【史料】魏志倭人伝

掲載:2015.09.29 作成:三成美保

(1)魏志倭人伝

正式名称は、『三国志』中の「魏書」第30巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条
著者は、西晋の陳寿。成立は、3世紀末(280年(呉の滅亡)-297年(陳寿の没年)の間)。

  • 『三国志』は、中国正史二十四史(黄帝~明滅亡の1644年までの歴史を記述する)の1つである。
  • 正史二十四史は、『史記』『漢書』『後漢書』などからなる。
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魏志倭人伝

【文献】

  • 『正史 三国志』 陳寿、裴松之注、今鷹真・井波律子・小南一郎訳、筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉全8巻、1992年 – 1993年
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(2)内容から

①邪馬台国までの行程

【史料】魏志倭人伝(原文)

倭人在帶方東南大海之中 依山島爲國邑 舊百餘國 漢時有朝見者 今使譯所通三十國
從郡至倭 循海岸水行 歴韓國 乍南乍東到 其北岸狗邪韓國七千餘里
始度一海千餘里 至對海國 其大官曰卑狗副曰卑奴毋離所 居絶島方可四百餘里 土地山險多深林 道路如禽鹿徑 有千餘戸 無良田食海物自活 乗船南北市糴
又南渡一海千餘里 名曰瀚海 至一大國 官亦曰卑狗副曰卑奴毋離 方可三百里 多竹木叢林 有三千許家 差有田地 耕田猶不足食亦南北市糴
又渡一海千餘里 至末盧國 有四千餘戸 濱山海居 草木茂盛行不見前 人好捕魚鰒 水無深淺皆沈没取之
東南陸行五百里 到伊都國 官曰爾支副曰泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 世有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐
東南至奴國百里 官曰兕馬觚副曰卑奴毋離 有二萬餘戸
東行至不彌國百里 官曰多模副曰卑奴毋離 有千餘家
南至投馬國水行二十日 官曰彌彌副曰彌彌那利 可五萬餘戸
南至邪馬壹國 女王之所都 水行十日陸行一月 官有伊支馬次曰彌馬升次曰彌馬獲支次曰奴佳鞮 可七萬餘戸
女王國以北 其戸數道里可得略載 其餘旁國遠絶 不可得詳
次有斯馬國次有巳百支國次有伊邪國次有都支國次有彌奴國次有好古都國次有不呼國次有姐奴國次有對蘇國次有蘇奴國次有呼邑國次有華奴蘇奴國次有鬼國次有爲吾國次有鬼奴國次有邪馬國次有躬臣國次有巴利國次有支惟國次有烏奴國次有奴國 此女王境界所盡
其南有狗奴國 男子爲王 其官有狗古智卑狗 不屬女王
自郡至女王國 萬二千餘里

原文 日本語訳
倭人在帶方東南大海之中、依山㠀爲國邑。舊百餘國、漢時有朝見者。今使譯所通三十國。 倭人は帯方郡の東南の大海の中に在り、山島に依って国邑とし、の頃から大陸への朝貢があり、記述の時点では30箇国が使者を通わせている。
從郡至倭、循海岸水行、歷韓國、乍南乍東、到其北岸狗邪韓國、七千餘里。 帯方郡から倭国に至るには、水行で海岸を循って韓国を経て南へ、東へ、7000余里で〔倭の〕北岸の狗邪韓国(くやかんこく)に到着する。
始度一海千餘里、至對馬國、其大官曰卑狗、副曰卑奴母離、所居絶㠀、方可四百餘里。土地山險、多深林、道路如禽鹿徑。有千餘戸。無良田、食海物自活、乗船南北市糴。 始めて海を1000余里渡ると、対馬国に至る。大官は卑狗(ひこ)、副官は卑奴母離(ひなもり)。絶島で400余里四方の広さ。1000余戸が有る。山は険しく、道は獣道のようで、林は深く、良い田畑がなく、海産物で自活。船で南北岸の市へいく。
又南渡一海千餘里、名曰瀚海、至一大國。官亦曰卑狗、副曰卑奴母離。方可三百里。多竹木叢林。有三千許家。差有田地、耕田猶不足食、亦南北市糴。 また南に瀚海と呼ばれる海を1000余里渡ると一大国に至る。官は対馬国と同じ。300余里四方。竹、木、草むら、林が多い。3000許(ばか)りの家が有る。田畑は有るが田を耕すが食糧には足りず、南北から市へいく。
又渡一海千餘里、至末廬國。有四千餘戸、濱山海居。草木茂盛、行不見前人。好捕魚鰒、水無深淺、皆沈没取之。 また海を1000余里渡ると、末廬国に至る。4000余戸が有り、山海に沿って住む。草木が茂り、前を行く人が見えない。魚やアワビを捕るのを好み、皆が潜る。
東南陸行五百里、到伊都國。官曰爾支、副曰泄謨觚・柄渠觚。有千餘戸。丗有王、皆統屬女王國。郡使往來常所駐。 東南へ500里陸行すると、伊都国に到着する。長官は爾支(にき)、副官は泄謨觚(せもこ)と柄渠觚(へくこ)。1000余戸が有る。世々、王が居る。皆、女王国に属する。帯方郡の使者の往来では常に駐在する所。
東南至奴國百里。官曰兕馬觚、副曰卑奴母離。有二萬餘戸。 東南に100里進むと奴国に至る。長官は兕馬觚(しまこ)、副官は卑奴母離(ひなもり)。2万余戸が有る。
東行至不彌國百里。官曰多模、副曰卑奴母離。有千餘家。 東へ100里行くと、不弥国に至る。長官は多模(たも)、副官は卑奴母離(ひなもり)。1000余の家族が有る。
南至投馬國、水行二十曰。官曰彌彌、副曰彌彌那利。可五萬餘戸。 南へ水行20日で、投馬国に至る。長官は彌彌(みみ)、副官は彌彌那利(みみなり)である。推計5万戸余。
南至邪馬壹國、女王之所都、水行十日、陸行一月。 官有伊支馬、次曰彌馬升、次曰彌馬獲支、次曰奴佳鞮。可七萬餘戸。 南に水行10日と陸行1月で女王の都のある邪馬台国に至る。官に伊支馬(いきま)、弥馬升(みましょう)、弥馬獲支(みまかくき)、奴佳鞮(なかてい)があり、推計7万余戸。

②邪馬台国の周辺の国々

原文 日本語訳
自女王國以北、其戸數道里可得略載、其餘旁國遠絶、不可得詳。 次有斯馬國、次有已百支國、次有伊邪國、次有都支國、次有彌奴國、 次有好古都國、次有不呼國、次有姐奴國、次有對蘇國、次有蘇奴國、 次有呼邑國、次有華奴蘇奴國、次有鬼國、次有爲吾國、次有鬼奴國、 次有邪馬國、次有躬臣國、次有巴利國、次有支惟國、次有烏奴國、次有奴國。 此女王境界所盡。 女王国より北方にある国々は、其の戸数・道里を略載することが可能だが、其の他の傍国は遠く絶(へだ)たっていて、詳(つまびらか)に得ることが できない。斯馬国、己百支国、伊邪国、都支国、彌奴国、 好古都国、不呼国、姐奴国、對蘇国、蘇奴国、 呼邑国、華奴蘇奴国、鬼国、爲吾国、鬼奴国、 邪馬国、躬臣国、巴利国、支惟国、烏奴国、奴国。此れが女王の境界が尽きる所である。
其南有狗奴國。男子爲王、其官有狗古智卑狗。不屬女王。 其の南には狗奴国がある。男子を王と為し、其の官に狗古智卑狗(くこちひく)が有る。女王に属せず。
自郡至女王國、萬二千餘里。 帯方郡から女王国に至る、1万2000余里である。

③倭国の風俗

原文 日本語訳
男子無大小、皆黥面文身。 皆黥面文身」というように男子はみな顔や体に入れ墨し、や朱や丹を塗っている。
自古以來、其使詣中國、皆自稱大夫。 古くから、中国に来た倭の使者はみんな自らを大夫と称している。
夏后少康之子、封於會稽、斷髪文身、以避蛟龍之害。今倭水人好沈没捕魚蛤、文身亦以厭大魚水禽、後稍以爲飾。 夏(中国の王朝)の王の少康の子が、會稽に封ぜられた時、断髪して入墨をし、蛟(みずち)の害を避けたという。今、倭の漁師も好んで水にもぐって魚や蛤を捕り、身体に入墨をして大魚や水禽を避けていたが、後には飾りになった。
諸國文身各異、或左或右、或大或小、尊卑有差。 入墨は国ごとに異なり、あるいは左に右に、あるいは大に小に、階級によって差が有る。
計其道里、當在會稽東冶之東。 その(倭国の)位置を計ってみると、ちょうど會稽や東冶の東にある。
其風俗不淫。男子皆露紒、以木緜頭。其衣橫幅、但結束相連、略無縫。婦人被髪屈紒、作衣如單被、穿其中央、貫頭衣之。 その風俗は淫らではない。男子は皆髷を露わにし、木綿の布を頭に巻いている。その衣服は幅広い布を結び合わせているだけであり、ほとんど縫われていない。婦人は髪に被り物をし後ろで束ねており、衣服は単衣(一重)のように作られ、中央に孔をあけ、貫頭衣である。
種禾稻・紵麻、蠶桑緝績、出細紵・縑・緜。 稲、紵麻(からむし)を植えている。桑と蚕を育てており、糸を紡いで上質の絹織物を作っている。
其地無牛馬虎豹羊鵲。 牛・馬・虎・豹・羊・鵲(かささぎ)はいない。
兵用矛・楯・木弓。木弓短下長上、竹箭或鐵鏃或骨鏃。所有無與儋耳・朱崖同。 兵器は木弓を用いる。木弓は下が短く、上が長くなっている。矢は竹であり、矢先には鉄や骨の鏃(やじり)が付いている。
倭地温暖、冬夏食生菜、皆徒跣。 土地は温暖で、冬夏も生野菜を食べている。みな、裸足である。
有屋室、父母兄弟臥息異處。以朱丹塗其身體、如中國用粉也。食飲用籩豆、手食。 家屋があり、寝床は父母兄弟は別である。身体に朱丹を塗っており、あたかも中国で用いる白粉のようである。飲食は高坏(たかつき)を用いて、手づかみで食べる。
其死、有棺無槨、封土作冢。始死停喪十餘曰。當時不食肉、喪主哭泣、他人就歌舞飲酒。已葬、擧家詣水中澡浴、以如練沐。 人が死ぬと10日あまり、哭泣して、もがり(喪)につき肉を食さない。他の人々は飲酒して歌舞する。埋葬が終わると水に入って体を清める。
其行來渡海詣中國、恒使一人、不梳頭、不去蟣蝨、衣服垢汚、不食肉、不近婦人、如喪人。名之爲持衰。若行者吉善、共顧其生口財物。若有疾病、遭暴害、便欲殺之、謂其持衰不謹。 倭の者が船で海を渡る時は持衰(じさい)が選ばれる。持衰は人と接せず、は取らず、服は汚れ放題、肉は食べずに船の帰りを待つ。船が無事に帰ってくれば褒美が与えられる。船に災難があれば殺される。
出真珠・青玉。其山有丹、其木有柟・杼・豫樟・楺・櫪・投橿・烏號・楓香、其竹篠・簳・桃支。有薑・橘・椒・蘘荷、不知以爲滋味。有獮猴・黒雉。 真珠と青玉が産出する。倭の山には丹があり、倭の木には柟(だん、おそらくはタブノキ)、杼(ちょ、ドングリの木またはトチ)、予樟(よしょう、 クスノキ)・楺(じゅう、ボケあるいはクサボケ)・櫪(れき、クヌギ)・投(とう、不明)・橿(きょう、カシ)・烏号(うごう、クワ)・楓香(ふうこう、 カエデ)。竹は、篠(じょう)・簳(かん)・桃支(とうし)がある。薑(きょう、ショウガ)・橘(きつ、タチバナ)・椒(しょう、サンショウ)・蘘何 (じょうか、ミョウガ)があるが、美味しいのを知らない。また、猿、雉(きじ)もいる。
其俗舉事行來、有所云爲、輒灼骨而卜、以占吉凶。先告所卜、其辭如令龜法、視火坼占兆。 特別なことをするときは骨を焼き、割れ目を見て吉凶を占う卜(ぼく)を行う。まず占うところを告げ、その解釈は令亀の法のように、火で焼けて出来る割れ目を見て、兆しを占う。
其會同坐起、父子男女無別。人性嗜酒。見大人所敬、但搏手以當脆拝。其人壽考、或百年、或八九十年。 集会での振る舞いには、父子・男女の区別がない。人々は酒が好きである。敬意を示す作法は、拍手を打って、うずくまり、拝む。人は長命であり、百歳や九十、八十歳の者もいる。
其俗、國大人皆四五婦、下戸或二三婦。 身分の高い者は4、5人の妻を持ち、身分の低い者でも2、3人の妻を持つものがいる。
婦人不淫、不妒忌。 女は慎み深く嫉妬しない。
不盗竊、少諍訟。 盗みはなく、争論も少ない。
其犯法、輕者没其妻子、重者滅其門戸及宗族。 法を犯す者は軽い者は妻子を没収し、重い者は一族を根絶やしにする。
尊卑各有差序、足相臣服。 宗族には尊卑の序列があり、上のもののいいつけはよく守られる。

参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%8F%E5%BF%97%E5%80%AD%E4%BA%BA%E4%BC%9D