【史料・解説】女性差別撤廃条約(1979年)(三成美保)

(執筆:三成美保/初出:三成他『ジェンダー法学入門』2011、一部加筆修正)

解説

◆国連と日本の動き(『男女共同参画白書』H23年版)

国際女性(婦人)年以降の国内外の動き(年表)(出典:http://www.gender.go.jp/kaigi/renkei/pamphlet/pdf/renkei2013_6.pdf)

renkei2013_6

◆女性差別撤廃条約 

女性差別廃止のためのもっとも基本的な条約が、女性差別撤廃条約(女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約:全30条:1979年)である。国連女性の地位委員会は、女性差別撤廃宣言❶(1967年)を条約に発展させるべく、74年から草案作りをはじめた。79年の第34回国連総会で、賛成130の圧倒的多数を得て、女性差別撤廃条約が採択された。2009年5月現在で締約国186国、署名国98国である。同条約は、前文(15パラグラフ)と本文30カ条(6部構成)からなる。第1部総論(1~6条)、第2部公的生活(7~9条)、第3部社会生活(10~14条)、第4部私的生活(15~16条)、第5部女性差別撤廃委員会(CEDAW)(17~22条)、第6部最終条項(23~30条)である。「女性に対する差別」は、第1条に定義されている。

女性差別撤廃条約は次のような3つの特徴をもつ。①男女の固定的な性役割を否定している(前文第14パラグラフ、第5条)。②個人や社会慣行による性差別の撤廃をも求めている(第2条)。③ポジティブ・アクションを肯定している(第4条)。

◆日本の法改正

日本は、女性差別撤廃条約を1980年に署名、85年に批准した(72番目)。批准にあたって3つの改革を行った。①国籍法の改正(父系血統主義から父母両系主義へ/外国人配偶者の国籍を男女平等へ)、②学習指導要領の改訂(高校家庭科を女子のみ必修から男女の選択必修へ)、③男女雇用機会均等法の制定である。

◆選択議定書 

1999年、女性差別撤廃条約選択議定書(「54/4 女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約選択議定書」が採択された(→発効に関する国連のプレスリリース:2000年)。二つの新しい制度が定められ、条約を守らせる力が飛躍的に高まった。個人通報制度(権利を侵害された個人が国内法で救済されない場合に直接CEDAWに申し立てができる)と調査制度(条約に対する重大または組織的侵害があるという確かな情報を受け取った場合にCEDAWが調査できる)である。日本はこれを批准していない。 (M)

資料・史料

①女性差別撤廃条約

女性差別撤廃条約の成立・批准経過 (内閣府男女共同参画局HP)

女性差別撤廃条約(全文)(1979年)(内閣府男女共同参画局HP)

②女性差別撤廃条約選択議定書

女性差別撤廃条約選択議定書(全文)(1999年)

女性差別撤廃条約選択議定書の発効に関する国連のプレスリリース(国連広報センター:2000年)

●女性差別撤廃条約選択議定書批准国(国連・随時更新)
2015年1月現在で、批准国は105国(日本は未批准)。
https://treaties.un.org/Pages/ViewDetails.aspx?src=TREATY&mtdsg_no=IV-8-b&chapter=4&lang=en