第二部 教材実例としての「慰安婦」問題―研究の到達点を踏まえた教育実践と市民の育成(報告2) 

掲載:2015.08.17 執筆:小浜正子(学術会議連携会員・日本大学文理学部)

☆はじめに-「慰安婦」問題の、何をどのように若い世代に伝えるのか

・学生の現状
世界史・近現代史の知識の不足
人権意識・ジェンダー視点  -「豊かで便利で快適」な時代に育った「優しい」学生
→自主的に考え行動する市民、他者への理解と尊重・協働が可能な市民を育てるために

・本報告:「慰安婦」に関するひとつの授業プランの提示
踏まえるべき研究の到達点と、授業のねらい

☆授業プラン-戦後70年目の「慰安婦」問題

1.日本軍性暴力の実態 -ミクロの実態

被害者の証言、ビデオなど。
→資料参照「被害者証言1・2」→2015.8.1(小浜)資料「被害者証言」pdficon_large
-個別の被害事実から出発して、人権問題として「慰安婦」問題を捉える

2.日本軍性暴力の全体構造 -マクロの構造

a.「慰安所」の分布  ↓資料「慰安所マップ」(女たちの戦争と平和資料館作成)
慰安婦
・日本軍が展開していたほぼ全ての地域に「慰安所」が存在
→日本軍のいる所には「慰安所」があるという構造になっていた

b.性暴力の類型
A:軍後方部隊によって設置・管理された、制度化された「慰安所」
B:比較的前線に配備された日本軍部隊がそれぞれの駐屯地で設置した「慰安所」
C:前線に配備された日本軍部隊による、「性売買」の表面的な装いも取らない、むき出しの暴力的監禁、集団強かんともいえるもの
D:比較的短期間あるいは一回限りの性暴力(林2015:161)

-多様な形態の性暴力が構造的に連関。A=慰安所の設立は、D=現地女性へのレイプなどを防ぐ役には立っておらず、むしろ他の種類の性暴力を助長させる構造
-日本とその植民地朝鮮・台湾、および日本軍が占領し部隊が駐屯した中国・東南アジア・太平洋のほとんど全地域の女性が多様な形態の被害者となっている

3.論点

(1)日本軍・政府の関与  →代表的資料「野戦酒保規定」
慰安所設置への日本軍関与を立証する資料:1993年の河野談話以降、多くの資料が新たに発見される(重要なものを収めた資料集:『日本軍「慰安婦」関係資料21選』)
参考:「「慰安所は軍の施設」公文書で実証-研究の現状 永井和・京大院教授に聞く」『朝日新聞』2015.7.2(17)

(2)「慰安婦」徴集にあたっての「強制連行」
暴力や脅迫による連行(略取)と、「良い仕事がある」などとだまして連れて行く詐欺や誘拐による連行(誘拐)とは、ともに本人の意に反しているので法的には「強制連行」の範疇に入る。
重要なのは連行先で拘束され逃げ戻れない「奴隷化」された状態にあったこと(言葉もわからない外国に連れて行かれて逃げることが実質的に不可能な状態も含まれる)、そのような状態の下でセックス・サービスを強要されるという人権侵害があったこと

(3)戦時性暴力の普遍性 -戦争に性暴力は付き物だから日本軍だけが悪いのではない!?
現代世界共通の課題:戦時性暴力の被害者の尊厳の回復と将来の防止への取り組み
(永原「「慰安婦」の比較史に向けて」、歴史学研究会等編2014所収)
日本軍の慰安所制度:戦時性暴力の中でも組織性と広がり・規模において際立つ
→率先して問題の解決に取り組むことが日本に期待されている

4.「慰安婦」問題への取組 -問題の解決へ向けてどのような取組があったのか

1991年に金学順さんが「意に反して慰安婦にされて酷い目に遭い、悲惨な人生を送らざるを得なかった」とはじめて名乗り出。以来、日本軍「慰安婦」制度は女性に対する人権侵害であったという認識が広がり、各種の調査や取組が始まる

a.日本での取組
☆政府の取組
河野談話(1993):「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」として日本政府の責任を認め、政府として「お詫びと反省」を表明
アジア女性基金(1995~2007):政府と民間の出資によって創設。名乗り出た被害女性に対して歴代の総理の謝罪の手紙と見舞金の支給などの事業
☆市民の取組
被害者支援・連携:それぞれの被害地域で現地の人々と協力しながら被害を調査し、被害者女性に寄り添って支援を行うたくさんの市民グループが活動
女性国際戦犯法廷(2000):国内外の市民グループによる民間法廷。多くの証拠・証言に基づいて、専門家の認定により、昭和天皇をはじめとする日本軍責任者の戦時性暴力に関する責任の所在に認定
資料の発掘・研究の推進→成果の開示:女たちの戦争と平和資料館(wam)など
-日本の市民(と政府)の取組によって問題が前進

b.アジア各地域での取り組み ―被害者の尊厳の回復へ向けて
韓国:「ナヌムの家」
中国:日本軍「慰安婦」パネル展の開催-被害者が中国社会で尊厳を持って暮らせるようにと、現地と日本のグループが共同で中国各地で開催。参観者の中には、自国の戦争犯罪を明らかにして再発を防止する日本の市民社会の力に注目する人々も。
(参考:小浜正子「アジア史をジェンダーから見る-「慰安婦」問題の位相」『学術の動向』19-5 https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/19/5/19_5_16/_article/-char/ja/)

2015.8.1小浜資料「慰安婦」尊厳の回復台湾

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台湾:阿媽の夢を叶えるプロジェクト →資料参照(『台湾・「慰安婦」の証言―日本人にされた阿媽たち』女たちの戦争と平和資料館編・刊より)
「慰安婦」とされて辛い人生を送ってきた被害女性の夢を叶えるプロジェクト
Ex.一日郵便局員:郵便局の協力で実現。その人に合わせた制服。TVで紹介。
一日キャビン・アテンダント:呉秀妹さんの希望にチャイナ・エアラインの全面的協力。準備をへて、訓練機でキャビン・アテンダントに。あつらえた制服。他の阿媽を乗客役に招待。
-台湾社会の官民の日本軍性暴力被害者への理解に基づいた協力によって実現。
プロジェクトへの協力は会社のイメージ・アップと考えられる。
⇒被害者の受けた人権侵害に対して、如何にその尊厳を回復し、再発を防ぐか、という問題意識が社会的に共有されている
そのためにできることは何か。自分たちにできることを

5.将来へ向けて

・日本軍性暴力にどのように向き合うのか  ―学生への問い、学生からの問い
被害事実を知って、感じること

・性暴力被害女性に「日本の友人」と呼ばれる支援者
・アジアの若い世代間の交流

<主要参考資料等>

【書籍】・林博史『日本軍「慰安婦」問題の核心』花伝社、2015年。
・歴史学研究会・日本史研究会編『「慰安婦」問題を/から考える-軍事性暴力と日常世界』岩波書店、2014年。
・『日本軍「慰安婦」関係資料21選』日本軍「慰安婦」問題解決全国行動編・刊、2015年。
・石田米子・内田知行編『黄土の村の性暴力-大娘(ダーニャン)たちの戦争は終わらない』創土社、2004年。
・『台湾・「慰安婦」の証言―日本人にされた阿媽たち』女たちの戦争と平和資料館編・刊、2014年。
【ビデオ】『大娘(ダーニャン)たちの戦争は終わらない-中国山西省・黄土の村の性暴力』(池田恵理子撮影編集、ビデオ塾制作、2004)
【ウェブサイト】・アジア歴史資料センター http://www.jacar.go.jp/
(「野戦酒保規定」はコードC01001469500)
・Fight for Justice日本軍「慰安婦」-忘却への抵抗・未来への責任 http://fightforjustice.info/