補論1:(総論)性の多様性をどう考えるか?

掲載 2018-06-16 執筆 三成美保

◆「性」に関する特徴

ヒトの性(ジェンダー)は、おもに「身体的性(セックス)」「性自認」「性的指向」という3つの要素(属性)によって決定される。これら3要素の組み合わせが多様なだけでなく、各要素がそれぞれ多様である❶。生物学的にも社会的にも、ヒトの「性」史アックは「女性」と「男性」に二分されるわけではない。「典型的女性」と「典型的男性」の間には、幅広いグラデーションがある。

「性」に関する特徴が「典型的」でない場合に社会が受容するか、排除するかは、時代と文化によって異なる。なにをもって「典型的」とするか、「性」のどの要素を重視するかもまた社会によって異なる。昨今よく用いられる「LGBT」は「性的指向」と「性自認」に着目した呼称であるが、欧米型の「男女二分モデル」と「異性愛主義」への対抗概念として1970年代以降に登場した新しい概念である❷。

◆身体的性の説明方法 

人間身体の理解は、科学の発展と深く関わっている。ヒポクラテス(前460頃~前370頃)とガレノス(129頃~200頃)に起源をもつ西洋医学では、17世紀まで男女は相似形で語られた(ワン・セックス・モデル)(→『世界史』8-8)。女性身体は男性身体の「不完全型」とされ、女性身体から男性身体への転換(完成)は想定されたが、逆はないとされた。また、ヒポクラテス=ガレノス説では、男女とも精子をもち、子の性は子宮で勝ったほうの精子の性になるとされ、決着がつかなければ「両性具有者」が生まれるとされた。性の変化や性の多様性は排除されていなかったのである❸。17世紀に卵子理論が発表され(1672)、18世紀には男女身体の根本的違いを強調する「ツー・セックス・モデル」が広まっていく。生殖における卵子や子宮の役割が重視されるようになると、女性の社会的役割も生殖に特化したものに変化した(近代的性別役割分担の確立)。

◆同性愛嫌悪 

古代アテナイで異性婚と少年愛が両立したように、家父長制社会では必ずしも同性間性交が排除されない。同性間性交は異性間生殖と矛盾しないからである。前近代日本でも寺社・公家・武家のすべてでしばしば稚児や小姓が上位男性の寵愛を受けた。また、男女分離が厳しいと同性間の親密関係が発生しやすい。「同性愛」が概念として確立したのは19世紀半ばである。「同性愛嫌悪(ホモフォビア)」として一括される現象のうち、前近代キリスト教社会における同性愛嫌悪は、同性間性交を宗教犯罪とみなすがゆえの迫害であり、同性愛と同性間性交が分離されていない。これに対して、西洋近代市民社会における同性愛嫌悪は、性的指向そのものを理由とする排除抑圧である。そしてそれは、「ホモソーシャル」原理(西洋近代市民社会)に本質的に根ざすものであった。21世紀の国際社会は、LGBT/LGBTIの権利保障を拡大しようとする国連や欧米諸国と権利制限を再編強化しようとするイスラーム諸国に二極化している。前近代イスラーム社会ではキリスト教社会ほど激しい同性愛嫌悪はなかった。むしろ近年になって同性愛嫌悪が強化されている。その理由は一様ではないが、西洋文化に対するイスラーム文化のアイデンティティ発揚として利用される側面もあり、それだけに克服は容易ではない。(三成)

資料

「性」を決定する3要素

  特 徴
身体的性 「身体的性」は、性染色体・(解剖学的な)内外性器・性ホルモン分泌などの組合せによって決定される。受精後8週間は「性的両能期」とよばれ、ヒトの身体は男性にも女性にも分化しうる(性分化)。「XX性染色体・卵巣・子宮・女性外性器」を備えた「典型的」女性身体と、「XY性染色体・精巣・睾丸・男性外性器」を備えた「典型的」男性身体の間には、「非典型/非定型(atypical)」な組合せが70種以上もある(インターセックス)。例えば、「性染色体異常」の場合、「X」(女性型となるターナー症候群など)や「XXY」(男性型となるクラインフェルター症候群など)があり、「XX」と「XY」の細胞が混在する「モザイク型」もある。インターセックス自体は「身体的性に関わる特徴」であり、複数の症例を包括する医療カテゴリーとして「性分化疾患(Disorders of Sex Development=DSDs)」が用いられる。インターセックスはあくまで身体上の性分化の特徴を表す表現であり、個々人の性自認とは別次元の特徴である 。
性自認 「性自認」とは、自分の性をどのように自認しているかをさす。多くの場合、身体的性別と性自認は一致しているが、身体的性別と性自認が一致しないケースもある。これを「性別違和/トランスジェンダー」と呼ぶ。身体的性別が男性で性自認が女性の場合を「MTF(Male to Female)」と呼び、身体的性別が女性で性自認が男性の場合を「FTM(Female to Male)」と呼ぶ。トランスジェンダーのうち、性別適合手術を受けて身体変更を行った者あるいは身体変更を望む者を「トランスセクシュアル(Transsexual)」と呼ぶ。トランスジェンダーのうち、トランスセクシュアルの割合は2~3割とされる。
性的指向 性的指向には、「異性愛」「同性愛」「両性愛」のほか、性愛が誰にも向かない「無性愛(Asexual)」、相手の性別を問わない「汎性愛(Pansexual)」などがある。性的指向は、生得的な場合もあれば、生育環境によって影響を受ける場合もある。また、生涯を通じて一貫している場合も変化する場合もあれば、人生の後半に自覚される場合もある。

 ❷LGBT/LGBTI/LGBTQ/SOGI(ソジ)

「LGBT」は「レズビアンLesbian=L・ゲイGay=G・バイセクシュアルBisexual=B・トランスジェンダーTransgender=T」の頭文字をあわせた呼称である。「LGB」という頭文字は1980年代半ばから使われ始め、Tを加えた「LGBT」という言葉は1990年代に登場し、現在に至っている。これに対し、「インターセックスIntersex=I」を加えた「LGBTI」という表現は、2015年頃から国連でも使われるようになった(2015年9月:ILO, OHCHR, UNHCR, UNAIDS, UNDP, UNESCO, UNFPA, UNICEF, UNODC, UNWOMEN, WFP, WHOの国連12機関による共同声明「LGBTIに対する暴力・差別の撤廃」など)。最近では「LGBTQ」という表現が使われることもある。「Q」は、「クェスチョニング(Questioning)」又は「クイア(Queer)」を意味する。「LGBTQ」は、そもそも性的欲求をもたない無性愛者(Asexual)や自己の性について特定できない人、あるいは特定しようとしない人など、「LGBT/LGBTI」という表現では言い尽くされない多様な性のあり方を包括する表現として用いられている。LGBT/LGBTI/LGBTQなどが当事者を表現する用語であるのに対し、最近用いられ始めたSOGIは、だれもがもつ属性(性的指向・性自認)を表す用語である。

参考文献

日本学術会議法学委員会社会と教育におけるLGBTIの権利保障分科会「(提言)性的マイノリティの権利保障をめざしてーー婚姻・教育・労働を中心に」2017年9月29日(日本学術会議HPに参考文献を含めて掲載)

関連ページ

【参考文献】LGBTI/SOGIに関する文献

【用語】LGBT/LGBTI/LGBTQ/セクシュアル・マイノリティ