知識基盤社会を形成する日本でありながら、その比率のあまりの低さゆえに、先に言及したShe Figuresでも、EU加盟国でもない我が国の数値がさまざまに、いわば象徴的に取り上げられている。まず内閣府男女共同参画局が毎年作成し公表しているグラフを示す(図7)。これには多くのEU加盟国、OECD加盟国のほかにロシアも入れて作成されているが、わが国は平成21年にそれまでのグラフ表示で最下位であった韓国に抜かれて以降ずっと最下位である。それどころか韓国との差は年々開くばかりである。先にみたように韓国の博士課程修了者の女性比率の伸びは目覚ましく、おそらく日本が韓国に追いつくのはきわめて難しい状況にある。

図7

EUの統計では、女性研究者について高等教育部門、公共部門、民間部門の3部門に分けて詳細な統計の収集、分析がなされているが、わが国においてはやや詳しいデータが公表されているのは高等教育部門だけである。図8は、先の3部門別の女性研究者の比率を示したものである。図の縦軸のアルファベット2文字はEUで定められた国名の略号である。3部門すべてにおいて日本(JP)は見事に最下位である。先進国の中ではドイツ(DE)も比較的低い。研究者の多様性が叫ばれると共に、研究者のキャリアの多様性もきわめて重要である。今日とくに少子化の影響で学生数が減少している高等教育部門に固執するのは賢明ではない。OECDのMain Science and Technology Indicatorsのデータを用いて、最近数年の韓国、台湾、日本の雇用部門の比較を行うと、韓国や台湾が女性の雇用部門において動きがみられるのに対し、わが国の雇用部門は大きく高等教育部門に依存したままほとんど変化しない。教育部門におけるポスト削減傾向に鑑みて、民間部門へのさらなる積極的進出が求められているに違いない(15)。

図8

次は文科省の『学校教員統計調査』をデータ源とする分析である。大学教員の分野については、図9から歴史的な経緯を知ることができる。グラフは科学技術政策研究所の加藤真紀らの研究により公表されたものであるが、たしかに理学、工学、農学分野の女性研究者の比率は低く、また増加のスピードもきわめて遅いことが見て取れる(16)。『学校基本調査』が毎年更新されるのに対し『学校教員基本調査』は3年ごとの改訂である。もっとも最近のデータは2010年の調査で2012年に公表されている。これに基づき単年度の教員の専門分野の分布と職階の分布をグラフにしたものが図10である。前者はhorizontal segregation(理工系に女性が少ない)後者はvertical segregation(高位の職階に女性が少ない)と呼ばれるもので、世界的によく知られたジェンダー分析指標である。加藤らの2007年までを扱った経年変化を示す折れ線グラフからも暗示されるように、2010年時点でも理学、工学、農学の女性教員は10%に届かないことがわかる。

図9

図10

さてここまでは現状分析である。科学史家ヒラリー・ローズの言葉にあるように、「統計のないところに、問題は顕在化せず、したがって政策もない」のである。我が国においてもっと多彩な性別統計が整備されていく必要があろう。たとえば、教員については所属学部がわかっても、そこにおける職階はわからない。たとえば工学分野で、女性教授、女性准教授、女性講師の数などが把握できない。一方、職階がわかるデータは、分野ではなく年齢層で区切られているのである。

女性研究者の社会学的分析

我が国では、長らく男性片働き世帯が大半を占めていたが、2000年前後を境に男女共働き世帯の数が上回るようになった。長らく女性の雇用について日本ではM 字カーブが典型的とされてきたが、結婚出産を機に離職するのではなく、生涯働き続ける女性の労働パターンが広まってきている。少子高齢化で女性の労働力に期待が集まっている。しかし、アカデミアにおいては、残念ながら未だ保守的な傾向は否めない。

大学教員については有本章を研究代表とする科研費基盤Aによる国際共同研究「大学教授職の変容に関する国際調査(2007年)」(18か国CAPプロジェクト*)の成果が2011年に公表された(17)。本論では教員のライフスタイルに着目した木本尚美の研究成果等に依拠して考察を試みた。有本らの共同研究からすでに数年を経過しているが、彼らのデータから得られた結果は、他の新しいデータから得られる結果とも概ね一致している。

木本の研究によると、大学教員の既婚率については男性教員と女性教員との間で40%もの差がある日本は18か国の中でも特別である。日本と同様に女性教員の既婚率が低いのはメキシコであるが、男性の既婚率も低く80%にとどまっている。どの国も女性教員の既婚率は低いが、日本は研究遂行には結婚を諦める場合が少なくないということだろう。次に研究者同士のカップルについて見ると、自分の配偶者も大学教員と回答する比率はおおむね女性教員が上回っている。ところが男性教員で配偶者も大学教員とする比率はわずかに3.1%で、18か国中最少である。男女の解答の差は平均10%を超える程度である。ところが韓国で20%程度の差、日本は30%程も差があるというのはこれまた異例である。

もう少し一般的な雇用で見ると、配偶者がフルタイムの仕事についているとする日本の女性教員は87.1%であるのに対し、配偶者がフルタイムの仕事に就いているとする男性教員はわずか16.8%で、18か国最低。そして妻が無職であるとする比率は62.0%で18か国中最高である。この比率でも韓国が53.0%で2位に付けており、儒教文化圏にある両国の共通点が見出せる。研究者の配偶者の職に関する調査は、男女共同参画学協会連絡会が2007年に大規模調査を行い、男性研究者で約7000名、女性研究者で約2000名規模の回答により初めてかなり明確になった。

* 調査対象18カ国は、中国、南アフリカ、マレーシア、アメリカ、メキシコ、香港、ポルトガル、ブラジル、カナダ、アルゼンチン、韓国、日本、イギリス、ドイツ、フィンランド、イタリア、オーストラリア、ノルウェーである。

そして昨年2012年再び同じ調査が行われた。今回の回答は男女の研究者合わせて1万1千人以上である。二つの調査の間には5年間の隔たりがあるが、出てきた結果はほとんど変わらない。図11から読み取れるのは、女性研究者はほぼ全員が共働きであるのに対し、男性研究者の54%(2007年は55%)は無職の妻をもつという状況である。こうした数値は、先の有本らの国際比較研究で明らかになった結果とも符合し、きわめて異例である。

図11

先に見たように大学院博士課程修了女性比率がマルタやキプロス並の低さである事実を踏まえれば、研究者同士のカップル(Dual Career Academic Couples)が誕生する可能性が低いことも仕方がないことかもしれない。欧米では、このカップルの問題が結構な話題になるが、日本はそれが問題となる素地がそれほど大きくないということになる。もちろん「大きくない」と言ってしまっては問題で、キャリアのためにカップルが遠く離れて暮らさざるを得ない現実は我が国においても厳しいものがある。

日本政府の対応の遅れ

最後に、女性研究者に限らない日本政府の女性政策全般を見て、国の男女共同参画推進の取り組みの中での女性研究者について考察してみたい。アメリカに始まる第2波フェミニズム運動は1960年代後半からであるが、法的な縛りをもって男女の平等を打ち出した点で、1979年の国連第34回総会において「女性差別撤廃条約」が採択されたことは画期的な出来事であった。しかし日本は国内法の整備がこれに追いついておらず、すぐにはこの条約を批准することが出来なかった(18)。批准を妨げる一番の障害は、男女で雇用の均等が保障されていないことであった。当時の労働省青少年婦人局の局長であった赤松良子らの血のにじむ働きによって1985年にようやく男女雇用機会均等法が成立し、これをもって同年日本は「女性差別撤廃条約」を批准することができた。世界で72番目の批准である。その後国連では1999年の第54回国連総会で「女性差別撤廃条約選択議定書」を採択した。しかし我が国は、現在すでに世界で100か国以上が批准済みであるというのに、未だこれを批准しないままである(19)。我が国は憲法に明確に男女平等を謳っているにもかかわらず、実際の法律はこれに追いついていない。米国は、国内法が「女性差別撤廃条約」を上回る権利を女性に認めており、批准を行う必要がない。

もう少し違う観点から政策の遅れを指摘することもできる。よく引かれるのが人間開発指数(Human Development Index)とジェンダー・ギャップ指数(Global Gender Gap Index)における我が国の順位である。日本は2012年の国連開発計画によるHDIでは187か国中10位である。HDIというのは寿命の長さ、識字率、教育や生活水準などでもって測られる順位である。それに対し、世界経済フォーラムが毎年公表しているGGGIは、経済、政治、教育、および保健分野における男女の社会的活躍状況の比較である。ギャップ指数ということで、このランキングは経済・政治・教育・保健分野において女性が享受するサービスの質の高さや女性の活躍レベルに注目するのではなく、男女間の格差に注目していることに注意すべきである。総合的に見て日本はこのGGGIで135か国中101番目である。4分野のうち経済参画はほぼ平均並みであるが、政治参画は平均より大きく下回っている。他方、日本の教育水準は高いが、男女の格差という観点からすると、135か国中81位に留まるのである。そうしたことから批判も多い指数ではあるが、格差認識に若干のメリットありというところである。

日本女性は極めて有能であるにもかかわらず、日本政府は女性の能力発揮にこれまで極めて消極的であったと言わざるを得ない。2012年10月に国際通貨基金のトップであるクリスティーヌ・ラガルド専務理事が来日し、日本経済の救世主となるのは女性の活躍であることを力説した。後回し、先送りにされてきた日本の女性政策は、多くの外圧によって少しずつ変化しようとしている。

結論

日本女性は、スポーツや音楽といった、主として結婚前の年齢で力を発揮する分野であれば、世界的にきわめて高い評価を獲得して来ている。オリンピックでの活躍や各種有名な音楽コンクールの結果がそれを裏付ける。しかし、科学研究のように30歳を超えて継続、持続が求められる分野については、結婚生活との両立困難が大きな足枷となっている。それは最初から結婚を選択しない女性研究者の比率の高さ、結婚後も女性にかかる家事育児の負担のかなりの大きさなどに見ることができる。

戦後日本の研究・開発分野における目覚しい発展は、単身の男性、あるいは専業主婦を有する男性によって築かれてきており、いまだにその意識は根強く残っている。それでも社会全体では、共働き世帯が増加しつつあるのだから、研究者の間でも共働きが一般化してくれば、女性研究者に対する理解ももう少し高まるのではないかと考えられる。ところが、他国に比べ日本は博士課程修了者の女性比率が恐ろしく低い。これが隘路となっていることは否めない。

現状においては、限られた期間に女性研究者の支援をすれば同僚男性の逆差別感は拭いがたく、容易に進展をみない。政府が女性の活躍に期待するのはよい機会であるといえよう。もちろん期待するからには彼女たちの活躍を保証する法整備がなされなければならない。一番大切なのは法的な措置であることは言うまでもないが、これまでの日本政府の対応は大きく遅れている。韓国はこの点、日本が見習うべきお手本であろう(20)。

ノーベル賞受賞者輩出国と言われる日本で、男性に劣らぬ才能をもつ女性研究者をしっかり守り育てなければ、科学技術の躍進は覚束ない。日本と言わずアジアの地域からまだ一人もノーベル賞受賞女性科学者がいない現状が打破されることを祈りたい。

1 本稿は2012年12月に岐阜大学で開催された「多様性活力発揮に向けての女性研究者支援」総括シンポジウムで行った基調講演「女性研究者の現状:世界・日本・三重」と一部重なるデータがあることをお断りしておく。さらに2013年9月に台湾で開催されたIcon WiST(2013International Conference on Women in Science and Technology)の招待講演で用いた英語版のグラフの一部を日本語の白黒版に作成し直して用いていることをお断りしておく。
2 川端康成、大江健三郎の2名のノーベル文学賞、佐藤栄作のノーベル平和賞が含まれる。
3 女性研究者の観点からノーベル賞を再考したエッセイとして拙稿「10人の女性ノーベル賞受賞者」初出『学鐙』(2002年)(日本エッセイスト・クラブ編『うらやましい人』’03年版ベスト・エッセイ集文藝春秋2003年34-40頁、その後に文春文庫として再刊。)も参照されたい。
4 EUの政策については、拙稿「EUにおける女性研究者政策の10年」『人文論叢』(三重大学人文学部文化学科研究紀要)第29号2012年3月147-162頁。
5 近年の出版物としては以下を参照。2012年出版のプロジェクトには筆者自身もメンバーとし3年間のプログラムに参加した。National Academy of Sciences, National Academy of Engineering, and Institute of Medicine, Beyond Bias and Barriers (WashingtonD.C.:National Academies Press, 2007);National Research Council of the National Academies, Gender Differences at Critical Transitions in the Careers of Science, Engineering, and Mathematics Faculty(WashingtonD.C.:NationalAcademiesPress,2010);NationalResearch Council of the National Academies, Blueprint for the Future: Framing the Issues of Women in Science
In a Global Context (Washington D.C.: National Academies Press,2012)
6 2003年に出版されたShe Figures2003が最初で、現在2012年まで4冊出版されている。EU加盟国が対象であるが、米国と日本はいくつかのグラフに比較の意味で登場する。
7 ヘルガ・リュープザーメン=ヴァイクマン他『科学技術とジェンダー:EUの女性科学技術者政策』小川眞里子・飯島亜衣訳明石書店2004年。
8 ホームページが立ち上げられている。http://genderedinnovations.stanford.edu/index.html (2013年10月)これのプロジェクト・ディレクターを務めているのは、スタンフォード大学のロンダ・シービンガーである。彼女がミッシェル・クレイマン研究所長の地位にあるときに開始され、今やUSとEUの共同事業として確立した。
9 三重大学は同プログラムに応募して、2008年度から3年間「パールの輝きで、理系女性が三重を元気に」を実施した。2010年度までに55研究機関が採択された。
10 日本の遅れた現状とそうした中にあっても少しずつ進展している様子を英語で発信したものとしては、Miwako Kato Homma, Reiko Motohashi, Hisako Ohtsubo,“Japan’ sLagging Gender Equality,” Science,vol.340,pp.428-429.もう少し長い歴史的スパンで日本の理系女性研究者を論じた拙稿も参照していただければ幸いである。“Japanese Women Scientists: Trends and Strategies,” in Neelam Kumar ed.,Gender and Science: Studies across Cultures(New Delhi: Cambridge University Press India,2012)chapter7:pp.150-171.
11 近年は、女子学生に代わって女性学生という呼び名が使われるようになってきた。後で言及する女子差別撤廃条約も、近年では女性差別撤廃条約とされるのが一般的である。
12100%スケールのグラフの初出は三浦有紀子「科学技術分野における女子学生の動向、現状と今後」『女性と科学技術』(科学技術社会論研究7)科学技術社会論学会2009年、45-56頁。
13 日本、韓国、台湾(正式な国の扱いではなく地域とされる)の3国の女性研究者の統計的比較研究は2012年1月にとくに統計的摺合せを行うために、お茶の水女子大学ジェンダー研究センターで開催したワークショップの成果に由来するものである。3国の年平均増加率の算出については、台湾の高雄市の中山大学Yen-WenPeng准教授の作成に負っている。2013年9月に台湾で開催されたIConWiSTにおいて韓国の研究者からの発言では、急速な女性博士の増加による深刻な就職難であるという。溢れるポスドクはかなり一般的な問題であるが、とりわけ少子化の進行が急速な我が国や韓国では、高等教育部門の就職は期待できず、民間部門へのキャリアの多様化がきわめて重要であるに違いない。
14 加藤真紀茶山秀一星越明日香『日本の大学教員の女性比率に関する分析』文部科学省科学技術政策研究所2012年。15OECDによって毎年出版されるMain Science and Technology Indicatorsは国内のデータとは違った視点を提供してくれる。
16 加藤真紀ほか『日本の大学教員の女性比率に関する分析』前掲書。
17有本章『変貌する世界の大学教授職』玉川大学出版部2011年。この第6章が木本尚美「ジェンダー・バイアス:教員のライフスタイル」123-141頁。なお、木本の以下の論文も参照した。木本尚美「大学教員の国際比較、ジェンダーを中心に:大学教授職の変容に関する国際調査(2007年)の分析からみた日本の特徴」県立広島大学人間文化学部紀要第6巻2011年87-102頁。
18 国内法で抵触するのは3項目あり、①家庭科の男女共修、②父系主義から両血統主義、③男女雇用機会均等の保障。③は両親のどちらが日本人であっても子は日本国籍がえら得るとすることである。それまでは父親が日本人でなければ日本国籍が得られなかった。③は、結婚退職や30歳定年といった女性だけに課せられてきた差別を撤廃しようとするものである。
19 議定書の内容は、協約締結国の個人または集団が条約に定められた権利の侵害を女性差別撤廃委員会に直接通報する権限を認め、国連が通報に基づく調査・審査を行い、通報のあった当事者・政府に「意見」「勧告」を送付するというものである。現在締約国187か国中104か国が批准している。
20 内閣府男女共同参画局報告書『諸外国における専門職への女性の参画に関する調査』平成23年11月。第3章韓国39-90頁参照。調査編を踏まえた森山新「韓国における取組と日本への示唆」はまさしく示唆的である。

【関連】
【解説】ノーベル賞と女性

【科学史】EUにおける女性研究者政策の10年(小川眞里子)

【特論9】なぜ、女子に理系分野なのか(小川眞里子)

【特論15】東アジアの女性学生・研究者の専攻分野に 関するジェンダー分析(小川眞里子)

【科学史①】女性研究者の源流を訪ねて(小川眞里子)

→(調査データ)「第3回科学技術系専門職の男女共同参画実態調査、解析報告書」(平成25年8月、男女共同参画学協会連絡会)pdf全144ページ→http://www.djrenrakukai.org/doc_pdf/2013/3rd_enq/3rd_enq_report130918.pdf#search=%27%E7%AC%AC3%E5%9B%9E%E7%A7%91%E5%AD%A6%E6%8A%80%E8%A1%93%E7%B3%BB%27

Why are there no female Nobel Laureates in Japan,Highly productive country of Nobel Prizes?

Abstract: Over the past several years, Japan has become the most productive country for Nobel Prizes after the US. However, all Japanese Laureates are male. We may rightly say that Japan is Successful in producing male laureates. Why have there been no female laureates in Japan?
It is now known world-wide that the percentage of female researchers in Japan is very small,
almost the smallest among its peers, even though Japan is a democratic country with a national commitment to science and technology. To increase the number of female researchers, the number of female PhD graduates provides the human resources available for female researchers. But She Figures 2012 data showed that compared to all EU countries Japan is ranked lowest but one. The lowest is Malta and lowest but two is Cyprus. According to the details for these lowest three countries, the number of female PhD graduates is 3 in Malta, 4508 in Japan, and 11 in Cyprus. The low female percentage in Japan is shockingly behind the times. In addition to the low Proportion of female PhD graduates, a quarter of these are foreign students. In fact, not a few post-doctoral students eventually return to their own countries. Increasing the number of native female PhD graduates is an urgent necessity for Japan.
The next problem for human resources is Japanese researchers’ social consciousness. The rate of dual-income to single-income households is now about 1.2.However, it is totally different in the academic sphere. Data on the jobs of researchers’ spouses show that more than half of male researchers have full-time housewives. MEXT’s efforts are not effective in such a conservative environment. If MEXT is to increase the number of female researchers, not only is a support system relying on male colleagues’ cooperation required, but also legal action, such as a quota system, should be taken.
In the US and EU, there are a lot of dual-career academic couples and they are a driving force for solving female researchers’ problems. In Japan a few PhD female students plus the traditional tendency of male researchers with full-time housewives hampers the increase of dual- caree academic couples. It is a short cut to build a gender equal society to raise talented female researchers with the potential to win the Nobel Prize.

全文はこちら→小川眞里子「ノーベル賞量産国日本で、なぜ女性受賞者がでないのか」(三重大学人文論叢31号、2014年)

【関連】

→参考:小川眞里子【特論】なぜ、女子に理系分野なのか

→参考:小川眞里子「EUにおける女性研究者政策の10年」(三重大学人文論叢29号、2012年)

世界史Ⅱ

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