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ジェンダー史/女性史の新潮流―サハラ以南アフリカの事例―(富永智津子)

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「海外の新潮流」

ジェンダー史/女性史の新潮流―サハラ以南アフリカの事例―

掲載:2018-11-06 執筆:富永智津子(宮城学院女子大学キリスト教文化研究所)

はじめに

サハラ以南のアフリカ地域を対象とした女性史/ジェンダー史研究は、「女性と開発」という研究領域の広がりの中で1970年代に産声をあげた。経済的に重要な役割を果たしてきた農村女性が注目され、それが引き金となって、無視されてきた歴史の中の女性に光があてられるようになったのである。

浮上したテーマは、1970年代の「忘れられたヒロインたち」(王母、大商人、霊媒師、解放運動や抵抗運動のリーダーなど)から、1980年代は「下層階級の女性たち」(売春婦、奴隷、家事労働者など)に重心が移行し、1990年代から2000年代初頭には、客体としての女性像から、歴史主体(エージェンシー)としての女性像へのアプローチの転換があった。こうした女性史の再構築の時期を経て、2010年前後には、ジェンダーの視点から植民地時代と独立後の歴史を読み直す作業が展開する一方、HIV/エイズの大流行とも響き合って、同性愛や男性性といった従来の歴史学の対象からは排除されていたテーマが浮上している。もちろん、こうしたテーマやアプローチは、時期的にオーヴァーラップしていることはいうまでもない(バーガー&ホワイト2004) 。

ここでは、以上のような大きな研究史を念頭に、植民地史(近代史)と現代史、およびテーマそのものがジェンダーにかかわる「同性愛」と「男性性」に関する2000年代以降の文献を中心に紹介しながら、アフリカ女性史/ジェンダー史研究の新潮流を探ってみたい。

(参照)【現代アフリカ史】アフリカ史100年を「ジェンダー視点」で切り取る(富永智津子)

1.植民地主義と女性史/ジェンダー史

(1)歴史主体(エージェンシー)としての女性の発見

女性に焦点をあてて植民地時代を読み替えようとする研究は、2000年代に入って質量ともに充実してきている。その集大成ともいうべき論集がJean Allman, Susan Geiger, and Nakanyike Musisi (eds.), Women in African Colonial Histories 2002である。13本の論文を収録している本論集は、植民地支配下のアフリカ人女性が、いかにして日々、その複雑な政治的・経済的・社会的抑圧と向き合っていたかを、植民地文書、聞き取り、裁判所の判例、新聞、ライフ・ヒストリーなどの多様な資料によって検証している。農民女性、王母、産婆、都市の女性、女性政治指導者といったさまざまな女性を対象としながらも、アフリカ人女性の主体的な歴史過程への働きかけを掘り起こすという視点が共有されている。それまでの植民地主義の「犠牲者」としてのアフリカ人女性のイメージを覆したという点で、ひとつの画期となった業績と目されている。こうした社会的に存在が容認されていた女性の主体性を問い直す作業とは一線を画し、存在を否定されながらも歴史を変革する「主体」となった女性たちに光をあてた研究も登場した。15人の研究者(女性13人、男性2人)の論文を収録したDorothy L. Hodgson and Sheryl A. McCurdy (eds.), WickedWomen and the Reconfiguration of Gender in Africa 2001である。本書は、植民地時代に「浮浪者」「売春婦」「ふしだら」「きまま」といったラベルを張られた「不道徳」な女性こそが歴史過程におけるジェンダー関係を変革する主体だったことを実証しようとした論集である。ここで明らかにされたことは、まさに「不道徳」とされた女性たちが、既存の行動規範の境界線を無視したり乗り越えたりすることによって、ジェンダー化された権力関係を変化させてきた実態である。

いずれも、「抑圧」された「受け身」のアフリカ人女性という西欧社会が抱いていた従来のイメージに大きな修正を迫る研究領域である。

(2)ジェンダー視点の主流化

2000年代初頭の研究は、以上のように歴史主体としての女性を掘り起こすことに力点が置かれていたが、2010年前後を境に、ジェンダーを前面に打ち出した研究書が次々に出版されるようになる。女性史からジェンダー史へのこのパラダイムの転換を画した論文集として高い評価を受けた業績はいくつもあるが、ここでは、Teresa Barnes(1999)およびNancy Rose Hunt, Tessie P. Liu and Jean Quataert(1997)の二冊を挙げておく。前者は1930~1956年の植民地ジンバブウェはハラレにおけるジェンダー関係を、女性の仕事、植民地都市の発展、社会的再生産、統合の四つの視点から分析し、男性から女性を区別するメカニズム、女性が女性を差異化するメカニズム、両性を結びつけるメカニズムを明らかにしている。58人の年配の男女からの聞き取りと植民地文書の見直しから、ややもすれば、対立の構図で捉えられがちなジェンダー関係を、多角的・重層的に解明し、それを切り口に、都市の女性たちが、いかに都市共同体の建設に重要な役割を演じ、ナショナリスト運動の展開に先行して、反植民地的態度を醸成していったかを解明している。後者に収録されている5本の論文は、対象とするそれぞれの植民地下で展開した特殊な事件や事例を分析することを通して、「植民地主義」そのものに内在する複雑で錯綜したジェンダーの力学を洗い出している。

(3)植民地文化との相克

ところで、植民地支配下では西欧の文化や価値観がさまざまな回路によって伝達された。強制された場合もあれば、アフリカ人が自発的に受け入れたものもある。そうした「異文化」は、アフリカ人社会のジェンダー秩序との間でさまざまな対立や矛盾を生み出してきた。その代表的な事例が、キリスト教であり、宣教師という西欧文化の伝道師と現地の人々との相克である。このテーマに取り組んだ研究として、Elizabeth E. Prevost, The Communion of Women: Missions and Gender in Colonial Africa and the British Metropole 2010を挙げておきたい。本書は、ウガンダとマダガスカルにおけるイギリス人女性宣教師のもたらした「帝国のフェミニズム」が、現地の女性の挑戦を受けて修正されていく歴史過程を明らかにしている。また、アフリカ人が植民地下でキリスト教徒として生きることの意味を問う研究としてはWendy Urban-Mead (2015)やElizabeth Dimock(2017 )がある。

キリスト教とアフリカ社会との出会いについては、すでに多くの研究が蓄積されているが、ジェンダーの視点を導入することによって、この領域における、より深みのある分析が可能となりつつある。

(4)欧米発のジェンダー論批判

ナイジェリア人の女性研究者を中心に、アフリカ社会には西欧のジェンダー論は適用できない、という異議申し立てがなされている。ジェンダーは植民地化前のアフリカ人のアイデンティティの核ではなく、年齢および社会的ヒエラルキーが権力の配分やアイデンティティ構築に重要な役割を果たしていたと主張する。社会的ヒエラルキーの構築にとって、ジェンダーは従属的な変数でしかないというのである。Oyeronke Oyewumi(2011)やIfi Amadiume(1987)は、その代表といってよい。一方で、このナイジェリアの事例は、他のアフリカ社会には適用できない特殊な事例として排除する研究者もいる。(注:Ouzgane and Morrell, p.5)。しかし、彼女たちが西欧とは異なる柔軟なジェンダー操作の事例として挙げている「女性夫」や「男性として扱われる女王」(だから子どもは産まない)の事例は、ジェンダーとセックスとの密接な関係に疑義を呈しはじめた欧米のジェンダー論、例えば、ジュディス・バトラーの「ジェンダーがセックスを規定する」といった新しい潮流を考えると、一概に「特殊な事例」として切り捨てるわけにはいかないだろう。

さて、こうしたアフリカ発の発想は、「母なるもの」(motherhood)にも向けられている。アフリカ社会では、「母なるもの」の象徴的意味や存在も、欧米の「母なるもの」とは異なる、というのだ。つまり、「父」と「母」といった社会的役割のジェンダー平等には還元されえないものが「母なるもの」には含意されているのだという。西アフリカのベニンとナイジェリアに住むヨルバ民族を対象としたLorelle D. Semley (2011)は、そうした「母なるもの」の生物学的な意味を越える社会的価値や権力を分析している。例えば、「母なるもの」は共同体の存立に深く関わっていたことから「公共的な母なるもの」(public motherhood)

という概念を提案している。そうした「母なるもの」が、大西洋奴隷貿易、フランス領植民地時代、大西洋によって結ばれたディアスポラの世界の展開、といったプロセスの中で異なる意味を与えられつつ再生していく歴史的プロセスを明らかにしているのが本書である。

同じく、Rhiannon Stephens(2013)も、ウガンダ北部の共同体が共同体として成り立っているその核に、「母なるもの」というイデオロギーがあったことを明らかにしようとしている。イデオロギーとして、あるいは社会制度としての「母なるもの」の事例として、首長国や王国の王母(queen mother)の権力が挙げられている。歴史言語学、比較民族学、伝承、文学、文書史料などを駆使した本書は、対象地域の「母なるもの」の可変性を歴史的にたどり、西欧のジェンダー・イデオロギーに囚われない歴史の再構築をめざしているといえよう。

こうした異義申し立ての背景には、アフリカの次のような事情も関係している。つまり、アフリカは日本の約80倍の面積に10億に近い人口を擁する大陸である。そこに2000とも3000とも言われる民族やサブ民族集団が西欧列強によって恣意的に分割され、現在56か国(西サハラとソマリランドを含む)に囲い込まれている。「国民」の創出がままならない状況下にあるといってよい。したがって、ジェンダー関係を実質的に規定し続けているのは国家が制定している「近代法」というよりは、民族集団それぞれが祖先から受け継いできた慣習法や民族宗教である場合が多いという事情である。それらは、西欧のジェンダーが提示する概念とは相いれない。そうしたアフリカ固有の慣習や法をテコに反西欧の論陣を張った場合、ジェンダーの視点からすれば、女性に極めて不利な、しかも人権にもとる慣習をも擁護せざるを得ないという葛藤が生じる。このジレンマをどのように克服し、西欧の価値観を特権化することなく、アフリカ独自の歴史像が描けるか。それが、今、問われている。

2.現代史

ここでは、植民地史と区別し、アフリカ諸国の独立後(南アフリカはアパルトヘイト後の時期)を現代史とすることにする。この時期に関しての研究蓄積は膨大である。その中から次の2つのテーマを紹介しておきたい。

(1)紛争とジェンダー

新しい潮流としては、独立後のアフリカ諸地域の内戦や紛争をジェンダーの視点から分析した研究の展開が注目される。ルワンダやブルンディのジェノサイドはもとより、ウガンダ北部内戦、リベリアの内戦、ガーナのリベリア難民、コンゴ民主共和国内戦、シエラレオネ内戦、スーダン内戦などが調査・研究対象となり、研究書がつぎつぎに出版されている。取り上げられているテーマは、難民やジェノサイドを性暴力、少女兵、女性兵士の立場からジェンダー分析した業績が多い。自伝的作品も含まれている。タイトルだけを紹介しておく。

  • 「ルワンダの女性と戦争:ジェンダー・メディア・ジェノサイドの実像」(Holmes2014)
  • 「心の中の墓場:ウガンダ北部における女性・犠牲・戦争」(Baines2016)
  • 「イディ・アミンの影:ウガンダにおける女性・ジェンダー・軍国主義」(Decker2014)
  • 「バドゥブラム難民収容所の女性たち:難民活動家と人道主義のジレンマ」(Holzer2015)
    • バドゥブラムはガーナに設置されたリベリア難民収容所
  • 「コンゴ民主共和国におけるジェンダー・暴力・政治」(Freedman2016)
  • 「ブッシュワイフと少女兵:シエラレオネ内戦と平和の中の女性の生活」(Coulter2009)
  • 「わたしはイヴリン・アモニー:神の抵抗軍からの再生」(Amony2015)
  • 「ブルンディのジェンダーと虐殺:太湖地方における平和をもとめて」(Daley2008)

(2)「ジェンダー・ポリティクス」の焦点化

「ジェンダー史」という時、「女性」が焦点化されることが多い。したがって、「女性史」もジェンダー史の一部であるという認識が共有されてきた。本稿のタイトルも、このふたつを並列させている。ところが、2000年代にはいって、男性と女性の権力関係を政治的に操作してきた経緯に照準を合わせた「ジェンダー・ポリティクス」を書名に掲げた研究書が登場している。ジェンダー史がめざすもうひとつのアプローチであろう。その一例にSigne Arnfred, Sexuality and Gender Politics in Mozambique: Rethinking Gender in Africa 2011がある。1987年から2007年に書かれた14本の論文を収録しており、対象とする時期は、独立した1975年から2005年まで。扱っているテーマは、モザンビークのジェンダー、セクシュアリティ、イニシエーション、母系制の理論と実践である。本書の著者は冒頭で次のように述べている。

「開発政策は、しばしばGAD(gender and development)という概念を基調としている。それは、暗黙裡に女性は男性に従属させられ、抑圧されているということを前提としている。モザンビーク北部の母系制社会の現実は、このような前提が成り立たない社会であった。したがって、モザンビークの女性にとっての開発政策を考える時には、こうした前提に立つのではなく、主導的な権力を持つ女性の地位を前提として調査研究を推し進めなければならない。」(p.3)

つまり、著者は、モザンビークの母系制社会では、男性が支配する側で女性がそれに従属していたわけではないというのである。そして、そのような関係性が展開するのは、生物学的な差異にもとづいたジェンダーの再編が行われた植民地支配下においてのことであったと結論づける。まさに植民地的ジェンダー・ポリティクスの展開であった。それを下支えしたのが、キリスト教であったというのである。(pp.185-186)

本書が警鐘を鳴らすのは、西欧によって植えつけられたジェンダー概念を前提とした分析やフィールドワークの危うさであろう。

3.「同性愛の歴史」という新領域の登場

長い間研究対象とされてこなかったアフリカにおける同性愛(gay とlesbian)の研究は、1990年代以降に注目度を高め、質量ともに着実に充実してきている。その背景には、ふたつの理由がある。男性の同性愛に関しては、HIV/エイズの大流行である。それがゲイと関連づけられたことが契機となった。もうひとつは国際的な性的マイノリティの人権問題の浮上である。というのは、国連もしくはアフリカ連合(AU)、あるいはその両方が承認しているアフリカ独立国55か国のうち、2016年の時点で、同性間の性交渉を容認している国は22か国、非合法化して違反者には刑罰(死刑・懲役刑・罰金など)を科している国は33か国(となっており、ウガンダなど一部の国では迫害を受けた男性の難民化が問題となっているからである。

ちなみに、同性間の性交渉を容認している22か国のうち、法律で性的マイノリティの権利を保障しているのは南ア、ギニアビサウ、サントメプリンシペ、レソト、ガポヴェルデ、マダガスカルなど一部の国のみであり、そのほかの11か国(ガボン、ブルキナファソ、チャド、コンゴ民主共和国、コートジボワール、ジブチ、赤道ギニア、マリ、ニジェール、ルワンダ、モザンビーク)は、日本と同じく、同性間の性交渉を処罰する法律もなければ、権利を保障する法律もないまま放置されている状態にある。その内訳は、フランス領8か国、ベルギー領1、スペイン領1、ポルトガル領1であり、イギリス領は皆無である。これは、フランスではフランス革命直後に同性間の性交渉が非処罰化されたこと、一方、イギリスが同性愛行為を非処罰化したのは1967年から1982年にかけてのことであった(イングランドとウェールズが1967年、スコットランドは1981年、北アイルランドが1982年)ことと関連がある。「本国」の同性愛に対するスタンスの違いは、そのまま植民地に反映されていたのである。

なお、同性間の性交渉を違法としている33か国の中で、男性のみに罰則を科し、女性間の性交渉を容認している国は3分の1弱で(ガーナ、モーリシャス、ナミビア、セーシェル、シエラレオネ、スワジランド、チュニジア、ジンバブウェ他)、その他は男女両方の同性間の性的接触を禁じている(Carroll, A  2016)。

(1)「同性愛」(男性)

ここでは、Marc Epprechit著の次の2冊 Hungochani : The History of a Dissident Sexuality in Southern Africa 2004(Second edition:2013)と、Hetero Sexual Africa? The History of an Idea from the Age of Exploration to the Age of AIDS 2008を取り上げておく。著者はカナダのQueen’s Universityで教鞭をとっており、ショナ語(ジェンバブウェの主要な民族の言語)で同性愛を意味するHungochaniを書名に冠したHungochaniは、Canadian Association of African Studies Joel Gregory Prize を受賞している。この2冊の研究書では、以下のようなテーマが議論されている。

  • アフリカにおけるホモセクシュアリティの歴史と伝統、
  • 資本主義、植民地主義、キリスト教教育の導入によって展開したジェンダー・アイデンティティとセクシュアリティの実態、
  • アフリカにおけるホモフォビア(同性愛嫌悪)の起源、
  • 1980年代以降のゲイの権利擁護運動、

その結果、次のような新たな発見があった。

  • ホモセクシュアル行為は伝統的なアフリカの共同体では受け入れられていた。
  • にもかかわらず、アフリカ社会はヘテロセクシュアルな社会であるという認識は、人種差別主義者、自民族中心主義の文化人類学者、民族心理学、宣教師や反植民地主義者、あるいはHIV/エイズ治療従事者らによって作り上げられた「神話」であること。
  • 西欧がアフリカに移植したのはホモセクシュアル行為ではなくホモフォビアであり、ホモフォビアこそが、アフリカにとっての異文化だった。
  • そのことは、植民地当局が導入し、現在も多くのアフリカ諸国で継承されている反同性愛法や反ソドミー法が立証している。
  • しかし、現在、アフリカの政治家やキリスト教会の指導者たちは、ホモセクシュアルをアフリカの伝統を台無しにした西欧の退廃的な文化の事例として「敵視」している。
  • ゲイの権利擁護運動は、そうした誤った歴史認識を是正し、ホモセクシュアリティを人権と民主主義の問題として考える機会を提供している。

以上のように、アフリカの同性愛研究は、植民地時代に植えつけられた「神話」を打破し、無権利状態のLGBTIの人びとの置かれた現状を変えようとする明確な目的を持っている。

ところで、植民地のホモフォビアに関しては、ひとつ解けない謎がある。ホモフォビアは、宗主国であるイギリスやフランスのホモフォビアの移植であったということになるが、皮肉なことに、イギリスやフランスの同性愛者が逃避先として植民地に新天地を求めてやってきていたのである。行先はアフリカに限らない、オーストラリア、インド、英領マラヤ、オランダ領東インド、メラネシア・・・・。その中には、南部アフリカの植民地化に手腕を発揮したイギリスの帝国主義者セシル・ローズやセイロンに向かったイギリス帝国軍人ヘクター・マクドナルド、ジャーナリストであり探検家のヘンリー・モートン・スタンリーや、中東で活躍した“アラビアのロレンス”の他、『インドへの道』を著したE.M.フォスターや『狭き門』のフランス人アンドレ・ジイドといった著名な作家も含まれる。入植者の中にも同性愛者は多く、「植民地主義とホモセクシュアリティ」というテーマはひとつの研究のジャンルとして市民権を得ている(Robert Aldrich 2003)。かれらが植民地でどのような生活を送ったのか、それが植民地主義や帝国主義にどのような影響を与えたのか、また、彼らの存在と植民地のホモフォビアとの関係はどうなっていたのか。いずれも歴史研究の対象として重要なジャンルであろう。

もう1点、アフリカ社会のホモフォビアを、宗教との関連で考察している最新の文献を紹介しておこう。Adriaan van Klinken, Ezra Chitando (eds.), Public Religion and the Politics of Homosexuality in Africa 2016である。本書は、これまで漠然と関連づけられてきた宗教とホモフォビアとの決定的かつ複雑な関連を、初めて学際的に、しかもアフリカ大陸各地の事例を紹介しながら追求した画期的な文献である。キリスト教だけでなく、イスラームやラスタファリニズムも視野に入れている。収録されている14本の論文は、ホモセクシュアリティの政治化における宗教の役割を宗教の言説から説き起こし、それに対抗する言説の台頭に照準を合わせている。暴き出されたのは、アフリカにおけるセクシュアリティ、社会正義、人権といった領域における宗教の両義的な役割である。

こうしたアプローチを共有しつつ、対象をザンビアのペンテコステ派のキリスト教に限定した研究がAdriaan Van Klinlen(2014)である。

いずれも、アフリカ社会に深く浸透しているホモフォビアを歴史的に抉り出し、抑圧されているLGBTIの現状を変えようとしているという点で、研究の目的を共有している。

(2)「同性愛」(女性)

男性の同性愛が、ある程度、歴史をさかのぼることができるのに対し、女性同性愛の歴史史料は少ない。その中で、アフリカにおける女性のセクシュアリティ研究の突破口を開いたのが、Ruth Morgan and Saskia Wierenga(eds.), Tommy Boys, Lesbian Men, and Ancestral Wives: Female Same-Sex Practices in Africa 2005である。本書の編者は、南部および東部アフリカ周辺の7人のアフリカ人女性に調査への参加を呼びかけて調査の方法を伝授、彼女たちはそれぞれの故郷でのインタヴューに臨んだ。自身が「レズビアン」もしくは「バイセクシュアル」である彼女たちは、女性との性的交渉を持っている女性たちを探し出してインタヴューを行ったのである。編者ふたりが手分けして、インタヴュー資料を紹介し、分析を加えたのが本書である。対象国は、スワジランド、ウガンダ、ケニア、タンザニア、ナミビア、そして南アフリカのタウンシップ(アフリカ人居住区)。語られているのは、同性愛の経験、カミングアウト、ジェンダー・アイデンティティと性役割、男性への態度、結婚と子供、両親やその他の家族との関係、HIV/エイズ、LGBTI権利擁護運動への参加・不参加、そして実際の性行為などについてである。そうした個別具体的な事例を通して、アフリカ人女性のセクシュアリティの実態に迫ったという意味で、本書は歴史の史料集でもある。

一方、Henriette Gunkel. The Cultural Politics of Female Sexuality in South Africa. 2010は、南アフリカの事例研究である。本書が明らかにしたのは、女性の親密な「性的」関係には3つのパターンがあるということ。つまり、ホモソーシャリティの関係性、同性間のいたって親密な関係、および性交渉をともなう関係である。これまで「同性愛」なのか、それとも性的関係のない社会的制度なのかについてあいまいなままだった「女性婚」(woman to woman marriage、南アフリカやケニアやナイジェリアなどの各地で報告されている)についても、研究史の紹介を含めて、詳細な考察がなされている。編者が女性のセクシュアリティの問題に取り組んでいる背景には、殺害を含む過酷な暴力にさらされている南アフリカの女性同性愛者の現状がある。家父長制の中での女性同性愛者に対するホモフォビアは、男性同性愛者が経験しないような抑圧と性的暴力(とりわけ、性的指向を矯正する目的での男性によるレイプ)にさらされているのだ。憲法で性的指向の自由を謳い、法律で同性婚を認めているアフリカ唯一の国である南アフリカのこうした現状を知れば知るほど、セクシュアリティをめぐる状況の変革の難しさが浮き彫りになる。

(参照)【特集3-9】アフリカにおけるLGBTの過去と研究の新展開(富永智津子)

(参照)【特集3-6】アフリカにおける「同性愛」の法と歴史(富永智津子)

4.「男性性」の研究

アフリカ社会の男性性の研究も、2000年代になってようやく扉が開かれてきた領域である。ジェンダー研究が展開する中、男性は女性の経験を考察・分析する背景に位置づけられてきたため、男性性は所与のものとされ、調査研究の対象となることがなかったからである。しかし、女性にばかり焦点があてられてきたジェンダー研究を、まさにジェンダー関係を焦点化した研究へと進化させるためには、男性性の研究は不可欠である。

まず、Lisa A. Lindsy and Stephan F. Miescher(eds.), Men and Masculinities in Modern Africa 2003から、アフリカ社会の男性性研究の射程を見ておこう。

収録されている12本の論文は、いずれもジェンダー・アイデンティティの構築とその維持に関する理論に目配りしつつ、植民地化以降のサハラ以南アフリカ史の中の男性性の実証研究を目指している。共通の関心は、アフリカ社会の社会的・経済的・文化的変化と男性性との関連を明らかにすることにある。例えば、アフリカ大陸内の奴隷制の廃止、政治的権威や制度の担い手の交代、賃労働や換金作物栽培の展開、宣教師によるキリスト教や西欧教育の普及、イスラームの拡大、移民や都市化の進展といった変化である。こうした変化をジェンダーのレンズを通して考察し、いかに不平等が構築され維持されたか、いかにして権力が行使されたかを、男性の経験を通して実証しようとしている。このアプローチはフェミニズムに触発された女性史のアプローチと類似しているが、それを越える成果を生み出す可能性を秘めている。つまり、これまでのアフリカ史が問うことのなかった男性性の力学を浮き彫りにすることは、領域外であると考えられてきた歴史プロセスにメスを入れることになるからである。

以上のようなジェンダー史の射程は、個々のモノグラフが蓄積されることによって問題の所在がより明確になり、新たな視点に立った歴史の地平を切り開きつつある。例えば、Lahoucine Ouzgane and Robert Morrell(2005)は、「男性性の解釈」(Interpreting Masculinities)「男性性の表現」(Representing Masculinities)「男性性の構築」(Constructing Masculinities)「男性性の試練」(Contesting Masculinities)をテーマに17本の論文を収録し、新しい歴史史料や提言を提供している。また、Daniel Conway( 2012)は、南アフリカのアパルトヘイトに反対して立ち上がった白人の社会運動のひとつであるEnd Conscription Campaign(ECC)を通して、高度に軍事化された社会における男性性とセクシュアリティの関係に重大な問題提起をしている。

(参照)【特集2】男性性(マスキュリニティ)

おわりに

以上、サハラ以南アフリカを対象として、2000年代以降に出版された400以上の文献をテーマごとに整理し、いくつかの新しいテーマやアプローチを紹介してきた。そこでみえてきたことがある。ひとつは、研究対象としては南部アフリカ、とりわけ南アフリカに関する業績が突出していること。もうひとつは、著者の出身と学歴の問題である。名前からアフリカ出身者であることはわかるものの、その多くは欧米での研鑽の経験がある。その中で出会った欧米の研究者との共同研究が、どのような相乗効果を生んでいるのか。この点に関し、西欧のジェンダー研究に対する批判との関連でも、もう少し立ち入った考察が必要であろう。いくつか公表されているレヴューを参照したが、そうした観点からの批評はなされていない。

なお、1990年代ころまで盛んだった奴隷・奴隷制のジェンダー分析、あるいは「女子割礼」(FGM)についての研究は、やや低迷している。奴隷や奴隷制の問題はトランスナショナルなディアスポラ研究に合流し、「女子割礼」の研究は、歴史研究から、もっぱらその廃絶のプロセスに力点が移行しつつあるのが現状である。また、植民地化前のアフリカ社会をアフリカ側の視点から再構築しようとする作業は、史・資料の限界から、なかなか突破口が開けない状況にある。そういう中で注目されているのが、岩絵、石器、人骨、陶器、遺跡の居住空間などから両性の不平等を誘発してきた要因をさぐろうとする「ジェンダー考古学」である。先史時代と歴史時代のジェンダー史の空白を埋め、性別役割の不変性と正統性を受け継ぐ現代のジェンダー・イデオロギーに転換をせまる重要な領域である。その先駆的業績であるスーザン・ケント(Kent,1998) には、16人(女性10人、男性6人)の研究者が寄稿しており、さらなる進展が期待されていることを付記しておきたい。

【参考・関連文献】

アイリス・バーガー&E・フランシス・ホワイト 2004 『アフリカ史再考―女性・ジェンダーの視点から』(富永智津子訳)未來社

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